12 ひとときの安らぎ
服を脱がされてさんざん『ふきふき』されてしまったバンプ。
今は半裸のままあぐらをかいて、サンドイッチを貪っていた。
「うん、うめぇ。やっぱりシルファのサンドイッチが一番だな」
バンプの目の前で正座したまま、バンプのボロ布のような制服を繕い直していたメイドのシルファ。
手元はミシンのように、シュバババババと超高速で動いているのに、顔は穏やかに微笑んでいる。
シルファは言動はおっとりしているが、家事はプロフェッショナルなのだ。
「ありがとうございます。もしまたお暇が頂けるようでしたら、差し入れをお持ちいたしますね」
そう言う彼女の首のところに、ごついベルトのようなものが嵌められているのに気付くバンプ。
華奢なシルファには似つかわしくない、黒い革製のそれは……犬用の首輪であった。
「……チャンプ兄貴の専属になっちまったのか」
「はい」と変わらぬ微笑みで頷くシルファ。
しかしその眉がわずかではあるが、困ったように傾いていることを、バンプは見逃さなかった。
バンプの生まれたシルヴァーリーフ家は、テイマーの名門であったが、酷い男尊女卑の家系としても有名であった。
当主であるゲンプは多くの女を娶り、機械のように次々と子を産ませ……。
卵を持って生まれた、男の子供のみを認知する。
卵を持って生まれてこなかった男の子は奴隷として売り払われ、女の子はメイドになる。
バンプの妹のリップがメイドをしていたのも、そのためである。
そして卵を持って生まれてきた男の子のうち、テイマーとしての素質を持った数名のみを『我が子』として扱う。
その母親と息子には屋敷を与え、シルヴァーリーフ家の『跡取り候補』となる。
ちなみに落第した子供を産んだ母親は、愛人扱いとなる。
シルヴァーリーフ家から追い出され、愛人手当をもらいつつ、落第した子供とともに余生を送ることになる。
現在のシルヴァーリーフ家の『跡取り候補』は、チャンプ、ダンプ、シャンプ。
そして半ばリタイヤ同然であるが、バンプ。
4人とも母親が異なる。
兄弟でありながらも、生まれながらにして骨肉の争いをするライバルなのだ。
バンプがテイマー学園に入学する前日、父であるゲンプは四兄弟を集め、こんなことを言った。
……チャンプのあとに続いて、ダンプ、バンプ、シャンプもテイマー学園に入学することとなった。
これで我がシルヴァーリーフ家の息子たちが全員、テイマー学園に入学したことになる。
テイマー学園において、もっとも優秀な成績を収めた者を、私の後を継ぐ者とする。
後継者は、シルヴァーリーフ家の家長となるのだ。
この家が所有する、莫大な資産と広大なる敷地と、我が家にまつわるすべての人間を自由にすることができる。
この家に代々伝わる聖竜も、もちろんのこと……!
そして学園生活中、その時点で優秀とされる者には、シルファを専属として付けよう。
優秀なテイマーというのは、一流のペットだけでなく、一流のメイドも連れて然るべきものだ。
あの女であれば、己が権威を引き立てるのに、十分であろう。
使い減りもせんので、好きなように使うがいい……!
ようは、テイマー学園での生活こそが、本格的な『跡取りレース』。
そして暫定一位の者には、美しきメイドが与えられ、自由にできる……!
先日執り行われた『孵化の儀式』において、三兄弟の卵から『シルヴァーゴースト』を越えるモンスターが孵っていたら、その者が暫定一位になっていたはずであった。
しかしそうはならなかったので、シルファは長男であるチャンプの手に渡ってしまったのだ。
バンプは同情した。
「……チャンプ兄貴は親父といっしょで、女を奴隷としか見てないから、そばにいるのも大変じゃないのか?」
しかしシルファはクスリと微笑みながら、首をゆるやかに左右に振る。
「いえ。わたくしはチャンプ様が赤ちゃんの頃からお世話させていただいております。おしめを替えさせていただきましたし、抱っこしてお風呂などにも入れさせていただきました、ご立派になられたチャンプ様にお仕えできるのは、メイドとしてとても幸せなことです」
「そうか、シルファは俺たち兄弟の母親みたいなもんだったからな。母さんを早くに亡くした俺とリップにはなおさらに」
「そういえば、リップ様はご無事なのでしょうか?」
「ああ、瓦礫の下敷きになったが、なんとか生きてるよ。学園内の病院にいるから、会いに行ってやってくれないか?」
するとシルファは、今度はハッキリとした困り顔を見せた。
「はい。わたくしとしてもそうさせていただきたいのですが、チャンプ様がお休みになるまでは、わたくしはチャンプ様のお側にいなくてはならないのです。その頃には、病院も閉まっていると思いますので……申し訳ございません」
本当にすまなさそうに、三度地にひれ伏す。
「そうか、そういうことなら気にするなって。チャンプ兄貴は束縛が強そうだもんな。でもいまシルファがここにいるってことは、チャンプ兄貴に黙って抜け出してきてるってことか?」
「実を申しますとそうなのです。チャンプ様はすでにお休みになっておられます」
「えっ、もう? まだ夜の9時くらいだろ? チャンプ兄貴って、こんなに早寝だったのか……」
「はい、チャンプ様はお屋敷におられる頃から、早くお休みになられておりました。逆にバンプ様は、夜更かしがお好きでしたよね」
四兄弟が幼かった頃、それぞれの屋敷をめぐって寝かしつけるのも、シルファの役目であった。
「シルファは俺たち兄弟のことなら、なんでも知ってるんだな」
「はい。みなさまがお屋敷を出られて寮にお移りになれてからは、お世話ができなくて少し寂しかったのですが……。わたくしも、みなさまがおられる寮に移れましたので、いまは賑やかで、とっても楽しいです」
大きな胸の前で両手を祈るように合わせるシルファは、息子たちの成長を見る母親のように嬉しそうであった。
「それにこうやって、バンプ様のご活躍を、おそばで応援できますし」
「活躍ってほどのことは、まだしてないけどな。だが見てろよ、俺はいつか他のヤツらを抜かして、この学園のトップに立ってやる。リップのためにな」
するとシルファは、急に泣きそうな顔になった。
「……わたくしのためではないのですか?」
「シルファのために?」
「はい、わたくしは忘れておりませんよ。バンプ様がわたくしに向かって、『おおきくなったら、およめさんにしてやる!』って、おっしゃってくださったことを」
ちょうどその時、バンプは水筒に入った紅茶を飲んでいたので、思わず吹きだしてしまった。
「ブハッ!? そりゃお前、ガキの頃の話だろ!?」
「今は、違うのですか?」
「い、いや……。違うっていうか、なんていうか……」
バンプはなんだか照れくさくなってしまい、ボリボリと後ろ頭を掻いていると、シルファが手を口に当てて、クスクスと笑っているのに気付いた。
「まったく……お前にゃかなわねぇなぁ」




