10 はじめてのマッチ
『ゴブリンの森』の片隅で始まったのは、熾った炭火のように密やかな『勝負』。
しかしながらその内は、男と男のプライドを賭けた、熱き『死闘』であった……!
この学園におけるマッチというのは、いわば学園公認の『ケンカパーティ』である。
普通であればあっという間に野次馬ができるのであるが、観客はひとりもいない。
だからこそバンプは、マッチを挑んだのだ。
――ここなら他のヤツらに手の内を知られずに、技能の試し斬りができる……!
と……!
その戦いに先手を打ったのは、ワンであった。
「野郎ども、ゴミを逃がすなっ! いつもゴブリンにしてるみたいに取り囲んで、徹底的にいたぶってやるんだっ!」
ワンの号令に手下たちは「チュウ!」と鳴き返す。
統率の取れた動きで、バンプ包囲網を形成する。
どうやら彼らは、ゴブリン相手にさんざん共闘してきたらしい。
かたやバンプはこれで3戦目である。
しかも相手の数は、ペットも含めると2戦目の倍。
敵の足元では、犬やネズミが姿勢を低くしていて、今にも飛びかからんばかりに唸っている。
バンプは用心深く彼らを見回しながら、腰のナイフを引き抜く。
ゴブリンから奪った、錆びたナイフである。
刀身は茶色に変色していて斬れ味は皆無。
突く以外の用途でしか使い物にならない。
敵は全員、棍棒を持っていた。
棍棒は剣と違って扱うのに技術がいらず、力任せでもダメージを与えられるので、低ランクの者たちが好んで使う。
しかし棒を持っていると、彼らは学生というより山賊ようであった。
必要以上に着崩し、薄汚れた制服のせいでよけいにそう見える。
かたやバンプの制服はボロ布同然。
山賊以下のホームレスよう。
戦いは同じレベルの者どうしでしか発生しないというが……。
そう、この戦いは底辺も底辺。
山賊対ホームレス、Fランク対Gランク、スクールカースト最底辺どうしの、戦いだったのだ……!
そしてそれは、誰にも想像しえなかった結末を迎える。
取り囲まれたバンプが、何を思ったのか、片脚を軸に、
……クルリンッ。
まるでダンスでも踊るかのように、その場で一回転したのだ。
「チュッ!? なんでチュかコイツ!?」
「これから戦うってときに、踊ったでチュ!」
「チュチュチュチュ! 弟のマネでチュかぁ!?」
バンプの弟であるシャンプは、踊るような動きで華麗に戦う。
それは女子生徒はもちろんのこと、男子生徒までもが見惚れるほどに見事だという。
弟は優雅なるステップの連続で、相手を追いつめていくのだが……。
その兄であるバンプは、なんと、一回転しただけで……。
「チュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!?!?」
まわりにいたチュウたちが、一斉に目を押えて苦しみだしたのだ……!
足元にいるネズミたちまでもが、殺鼠剤を食らってしまったかのように、ひっくり返る……!
「チュウウウッ!? 目がっ!? 目がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「痛いでチュッ!? 痛いでチュゥゥゥゥッ!?」
「なっ、なにがなにがどうなっているんでチュかあっ!?」
そこから先は、一瞬であった。
バンプはすばやいステップで踏み込んでいく。
目を押えているせいで何も見えず、無防備に曝け出された鼻っ柱に向かって、
……グオンッ!
鉄槌のように振りかざしたナイフの柄を、容赦なく叩き込んでいく……!
グシャッ! クシャッ! メシャッ! ゴシャッ! グシャアアアアッ!!
生卵が踏み砕かれたような音が、五つ響いたあと、
「チュギャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!?!?」
鼻血と悲鳴を噴出させながら、もんどりを打つチュウども。
「はにゃがっ!? はにゃあがあああああっ!?」
「折れたっ!? 折れた折れた折れた折れたっ!? 折れちゃったデチュゥゥゥゥッ!?」
「痛いでチュッ!? 痛いでチュゥゥゥゥッ!?」
バンプのまわりで、花開いたように倒れたチュウたちが、花びら落ちるようにのたうち回りはじめる。
一瞬の出来事だったので、ワンは一歩も動けずにいた。
「わ……ワン……? な、なにしやがったんだ、テメェ……」
うわごとのようにつぶやくだけで精一杯。
バンプは、ボロ布の裾を揺らしながら振り返る。
それまでは、ワンは気付かなかった。
バンプの顔の隣に、アリンコが、浮遊していることに。
その飛蚊のようなアリンコは、バンプに付き従う侍従のようであった。
「……知ってるか? この世界に存在する、人類すべての重さと……。この世界に存在する、すべてのアリンコの重さは、同じなんだ」
「わ……ワンッ? な、なにを言って……?」
「だから俺には、世界中に『仲間』がいる。無限に『仲間』がいる。その中でも、いちばん多く存在する『仲間』を、くれてやった」
「ワンッ!? あ……アリンコを? アリンコで、コイツらをやったっていうのか!? そんな、馬鹿なっ……!?」
ハッとしたように足元を見るワン。
すると手下どもの眼球には、たしかにごま粒ような、アリンコが……!
「うっ……!? うわわわわわわんっ!?」
「ソイツはクロアリ。この世界でもっとも多く生息する、最普通種のアリンコだ。ネズミどもにはソイツを1匹ずつくれてやった」
ハッと息をつくヒマもなく、顔に手を当てるワン。
「まっ、まさかっ、ワンの顔にもっ!?」
ニヤリと笑い返され、ワンはようやく自覚する。
首筋からのぼってきて、顔面を這い回る、ぞわぞわとした感覚を……!
「ああ。さっき一回転したときに、お前らめがけて投げつけておいたんだ。ネズミどもの目を狙うように命令したが、蟻酸は使わないように言ってある」
「ぎっ……ぎさん?」
「アリが持ってる毒みたいなもんだな。毒性が強く、下手すると失明を引き起こすと言われている」
「きゃっ……きゃうんっ!?」
「だがお前には特別に、『解禁』しておいた……! 蟻酸の効果がどれほどのものか、俺も見ておきたかったからな……! たっぷり味わうがいい、10匹ぶんの、『アリンコ』を……!」
「きゃっ……きゃいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーー--------んっ!?!?」
顔じゅうに張り付いた、10匹ものアリンコ。
いちどきに食いつかれ、ワンは負け犬のような大絶叫を轟かせる。
「きゃいんっ!? きゃいんっ!? きゃいいいーーーーーーーんっ!?!? 痛い痛い痛いっ!? 痛いいいいいーーーーーーーーーーっ!?!?」
顔をバリバリと掻きむしりながら倒れ、転げまわるワン。
しかしいくら引っ掻いても、顔に取り憑いたアリンコは剥がれない。
「やだっ! やだやだやだっ! 痛いのやだぁ! アリンコやだぁ! 許して許して許して、許してぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!」
まるで火だるまになったかのように暴れまくるワン。
とうとう離れた所にある池に向かって転がっていき、
……どっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!
中に身を投じてようやく、アリンコから解放された。




