06 幼なじみ
バンプは森の中で、大の字に寝そべり、空を仰いでいた。
顔も身体も、腫れあがって傷だらけ。
髪も服も、なにもかもボロボロでグチャグチャ。
見るからに満身創痍で、もう何の液体だかわからないものが身体じゅうにへばりついていたが、払う気力も残っていない。
面白がって集まってきていた野次馬生徒たちはひとりも残っておらず、すでに自分たちの狩りに戻っている。
小鳥のさえずりと、揺れる梢の音に交ざって、時折喧噪が届く。
隣には、横たわるゴブリンの死体。
いまこの空間で生命あるものは、バンプだけ。
いや……それと、もうひとりいた。
少年の鼻先に、ちょこんと乗ったアリンコ。
バンプはいつもであれば指先でピンと弾き飛ばしているのだが、今だけはそれをしなかった。
ポケットをまさぐり、学生証がわりの木の板を取り出す。
そこには魔法による文字で、持ち主の名前やモンスターの種類、現在所持しているテイマーポイント、そしてレベルや経験値が示されている。
経験値がたまるとレベルが上がるのだが、必要な経験値にはぜんぜん届いていない。
他の生徒からすると、鼻で笑われるほどの低い数値である。
それでもバンプにとっては大きな一歩であったが、たった一匹のゴブリンをトラウマレベルの出来事を経てようやく倒せた。
嬉しくもあったが、惨めでもあった。
バンプが複雑な感情を噛みしめていると、ふと、草を踏みしめる音が近づいてきた。
何者かと思って顔をあげると、視線がぶつかった。
「やっほー、バンプちゃん」
幼なじみのアクシオンであった。
よく日に焼けた健康的な肌に、ショートカットが映える。
猫の目のように瞳がくるくると動く、見た目どおりの活発少女である。
バンプとは同じ14歳。
庶民の出だったのだが、卵を持っていたので、バンプとは子供の頃からちょくちょく遊んでいた。
テイマー学園の制服をミニスカートに切り詰め、動きやすくした格好。
その中が見えるか見えないかのギリギリのアングルで、倒れているバンプをひょっこりと覗き込んできた。
肩には人形のような妖精が乗っていて、ふたりして心配そうにしている。
「……うわぁ、すごいことになってるね! クラスメイトに聞いて様子を見に来てみたんだけど、大丈夫!?」
「ああ、なんとかな」
「って、まだそれだけしか経験値溜まってないの!? あたしなんてもうレベル2だよ!?」
アクシオンは嬉々とした大声で、銀色に輝く身分証を見せてくる。
それが少女の地声で、悪気のない行為であることは、バンプもよくわかっていたのだが……。
つい悪態をついてしまった。
「ふぅん、妖精様を連れてるヤツは、やっぱり違うな」
妖精は、卵から孵るモンスターのなかでもかなりレアな存在。
レベルが低いうちは、何の能力もなく、かわいいしか取り柄がない。
そんなモンスターはつまはじきにされるものだが、妖精は違った。
なぜならばレベルが上がると、それまでがウソのような強さとなるのだ。
羽根を活かして蝶のように舞い、蜂のように刺す『妖精騎士』。
高い魔力を活かして大魔法を連発する『妖精魔術師』。
妖精の持つ癒しの能力を極限にまで高めた『妖精治癒術師』。
将来には大逆転が約束されているので、みなチヤホヤして媚びを売るのだ。
アクシオンも例外ではなく、下級貴族の息子たちからは『庶民』とバカにされていたのだが、卵が孵ったとたん、彼らが揉み手をして擦り寄ってきた。
家なき子同然となってしまったバンプとは真逆で、シンデレラガールとなってしまったパターンである。
時の人になってもアクシオンは偉ぶることなく、バンプを心配しているようだった。
「ゴブリン1匹を倒すのにそんなになってたんじゃ、命がいくつあっても足りないよ!? そうだ、あたしのパーティに入らない!? あたしが頼めば、なんとか……!」
「いや、いい。寄生虫が増えたんじゃ、たまったもんじゃないだろ」
「まぁたそんなこと言ってぇ! 意地っ張りなのは相変わらずだね!」
「悪かったな」
「でもバンプちゃんて口は悪いけど、女の子にはやさしいよねっ!」
「そうか?」
「うん! だってシルヴァーリーフの人たちのなかで、あたしがこうやって話せるのはバンプちゃんだけだもん!」
「そうだったのか? まぁ、うちは男尊女卑がハンパないからな」
「そんなことより、本当に大丈夫なの!? 半年後には『飛翔の儀式』だよ!? それまでにレベル9になっておかないと、退学になっちゃうんだよっ!?」
「わかってるって」
「途中で退学になっちゃったら、リップちゃんも病院から追い出されちゃうんでしょ!? お見舞いに行ったけど、話もできないくらい酷い怪我なのに、廊下の隅っこに寝かされてて、びっくりしちゃった!」
「妹に会ったのか」
「うん! それに、ちゃんと抗議してきたよ! 重病人をこんな所で寝かせるなんてとんでもない! ってね! そしたら看護婦さんたちが慌ててやってきて、病室に移してくれたよ!」
「妖精パワーはたいしたもんだな。でも、ありがとうな」
「どういたしまして! リップちゃんは私にまかせて、バンプちゃんはレベル9になることだけ考えて! 『飛翔の儀式』さえ乗り越えれば、別のモンスターに乗り換えられるんだからねっ! もちろんアリンコから乗り換えるんでしょ!?」
「……まぁな。あいてっ」
アリンコから鼻先をガブリとやられ、思わず肩をすくめてしまうバンプ。
それで何かを思い出したのか、アクシオンはポンと手を打ち鳴らした。
「あっ、そうだ、忘れてた! これあげる!」
腰のポーチから取り出され、バンプに手渡されたのは……。
水晶の小瓶に入った、青いポーションであった。
「これは、ハイ・ポーションじゃねぇか……!」
ポーションというのは、飲めば外傷を治してくれる回復役の一種なのだが、そのなかでも上級に位置するものである。
上位ランクでも貴重なシロモノだというのに、それをあっさり寄越されてしまっては、バンプも素直に驚くしかなかった。
「へへー! 『妖精騎士団』にいると、もらえるんだ! すっごく堅っ苦しい所なんだけど、バンプちゃんの役に立ったんだったら、入っててよかったよ!」
太陽がふたつに増えたかのような、まぶしい笑顔を見せるアクシオン。
『妖精騎士団』というのは、テイマー学園にある派閥のひとつ。
妖精のテイマーだけが入れる集団である。
『妖精姫』と呼ばれるこの学園いちばんの美少女に仕え、彼女を守るために組織されたという。
組織としては『妖精騎士』を操る武人のような少女が仕切っていて、姫に近づく者はことごとく成敗されているそうだ。
さっそく、その厳しい声が飛んできた。
「おいっ、アクシオン! そんな所でなにをしている!? ゴブリン狩りの続きをするぞ! お前も早く一人前になって、姫様のお役に立たねばならぬのだからな!」
遙か遠くに、騎士の甲冑に身を包んだ少女が立っている。
百メートルは離れているのにハッキリと聞こえるとは、恐ろしいほどよく通る声だった。
「はぁーいっ! いま行きまぁーーーっす! ……それじゃバンプちゃん、またね!」
アクシオンは子供のようにバイバイと手を振って、風のようにぴゅんと去っていった。




