11 シルファ登場
マッチで勝利したバンプ。
彼はこの時点で、いくつもの偉業を達成していた。
まず、相手がみんな格上のうえに、1対6という状況で勝利したこと。
たとえその場に観客がいたとして、賭けが発生したとしても、成り立たないような絶望的なカードを制したのだ。
これはこのテイマー学園においても、過去にそうそう例のあるものではなかった。
そしてもうひとつは、前人未踏の大記録。
バンプはマッチに勝利したことにより、相手の6人分の経験値をゲットした。
相手はすでにレベル9だったので、その1レベル分となると、かなりの経験値となり……。
なんと、いっきに6レベルアップ……!
バンプはレベル4だったので、本来ならば10レベルになるのだが、『飛翔の儀式』を終えるまではレベル9止まりとなる。
しかしいずれにせよ、たったの一戦でこれほどのレベルアップを果たした生徒は、いまだかつていない。
しかもしかも、さらに最速記録も塗り替える。
バンプは今日だけで、レベル9に達したのだ。
常人ならば数ヶ月かかるところを、たったの一日で……!
そのうえ、それまでに費やした総戦闘数は、わずかの3回……!
もしこれが知れ渡ったら、学園は騒然となったことだろう。
しかしバンプは言いふらすようなことはしなかった。
もはや他の生徒にどう思われようが、どうでも良かったからだ。
それでもやっぱり嬉しくはあった。
足元で呻いているワンやネズミどもをほったらかして、寮に戻ると、ひとり喜びを噛みしめる。
――よし!
俺はついに、最初のハードルを乗り越えたんだ……!
あとはこのまま、『飛翔の儀式』を受ければ……!
この『アリンコ』とも……!
そこでふと、思考が途切れる。
寮の床下に寝そべったバンプの上では、アイアンメインデンが勝利を祝うように、八の字を描きながら飛んでいた。
バンプの顔面には20匹ものクロアリがいて、空中の女王様を崇めるように手をこすりあわせている。
今日、バンプは休憩所で水晶玉を操作したときに、アイアンメイデンの技能をいくつか獲得していた。
フォーミックアシッド(1)
働きアリの蟻酸を強化する
ウイング(1)
自身に羽根を生やす
プラトーン(2)
制御できる働きアリの数を増やすことができる
この中で意外だったのは、『プラトーン』の技能。
これは単純に言うと、ペットを増やす技能なのだが……。
通常のモンスターからすると、考えられない話であった。
そもそもペットを増やす技能自体、こんな低レベルでは出現しない。
早くてもレベル50からである。
そして、てっきり技能ポイント1点につき、1匹働きアリを増やせるのかと思っていたら……。
なんと1ポイントにつき、10匹……!
通常のモンスターの、10倍である……!
とはいえ正直なところ、アリンコが10匹増えたところで何だという話である。
しかしバンプにとっては、とても有り難い技能であった。
なにせそのおかげで、6人ものクラスメイトを撃破できたのだから……!
「失礼いたします」
不意に、しっとりとした声が吹き込んできた。
バンプは床下の出入り口となっている、壁の穴のほうを見やる。
すると、そこには……。
メイド服の少女が、外でちょこんと正座していた。
彼女はバンプと目が合うなり、三つ指をついて、深々と頭を下げる。
「ご無沙汰しております、バンプ様」
「……シルファか」
「はい、左様でございます。バンプ様、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、こんな所で良ければな」
するとシルファと呼ばれたメイドはまた、「失礼します」と断って、四つん這いになって床下に入ってくる。
乳牛のように垂れ下がったエプロンごしの胸を、地面すれすれにしながら。
そして寝そべっているバンプのそばで、きちんと正座をすると、また頭を垂れる。
「本当はもっと早くにご挨拶に伺いたかったのですが、遅れてしまって申し訳ございません」
下は地べただというのに、額が付くほどのバカ丁寧な土下座であった。
「もう俺はシルヴァーリーフの人間じゃないんだから、そんなにかしこまる必要はないって」
「そんな、とんでもございません」
顔をあげたシルファは、目の覚めるような美少女であった。
子供の頃から接してきたバンプですら、つい見とれてしまう時があるほどの。
プラチナシルバーに透けたサラサラの長髪。
メイドというよりもお姫様のような……いや、女神といっても過言ではない美しい顔。
かといって近づきがたいわけではなく、タレ目でいつも人なつっこい笑顔を浮かべている。
身体は華奢なのに、メイド服のブラウスのボタンがはちきれんばかりの胸。
慎み深く、慈母のようにやさしい性格。
主人に対しても、自分と同じ使用人や街の人たちに対しても、丁寧な態度で接する。
容姿も性格も完璧なため、この『第8テイマー学園』のみならず、近隣の街や村でもマドンナ的な存在となっていた。
しかし、ミステリアスな一面もある。
古くからシルヴァーリーフ家に仕えているはずなのに、ぜんぜん歳を取っているようには見えないのだ。
バンプどころかチャンプのおしめまで変えていたというのに、いまだに高校生くらいの見目。
しかしいずれにせよ、早くにして母親を失ったバンプ兄妹にとっては、母親のような存在であった。。
そんなシルファは、ホームレスのようになってしまったバンプを見て、我が事のように心を痛めていた。
母性本能が疼いてしまったようで、さっそく世話を焼きはじめる。
「ああ、なんというおいたわしい姿なのでしょう。制服も、すっかりボロボロになってしまって……お脱ぎになってください。ちくちく繕わせていただきます」
促しながら、傍らに置いていたバスケットの蓋を、白魚のような指で宝物のように開く。
「バンプ様、ぽんぽんはぺこぺこでございますよね? いつもはお食事などは、どうされているのですか? お料理をお持ちしましたので、ぱくぱくお召し上がりになってくださいね」
「ああ、そりゃ助かる。いつもは寮の残飯だからな」
するとシルファは、手を口に当てて、上品な仕草で目を丸くしていた。
「んまぁ、残飯……!? そんなものを召し上がっていては、ぽんぽんを壊してしまいますよ。ちゃんとお薬もお持ちしておりますけど、バンプ様がぽんぽんを壊されないように、わたくしがさすさすさせていただきます」
言うが早いがさっそくにじり寄ってきて、バンプに膝枕をしようとする。
育ちすぎた白桃のような物体がモロに顔にあたり、カビ臭さに支配されていたバンプの鼻腔に甘い香りが広がった。
シルファは、『母親モード』に入るとやたらと世話を焼きたがる。
そして言葉づかいも、赤ちゃんにでも接しているように甘々になるのだ。
もう中学生のバンプにとっては、なんだかそれがたまらなく恥ずかしかった。
「い……いや、いい。それよりもメシをくれないか」
「ああっ、お顔が、こんなに汚れているではありませんか。ごはんの前に、ふきふきさせていただきますね。お身体もふきふきさせていただきますので、ぬぎぬぎしてください。いいえ、わたくしがぬぎぬぎさせてあげます。ちゃんとぬぎぬぎできましたら、あーんして食べさせてあげますから」
「ちょ、お、おまっ、ま、待て……! 待てって……! ああっ、待ってぇ……!」
休む間もなく次から次へと繰り出される母性の押し売りに、バンプはすっかり調子を狂わされてしまっていた。




