04 最低の生活
バンプは兄への復讐を決意したものの、前途は多難であった。
屋敷がなくなっても、『第8テイマー学園』は全寮制なので、衣食住には困らないはずであったのだが……。
寮はランクによって、住む階が変わる。
上位ランクともなると、あたりの景観を一望できる上階、広々とした部屋に住むことができる。
学園への通学も、専用の渡り廊下でスイスイと、直接教室まで向かうことができる。
中位のランクは寮の中間階。部屋は中の上であれば個室であるが、それ以下だとふたりにひとつ。
渡り廊下こそないものの、庭園に囲まれた屋根つきの舗装路で、雨の日も濡れることなく通学可能。
下位のランクは寮の1階。部屋は下の上であれば複数人にひとつであるが、それ以下だと大部屋での雑魚寝。
通学では人目のつかない獣道を通らなくてはならない。
そしてバンプは下位ランクに属するのかと思っていたら、違った。
生徒会の決定で、なんと下位ランクより酷い扱いを受けることとなったのだ。
住むところは、寮の1階さらに下。
ようは、ただの床下である。
『Gランク寮』と落書きされた、壁の穴から這いつくばって中に入ると、
少しでも頭を上げるとぶつかりそうなほどの低い天井と、土が剥き出しの床が迎えてくれる。
ひんやりとしたカビくさい匂いが吹き抜ける空間は、誰もいないので広さだけはやたらとあるが、ベッドどころか家具ひとつない。
上の床板から漏れる、わずかな灯りのみが光源。
上階からは楽しげな声が聞こえるが、この階の同居人は、クモやネズミ。
上階の生徒たちが床板を踏みならすたび、パラパラとホコリが降ってくる。
食事は、寮の食堂のあたりまで這って行って、裏手のゴミ捨て場にある残飯を食べなくてはならない。
風呂も当然のようになかったので、皆が寝静まったあとで、近くの森にある泉で水浴びをする。
『Gランク』の扱いは、まさにゴミのような扱い。
大型のペットが収容されている『ペット舎』のほうが、ずっとマシなレベルであった。
バンプはゴミ捨て場から拾ってきたボロボロの敷物に寝そべり、満点の星空のように漂うホコリを見上げながら、ボコボコになった顔を撫でていた。
顔が風船のように膨れ上がっていたのは、寮の上階にいるチャンプの部屋に乗り込もうとして、取り巻きたちに念入りにやられてしまったからだ。
この学園では、上位ランクの者は神にも等しく、下位ランクの者では近づくことも許されないのだ。
少年は、ひとりつぶやく。
「明日からついに、学校が始まる。寮では無理でも、学校ではヤツに近づくチャンスもあるはずだ。でも……寮生活でこの有様じゃ、学校じゃどんな扱いを受けるか、わかったもんじゃねぇな……」
ふと、頬にむず痒さを感じる。
「しつこいな、お前も」と指で摘まむと、それは卵から孵ったアリンコであった。
普通のアリンコよりは倍くらいの大きさがあるが、それでもただのアリンコであることには変りはない。
バンプはそのアリンコを聖堂に置いてきたのだが、いつの間にかついて来ていた。
そしてやたらと顔に這い上ってくるのだ。
卵から生まれたペットは、調教などしなくとも持ち主に懐く性質がある。
「まさか、アリンコに懐かれちまうとはな……」
テイマーは誰しも、最初のペットを大切にする。
名前を付けて寝食を共にして可愛がるのだが、バンプは違った。
名前を付けるどころか、顔にたかられるたびに指でピンと弾き飛ばしていた。
「俺とリップがこんな目に遭ってるのも、全部お前のせいだ」
摘まんだ指に力を込めると、アリンコはキューと鳴いた。
潰してしまうことは簡単だったが、バンプはなんとなくそれをしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日から、バンプの『最低の学園生活』が始まる。
予想していたことだが、酷い扱いであった。
教室こそ下位ランクの者たちと一緒であるが、ひとりだけ机と椅子が与えられず、床に正座させられた。
それどころか教科書やノートも、筆記用具すら与えられない。
それでも我慢して座っていると、ゴミを投げつけられ、後ろや横からは容赦なく蹴りを入れられた。
ホームルームを終えて先生がいなくなると、それらはさらに激化。
バンプがキレて殴りかかっていくも、多勢に無勢。
クラスの男子全員から殴られ、窓から外の池へと放り出されてしまった。
いままで名家のお坊ちゃんとしてチヤホヤされてきた少年の、初めての挫折。
それはあまりにも、過酷すぎるものであった。
テイマー学園の真新しい制服は、一日足らずでズタボロに。
身も心もすでにボロボロ。
バンプは濡れ鼠のまま池から這い出ると、全校生徒が校舎の窓から見ていた。
中には、彼の兄弟もいる。
全校生徒の嘲笑を浴びながら、濡れた身体を引きずって、バンプは学校をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
普通ならもう、逃げ出していてもおかしくなかったが、バンプは踏みとどまった。
自分の子供の頃から抱いてきた、一流テイマーになる夢のためではない。
もはやそんなものはどうでもよくなっていて、すべては妹のためであった。
危篤状態の妹を助けるためには、テイマーとしてのランクを上げて、よりよい治療を受けられるようにしなくてはならない。
テイマー学園でランクを上げるためには、ふたつの基準で功績をあげる必要がある。
ひとつは『学内功績』。
学校での授業や、行事や部活動、寮生活などで優秀な生徒として認められることである。
これは、主に商業や学術などに技能を発揮する、インドア派のペットを連れたテイマーのためのもの。
もうひとつは『学外功績』。
学校の広大な敷地内にある、『冒険地帯』と呼ばれる森や洞窟、そして塔などを冒険し、お宝の入手やモンスターをの討伐によって認められること。
これは言うまでもなく、戦闘や探索によって技能を発揮する、アウトドア派のペットを連れたテイマーのためのもである。
このふたつは両方をこなす必要はなく、どちらか片方でもよい。
戦いに全力を賭けるのであれば、授業など1日も出なくてもランクアップできるのだ。
教室内でのバンプは椅子に座ることも許されない立場なので、授業で功績をあげるには不可能に近い。
となると、後者でなんとかするしかない。
冒険であっても他の生徒からの嫌がらせはあるだろうが、じっと座って耐える必要はないぶん、まだマシである。
しかし、問題がいくつかある。
まずひとつ目は、武器がないということ。
Fランク以上の生徒であれば、『テイマーポイント』と呼ばれるものが与えられている。
そのポイントは、学園内のみならず国内で使うことができる通貨のようなもので、それで武器などを買いそろえるのだ。
ポイントは、コインや紙幣のように目に見えるものではなく、入学時に配られる、カードサイズの身分証の中に、魔法によって記録されている。
モンスターを倒したり、宝箱を開けたりすると、ポイントが自動的に加算される仕組みとなっている。
ちなみにそのカードは、ランクが上がるほどに素材が豪華になっていき、最低のFランクは銅板製。
Gランクのバンプのカードは、木板でできていた。
もちろん、初期ポイントはゼロ。
ようは、無一文である。
そのため、冒険に必要な最低限の道具ですら、揃えることができないのだ。
バンプはしょうがなく、道端に落ちている木を武器にすることにした。
ゴミ捨て場で鍋の蓋も見つけたので、それを盾がわりにする。
装備はそれでなんとなかったのだが、次の問題点はどうしようもなかった。
それは、味方がいないということである。
戦闘系のテイマーはまず、飼っているペットとともに戦う。
これで2人分の戦闘力となる。
しかし主人もペットもまだ未熟なので、2人だけでは最弱のモンスターを倒すのにも命がけとなってしまう。
そこで、新入生たちはパーティを組むのだ。
ペアを組んだだけでも、一気に4人分の戦闘力となる。
防御力の高いモンスターを囮にしておいて、攻撃力の高いモンスターでダメージを与える、などという役割分担までできれば、さらに盤石であろう。
役立たずのモンスターを持っているテイマーの場合は、媚びへつらって有能なパーティに入れてもらい、おこぼれにあずかる。
しかし……バンプはそれもできないのだ。
なぜならば、彼は役立たずのモンスターすらいない。
いるのは、『アリンコ』のみ……!
そのアリンコは、バンプの鼻先を椅子がわりに、今も呑気に寛いでいる。
こんな無い無いずくしの少年を入れてくれる、物好きなパーティなど……。
いったい、どこにいようか……!?
バンプはしょうがなく、拾ったガラクタと身ひとつで、冒険に出かけることにした。




