03 Gの誓い
バンプの瞳からは、すっかり輝きが消え失せていた。
天窓の光すらも届かない隅っこで、暗闇のなかに蹲る放置子のように俯いていた。
――な、なんで……!
子供の頃から天才テイマーと呼ばれ、将来を約束されてきた俺の卵から……!
なんで、なんで『アリンコ』なんかが孵るんだよ……!?
これは、悪い夢だ……!
そうだ、そうに違いない……!
しかし、悪夢はこれだけでは終わらなかった。
『孵化の儀式』が終わったあと、式を途中で乗っ取るかのように、水晶板にあの少年の姿が再び現れたのだ。
先ほどの祝辞の時には荒野にいたはずなのに、今は森に囲まれた閑静な屋敷を見下ろしていた。
そして、再会の挨拶代わりの高笑いを響かせる。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーー----ッ!!!!」
貴様らの卵から、最初の下僕が孵ったようだなッ!
その結果は、この俺様の耳にも、すでに届いているッ!
我が弟、ダンプよ!
アイアンライノとは、実に貴様らしいパワフルなモンスターだなッ!
鋼の甲冑のような外皮に覆われた、その砦のような姿は……!
我が『シルヴァーリーフ家』の一員としてふさわしいッ!
我が弟、シャンプよ!
ティアラスネークとは、実に貴様らしいビューティフルなモンスターだなッ!
銀細工の王冠ように、とぐろを巻く姿は……!
我が『シルヴァーリーフ家』の一員としてふさわしいッ!
ふと、チャンプの顔がクワッとアップになった。
だが、我が弟、バンプよ!
貴様には失望したッ……!
貴様など、もはや我が弟でも、我が『シルヴァーリーフ家』の人間でもないわッ!
よりにもよって、よりにもよって……!
もっとも小さく、もっとも黒く、もっとも醜い……!
そして、もっとも脆弱ッ……!!
シルヴァーリーフ家において、禁忌とされている要素を、すべて持ち合わせている『アリンコ』などとは……!!
……まさに、言語道断ッ!!
我ら兄弟は幼少の頃より、ひとりに一軒、屋敷を与えられてきたッ!
これは、シルヴァーリーフ家の将来を嘱望された者にのみ、許されていた特権ッ!
その資格はもはや、貴様ににはないッ!
よって、家長であるゲンプに変わって、今から俺様が、屋敷ごと貴様を追放してやるッ!!
……バッ!!
高高度にいるシルヴァーゴーストの王座から、眼下の屋敷に向かって手をかざすチャンプ。
屋敷に向かってズームすると、小鳥やウサギ、子鹿などが行き交う庭が映し出された。
おとぎ話に出てきそうな平和な庭の向こうには、開け放たれた屋敷の窓。
そこには、黒髪のおかっぱ頭でメイド服姿、いかにも大人しそうな顔立ちの少女が忙しそうに行き来して、食卓を飾り付け、ごちそうを運んでいた。
「お兄ちゃんがもうすぐ入学式から帰ってくるから、急がなくっちゃ。うふふ、お兄ちゃん、喜んでくれるかなぁ……?」
聖堂の水晶板には、夢見るような少女の微笑みがアップになっている。
バンプは弾けるように飛び出し、叫んだ。
「なっ……!? リップになにをするつもりだっ!? やめろっ! やめてくれっ! チャンプ兄貴っ! 悪いのは俺だっ! 制裁を加えるなら、俺だけにっ……!! それに、母親が違うとはいえ、リップはチャンプ兄貴の妹でもあるんだぞっ!!」
その声は遠い場所にいるはずのチャンプには届くはずもないのだが、チャンプはまるで弟の反応が手に取るようにわかっているかのようだった。
「貴様はもう、俺様の言葉を忘れたのかッ……!! まわりにいる者は、すべて踏みにじるべき対象でしかないということを……!! それはたとえ血の繋がった家族とはいえ、変りはないことをッ!!」
……ごばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!
シルヴァーゴーストの拳が、あの時よりも大きく振りかぶられる。
主人の決意の強さを、表しているかのように……!
「『脆弱は敵』だッ!! たとえ親兄弟であれ、弱き者の存在価値など、この世界にありはしないのだッ!!」
「やっ……やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー------------------っ!!!!!!!」
……消え去れっ、忌まわしき血族よッ!!!!
『ロストワード・オブ・バビロニアン』んんんんんんんんんんんんんんんーーーーーーーーーーー----ッ!!!!!!!!
……ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!
屋敷が爆風を受けたように吹っ飛ぶのと、水晶板が粉々に砕け散ったのは、ほぼ同時であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この世界は、『テイマー』と呼ばれる者たちが支配していた。
『テイマー』とは、動物やモンスターを調教し、使役する能力を持つ者の総称である。
なれるのは、『女神に選ばれし者』のみ。
生まれたときに、女神から与えられという卵を持っている赤ん坊だけが、テイマーの道を進むことができる。
卵を持つ者は同時に、生まれながらにして調教師の能力も持ち合わせているのだ。
最初に飼い慣らすことになるペットは、卵から生まれるモンスターだと定められている。
卵とともに幼少期を過ごし、卵に一筋のヒビが入ると、『テイマー学園』への入学資格を得られる。
そのため『テイマー学園』に入学する子供たちの年齢は一律ではなく、バラつきがある。
ちなみに18歳を超えるまでに卵にヒビが入らないと、それは死んだ卵とみなされ、以降、ヒビが入ることはないという。
『テイマー学園』では、初めてのペットとともに勉学やスポーツに励み、テイマーとしての能力を磨いていく。
将来どんなテイマーになるのかを、学園生活のなかで見いだしていくのだ。
ペットとともに、野良のモンスターを狩る、冒険者としての将来。
ペットとともに、世界各地を渡り歩く、商人として将来。
ペットとともに、伝説の剣を作りあげる、鍛冶屋として将来。
ペットとともに、魔法の神秘を解き明かす、学者として将来。
ペットとともに、ステージを駆け巡る、歌い手や踊り子としての将来。
ペットとともに、スタジアムで活躍する、スポーツ選手としての将来。
いずれの職種に就くにしても、テイマーではない者たちに比べて、ペットの能力が上乗せされるぶん、優れた人種としてこの世界では重用される。
テイマーは経済や娯楽の分野だけでなく、政治や戦争の分野に至るまで役に立つので、各国の王たちはテイマーの育成に何よりも力を注いでいた。
この『リビングシング王国』も例に漏れない。
国内の各地にテイマー学園が存在し、若きテイマーたちが日夜勉学に励んでいた。
その中において、ミュルメクス領にある『第8テイマー学園』は、特別な学園のひとつである。
なにせ領地全体がテイマー育成のための施設。
学園に所属する生徒だけでなく、家族の暮しすらも影響するのだ。
学園において優秀な成績のテイマーは、家族には豪邸が与えられ、働かなくとも何不自由ない暮らしができる。
逆に劣等生の家族は、日々食べるのも苦労するような暮らしを強いられる。
下手をすると、テイマーのいない家庭よりも貧乏になってしまう場合があるのだ。
しかしこれも、『ハングリー精神を刺激し、テイマーとしての能力を開花させる』ための政策のひとつであった。
『テイマー学園』では成績、すなわちペットの能力に応じて、以下ランクに分けられる。
上位ランクである、『SSS』『SS』『S』。
中位ランクである、『A』『B』『C』。
下位ランクである、『D』『E』『F』。
先に行なわれた入学式において、『孵化の儀式』において、モンスター名とともに表示されたランクがそれである。
ちなみに新入生は最高で『Dランク』までとされている。
そして最低は、『Fランク』のはずだったのだが……。
新たなるランクが、ある14歳の少年によって、誕生してしまった。
そう、ミュルメクス領内に広大なる敷地を有するほどの、名門テイマー一族『シルヴァーリーフ家』の三男……。
『バンプ・シルヴァーリーフ』によって……!
『Gランク』という、下よりもさらに下……!
奈落の底のような『Gランク』が……!
その不名誉なる地位を与えられたバンプの生活は、入学式を境に一変。
住んでいた屋敷は破壊され、そのとき中にいた妹のリップは、瓦礫の下敷きになった。
辛うじて一命は取り留めたものの、今も病院で、生死の境をさまよっている。
失意のバンプは学園の入学を取りやめ、ミュルメクスの地から去ろうとした。
しかし、できなかった。
もし自分がいなくなってしまったら、妹のリップは病院から追い出されてしまう。
彼女が治療を受けられるのも、『テイマー学園に通う生徒の家族だから』という理由だからだ。
病院の片隅にある粗末なベッドの上で、うわごとのように自分の名を呼ぶ妹の前で、バンプは誓った。
「俺のランクが上がれば、最高の治療を受けさせてやれる……! 待ってろよ、リップ……! 俺が絶対に、お前を助けてやる……!」
そして……!
アイツをここに引きずってきて、土下座させてやるっ……!!




