14 ブタマッチ
「おい、ブタマン野郎……! 俺と、『勝負』しろ……!」
バンプの一言に、クラスに衝撃が走る。
それまで周囲にいたクラスメイトたちは、「また始まったよ」と見向きもしなかったのだが……。
この時ばかりはクラスじゅうの者たちが、「ええっ!?」と振り返った。
その忘我にも似た感情は、このクラスのボスの一言で、嘲笑に変わった。
「プギッ! 聞いたか、おいっ! ゴミ野郎がこの俺に、マッチを挑んできやがった!」
すると、すでにクラスは彼の取り巻きとなっているのか、口々に囃し立てた。
「身の程知らずにも程があるっすよね! プギーマンさん!」
「このクラスでいちばん強いプギーマンくんに、勝てるわけがないのに!」
「そもそも勝負にもならねぇよ! コイツ、頭がイカれちまったんじゃねぇのか!?」
「ぎゃはははははっ! ゴミ野郎が、自分と同じゴミに勝ったからって、勘違いしてるんだ!」
「もしゴミ野郎くんが勝つようなことがあったら、クラスのみんなも地べたに座らなきゃね! あははははっ!」
そんな下馬評はすでに慣れているバンプは、馬耳東風とばかりに気にも止めず、立ち上がる。
彼が見据えているのは、己の前のみであった。
壁のように立ちはだかる、巨漢のクラスメイトだけを、ただひたすらに……!
「ブタマン野郎、俺とやるのが怖いのか? だからそうやって、茶化してるんだろう?」
「プギイッ!? テメェ、まだそんなことを……!」
「怖いんだったら、このクラスにいるヤツらに助けを求めてもいいんだぜ? なんだったら全員まとめて、相手してやるよ」
いくらバンプが先のマッチで1対6で勝ったとはいえ、クラス全員を相手にして勝てるわけがない。
もちろんこれは、ただの挑発である。
そしてこれには、もうひとつの目的があった。
「プギイイイッ!? もう我慢ならねぇっ! テメェみたいなゴミを相手にしたら、俺の格がさがっちまうが……。ここまで言われて引き下がれるかっ! やってやらぁ!!」
……パァァァァァッ……!
レベルアップとは違う輝きが、両者の間に生まれる。
マッチ開始の合図であった。
……ずざざざざざっ……!
巻き込まれてはたまらないと、周囲にいた者たちは机ごと後ずさる。
舎弟たちも、腰が抜けているかのように這い逃げていった。
マッチというのは日時指定をしなかった場合、場所を問わずに即時開始となる。
それまでは日常だったはずの、クラスの平和な時間は引き裂かれ……。
その場は、死闘のオクタゴンリングと化したっ……!
「プギギギ……いまさら土下座しても遅いぜぇ! ギッタギタにしてやらぁ!」
独特な笑い声とともに、背中に担いでいたトゲつきの棍棒を構えるプギーマン。
足元には彼の相棒である『ワイルドボア』がスタンバイしていた。
『ワイルドボア』は、イノシシ型のモンスター。
先の『孵化の儀式』で生まれたばかりなので、まだウリボウと呼ばれる仔イノシシ状態である。
それでも生えかけの牙は小さいながらも鋭く、闘気だけは一人前。
主人と同じく目を血走らせ、プシュープシューと鼻息荒く、今にも突進せんばかりに砂蹴りをしている。
クラスメイトはざわめいた。
「しょ、勝負になるわけがねぇ……!」
「ワイルドボアの突進攻撃と、プギーマン君の棍棒のコンビネーションをよけられた者はいないわ!」
「かならずどっちかの餌食になって、一撃でやられちまう……!」
「Fランクの俺たちだって片方よけるので精一杯だから、それ以下のゴミ野郎だったら、両方ともよけられねぇかもしれねぇぞ!」
「そうなったら、入院は確実だろうな!」
ここで初めてバンプは、ヤジに反応した。
「俺はよけねぇよ、どっちもな」
思いもよらぬ衝撃発言に、クラスの全員が「ええっ!?」と反応する。
「よけないってことは、どっちも食らうってことだぞ!?」
「やっぱりコイツ、今になってわかったんだ! プギーマン君には勝てないって!」
「うわぁ、あれだけイキがっといて降参宣言なんて、カッコ悪ぅ!」
「プギーマン君、もちろんこんなヤツ、許さないよね!?」
「そうよ! 二度とあんな口が聞けないようにしてやったほうがいいわ!」
「そうだ! 入院だっ! ゴミを病院送りにしてやれっ!!」
クラスのお調子者が机の上にあがり、手拍子とともに入院コールをはじめると、周囲も後に続いた。
「にゅーいん! にゅーいん! にゅーいん! にゅーいん! にゅーいん! にゅーいん!」
すでに勝利を手にし、敗者を処刑する剣闘士のように、プギーマンは口元を歪める。
「ここまでお願いされたんじゃぁ、リクエストに応えねぇわけにはいかねぇよなぁ……! お前も覚悟ができてるようだしなぁ……! プギギギギ……!」
バンプは肩をすくめながら応じた。
「やれやれ、俺はそんなつもり言ったんじゃねぇんだけどな」
「プギギ……! 今になって命乞いとは……! もう、どんな言い訳をしても遅いぜぇ……!」
「違うよ。俺がよけないって言ったのは、もう、よける必要がなくなったからだよ」
「……なにぃ!?」
すでにマッチは始まっているというのに、バンプは腰に携えたナイフを抜くどころか、構えもとっていない。
ただ棒立ちのまま、
……すっ。
と手をかざした。
「何のマネだ、テメェ……!?」
「もう、終わってるんだよ……。こっちの仕込みはな……」
「仕込み、だとぉ!?」
「ああ、いろいろくっちゃべってたのは、その時間稼ぎのためだったんだ。でもそれももう終わった。あとはこの手を握りしめるだけで、お前は終わる。……いろんな意味でな」
「プギッ!? ゴミ野郎、テメーは魔法使いだったのか!? でも魔法は詠唱の時間があるはずだ! 手を握りしめただけで発動する魔法だなんて、聞いたこともねぇぜ!」
「じゃあ、やってみせようか? 俺が手を握りしめたら……お前の股間は、終わるっ!!」
バンプがかざしていた手のひらを、
……クンッ……!
と軽く握りしめた途端、
「プギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
プギーマンは、この世の終わりのような大絶叫。
ロケットで打ち出されたように、垂直に飛び上がった。




