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05 初めての戦い

 バンプは新入生たちが最初に挑むという『ゴブリンの森』に身を投じる。


 ゴブリンというのは、全身緑色をした人型のモンスターである。

 身長は1メートル前後と子供のように小さいが、顔は悪霊に取り憑かれたかのように邪悪。


 尖った耳と裂けた口、ギャアギャアとやかましく、弱いものには容赦ない残忍な性格。

 一匹だとそれほど脅威でもないが、徒党を組むと村を襲いだすという、厄介なモンスターである。


 ちなみに『冒険地帯』と学園の敷地の間には魔法結界が張られているので、学園生活中に野良のモンスターに襲われることは滅多に(●●●)ない。

 しかし『冒険地帯』に一歩足を踏み入れれば、そこはもう無法地帯。


 Fランク以上の生徒であれば、いざとなったら『冒険地帯』から退避できるアイテムと、救難信号を出せるアイテムが与えられているのだが、バンプにはそれもない。


 そんな無い無いずくしの初めての冒険は、惨憺(さんたん)たるものであった。


 ゴブリンは基本的に徒党を組んでおり、バンプよりいい装備を身に付けている。

 しかも相手は悪事と殺し合いのエキスパートでもある。


 実戦が未経験の14歳の少年が、まともに相手にできるはずもなかった。


 木の下でウンコ座りをしていた6匹のゴブリンを狙い、不意打ちで1匹を昏倒させたまではよかった。

 しかし5対1では多勢に無勢。あっというまに囲まれ、四方からの攻撃に晒される。


 相手は小柄ながらも、持ち合わせた闘気は子供のケンカレベルではない。

 まさに殺し合いのソレであった。


 背筋が凍るような眼光で睨みつけられ、バンプは風をくらう。

 イジメっ子のようなモンスターたちに追い立てられ、恥も外聞もなく、喚きながら逃げ惑った。


 森には他の生徒たちも冒険に訪れていたが、誰も助けてはくれない。

 遠巻きに指さして、「ゴミが雑魚から泣きながら逃げてる!」と爆笑するばかり。


 とうとう木の根に躓いてしまい、追いつかれてしまう。


 親の敵を前にしているかのような、憎悪の表情に満ちたゴブリンたちから、棒でしたたかに殴りつけられる。

 殺意に満ちた一撃は想像以上に重く、それは学園で受けたイジメ以上の仕打ちとなって、バンプに降りかかった。


 最初は腕で庇っていたのだが、骨が折れるほどの痛みについガードを崩してしまう。


 するとあとは、なすがまま。

 よってたかって頭を殴打されるたび、首から上がちぎれるほどに右に左にぶれる。


 赤く染まっていく視界のなかで、ついに死を意識してしまったバンプ。

 顔を涙とヨダレ、鼻水と鼻血まみれにして命乞いをした。


 するとゴブリンたちはギャアギャアと笑い、小便を引っかけてきた。

 いつの間にかやってきていた学園の生徒たちは、ゴブリンの仲間になったかのように、一緒になって笑っていた。


 それは生き恥のような屈辱であったが、本当の地獄はこれからであった。


 ゴブリンたちは、『こんなゴミ、殺す価値もない』と笑いながら去っていったのだが……。

 最初に不意打ちを食らわせたゴブリンが、遅れてやってきたのだ。


 頭に大きなタンコブをこさえて、血走った眼で……!


 タンコブリンは動けなくなったバンプに馬乗りになると、腰のナイフを抜く。

 バンプの瞼を大きく開かせたあと、錆びた刃先を、その眼球に向けたのだ……!


 あたりから、憐れむ声がした。



「ゴブリンってのは弱い者を痛めつけたあと、ああやって目玉を抉るんだ」



「群れに連れ帰って、死ぬまで奴隷としていたぶるんだろ? まぁ普通は、そうなる前に誰かが助けるけどな」



「いくら学園の生徒とはいえ、ゴミを助ける奴なんかいるかよ。一生、ゴブリンの奴隷だろうな」



「あ~あ、かわいそ~。入学して早々、モンスターの奴隷にさせられちゃうだなんて。しかもあんな雑魚の」



 迫り来る針のような切っ先。

 バンプは恐怖のあまり、歯の根があわずガチガチと震えていた。



 ――俺はこのまま、ゴブリンの奴隷になっちまうのか!?


 そ……そんなのは嫌だっ!

 俺にはまだ、やらなくちゃならないことがあるっ!


 リップを……! 妹を助けなくちゃいけないんだっ!

 それまで、絶対に死ぬわけにはいかないんだっ!


 そもそもなんで、なんで俺が、こんな目にっ!?


 俺は名門テイマー家に生まれた、エリートだった……!

 生まれながらにして、順風満帆の人生を約束されていたはずなのに……!


 なのに、なのになんでこんなところで……!

 ゴブリンにションベンを引っかけられた挙句、目玉までくりぬかれなきゃなんないんだよっ!?


 これも……! これもなにもかもすべて、アイツ(●●●)のせいだ……!

 卵からアイツ(●●●)が出てこなければ、俺は今頃っ……!!


 くそっ……!

 今日が人生最後の日になると、わかっていたら……!


 昨日の夜に、アイツ(●●●)を……!!

 捻り潰しておいたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!!!



 バンプの頭の中を、走馬灯が駆け巡る。

 妹の笑顔、兄の高笑い、厳格な父の面影、亡き母の微笑みが、動画を高速で巻き戻すように通り過ぎていく。


 そして……その中にはなぜか、アイツ(●●●)が。


 しかし、思い出に浸っている場合ではなかった。

 なぜこんな時にアイツ(●●●)のことが頭をよぎるのか、考えている場合ではなかった。


 なぜならば、感じていたのだ。


 歪む視界の向こうで、(まなこ)が……。

 針で突かれた水風船のように、沈みゆくのを……!



「やっ……やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー------------------っ!!!!!!!」



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー------------ッ!?!?!?!」



 少年の悲鳴とゴブリンの悲鳴が同時に、森の中に交錯する。


 極限状態に置かれたバンプの脳は、危険な薬を摂取してしまったかのように、血が駆け巡っていた。

 頭と身体は鋭利な刃物のように冴えているのに、吹き出る汗が止まらない。


 反響するいくつもの悲鳴のなかで、ソニックブームが起こったような、キインとした音が耳を貫いている。

 極彩色に彩られた視界のなかで、バンプは()ていた。


 現実と、追憶が入り乱れた、サイケデリックな風景を。


 七色のゴブリンが顔を押えてのたうちまわる中で、セピア色の幼き自分は、屋敷の庭にしゃがみこんでいた。


 それは、倉庫のずっと奥底に眠っていたかのような、忘れられた記憶。


 幼い頃のバンプは、アリンコが大好きだった。


 『家族』や『兄弟』や、『絆』よりも、『個』……。

 『女より男』を、『黒より白』を……。

 『みんなより、自分ひとり』を、『複数の弱者より、ひとりの強者』を……。


 唯我独尊を重んじる父に、厳しく育てられてきたせいか、その真逆の存在であるアリンコに心を奪われてしまったのだ。


 アリンコは一匹一匹は弱いものの、集団で行動することにより生きている。

 与えた角砂糖を、小さな身体を寄せ集めて一生懸命に運ぶ姿を、バンプは密かに応援したものだ。


 そうしているうちに、アリンコたちとも心が通じ合うようになった。

 言葉こそないものの、バンプが巣に近寄っていくと、わらわらと這い出て身体をよじ登ってくれるようになったのだ。


 自分がアリンコたちの一員になれたようで、バンプは嬉しかった。


 しかし、幸せは長くは続かなかった。

 弟がアリンコと戯れていると知ったチャンプが、



 ……グシャアッ!



 アリンコたちを踏みにじり、こう喝破したのだ。



 カァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 我が弟よ! アリンコというのは、なんのために存在しているかわかるかッ!?

 こうやって、強きものに踏みにじられるために生きているのだッ!


 弱者は強者に何をされても、こうやって逃げ惑うしかないことを体現するために、生きているのだッ!

 こうやって俺様に踏みにじられたくなければ、貴様も強くなるのだッ!


 ……『脆弱は敵』だッ!!



 そんなことが続くうちに、バンプはアリンコへの憧れを封じ込めた。

 自分がアリンコに関わると、兄によって彼らが踏みにじられてしまうからだ。


 そして心を殺し、自分を殺し、父や兄の期待に応えられるような人間を目指すようになる。

 もはや自分の中に、絆を重んじる心など、微塵も残されていないと思っていた。


 しかし、しかしっ……!



 ――アイツ(●●●)は……! アイツ(●●●)は……!

 なんど弾き飛ばしても、なんどでも擦り寄ってきた……!


 俺はそんなアイツ(●●●)を怨み、憎しみ、指で捻り潰そうとした……!

 それなのにっ、それなのに……!


 こんな俺(●●●●)を、助けてくれようとしている……!



 馬乗りになっていたゴブリンは、すでにバンプの身体から離れていた。

 ナイフすらも取り落とし、顔を押えて地面をのたうち回っている。


 その濁った眼球には、なんと、一匹のアリンコが……!

 小さな鎌のようなアゴを突きたて、食らいついていたのだ……!


 目玉を抉られようとしていた少年を救ったのは、ずっと一緒に育ってきた兄弟でも、クラスメイトでもなく……。

 ずっと温め続けてきた卵から孵った、『アリンコ』……!


 あれほどまでに忌み嫌われていたというのに、主人のために捨て身となって……!

 ゴブリンからすればアリンコなど、指先ひとつで瞬殺であるというのに、その危険も顧みず……!


 ……バンプの中に、小さな火がともった。

 それは一瞬にして、天を衝くほどの大噴火と化す。



「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 身体を起こし、落ちていたナイフを拾いあげると、倒れ込むようにしてゴブリンに覆い被さる。



 ……ドスウッ!!



 鈍い音とともに、肉が抉られていく。

 柄を握っているのに、生暖かい感触。



「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー------------ッ!?!?!?!」



 吹き出す血と断末魔を、まともに浴びてしまう。


 バンプはアリンコとともに、初めての勝利を手にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼い頃のアリンコとの友情を思い出したバンプ!…捨て身で主人を守り抜こうとする忠蟻なる姿を目にしたら予期せぬパワーが発生しますよね(°∇^) 早くこの小さな相棒に名前を付けてあげてほしいです…
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