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第9話 そのE級が、先生なわけがない



 国内ランキング六位――神崎蓮司は、昨夜からずっと一つのことを考えていた。


「……絶対に何かいる」


 一位、天音玲華。


 二位、九条紫苑。


 三位、白石陽菜。


 国内最高峰の探索者三人が。


 同じ夜。


 同じ古びたアパートから出てきた。


 偶然で済ませるには無理がある。


 しかも最近、三人には明確な変化があった。


 玲華は《奈落》八十三階層を突然突破。


 紫苑は魔力漏出量を急激に減らした。


 そして陽菜は昨夜の配信中、八十四階層で謎の人物と接触した直後に配信を打ち切っている。


「……全部繋がってる」


 蓮司はギルド本部の端末へ座った。


 昨夜確認したアパート。


 部屋番号も覚えている。


 あとは――。


「誰が住んでる?」


 探索者情報の公開範囲内で検索する。


 住所そのものは非公開。


 だが、探索者登録時に設定された活動拠点地域までは確認できる。


 条件を絞る。


 年齢。


 男性。


 該当地域。


 そして。


「……いた」


 画面に一人の男が表示された。


 黒瀬悠真。


 二十九歳。


 探索者歴十二年。


「十二年?」


 少し期待した。


 十二年も活動しているなら、何かあるかもしれない。


 だが。


 次の項目を見て。


「…………は?」


 蓮司は眉をひそめた。


『探索者ランク――E』


「E?」


 さらに。


『最新魔力測定値――17』


「…………」


 思わず椅子へ深くもたれた。


「違うな」


 即座に候補から外した。


 ランキング一位から三位までを短期間で変化させる人物。


 少なくとも。


 そんな人間が魔力値十七のE級であるはずがない。


「じゃあ、こいつは何だ?」


 アパートの住人。


 あるいは。


「仲介役か?」


 その可能性はある。


 先生本人は正体を隠している。


 だから黒瀬というE級を通して、トップ探索者たちと接触している。


「……あり得る」


 むしろ、その方が自然だ。


 表向きは何の価値もないE級。


 その人物を連絡役として使えば、誰も疑わない。


「上手くやってるじゃねえか」


 蓮司は画面を閉じた。


 少しだけ胸が高鳴る。


 ようやく。


 尻尾を掴んだかもしれない。


 ◇


「今日は三人とも来るの?」


「私は来ます」


「私も」


「私も行くよ」


「……そう」


 午後十一時。


 俺は《奈落》入口で三人の女を見ていた。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 国内ランキング一位から三位。


 全員変装している。


「昨日あれだけ休めって言ったのに」


「今日は魔力圧縮をしません」


 玲華が言う。


「私も」


 紫苑が続く。


「私はそもそもまだやってないし」


 陽菜も。


「じゃあ何するの?」


 三人が俺を見る。


「「「先生の攻略を見る」」」


「…………」


 なんで揃うんだ。


「俺、今日八十五階の地図作るだけだぞ」


「それを見たいんです」


「むしろそれが見たいわ」


「昨日途中までしか見られなかったからね」


「面白くないと思うけど」


 三人が同時に首を振った。


 仕方ない。


「絶対勝手に前出るなよ」


「はい」


「分かってる」


「了解」


「危なくなったら帰すから」


「「「はい」」」


 妙に素直だ。


 昨日吐いた二人と、一昨日肩を痛めた一人だから当然かもしれない。


 ◇


 第八十五階層。


「昨日は右が行き止まりだった」


 手帳を開く。


「中央は罠だらけ」


「では左?」


 玲華が聞く。


「今日は左を調べる」


「先生」


 紫苑が周囲を見る。


「魔力探知は?」


「してない」


「え?」


「この階層、それやると敵寄ってくるみたいだから」


 三人が止まる。


「……どうして分かるんです?」


「昨日やった」


「魔力探知を?」


「うん」


「それで?」


「三十七体来た」


「…………」


「だから今日はやらない」


 陽菜が額を押さえた。


「悠真さん」


「ん?」


「昨日それ言ってなかったよね?」


「聞かれなかったから」


「普通は言うの!」


「そう?」


「そう!」


 また怒られた。


「じゃあ行くぞ」


 左通路。


 暗い。


 俺はゆっくり進む。


「先生」


 玲華が後ろから聞く。


「なぜそんなにゆっくりなんです?」


「初めてだから」


「ですが、敵の気配は」


「敵だけじゃないだろ」


 一歩。


 止まる。


「ここ」


「?」


 足元。


 薄い線。


 石床の一部だけ色が違う。


「罠」


「……私には分かりません」


 玲華が目を細める。


「俺も分からないよ」


「え?」


「だから確かめる」


 小石を拾う。


 投げる。


 カチッ。


 直後。


 壁から炎が噴き出した。


「うわ」


 陽菜が一歩下がる。


「先生、どうして罠だと?」


「埃」


「埃?」


「そこだけ少ない」


 三人が床を見る。


「誰かが動かした跡がある」


「…………」


 紫苑が黙り込んだ。


「これも何十回も失敗して覚えたんですか?」


「昔はな」


「昔?」


「最初の頃、罠ほとんど踏んでた」


「…………」


「毒も食らったし」


「…………」


「落とし穴にも落ちた」


「先生」


 玲華が真顔になる。


「よく生きていますね」


「俺もそう思う」


「そこは否定してください!」


 なんで俺が怒られるんだ。


 先へ進む。


 十メートル。


 二十メートル。


 分岐。


「……二つか」


 手帳へ書く。


『左ルート 二十七メートル地点分岐』


 右。


 左。


「今日は右」


「理由は?」


 陽菜が聞く。


「なんとなく」


「そこは経験とかじゃないの!?」


「初めてだから分からないよ」


「急に普通!」


「俺を何だと思ってるんだ」


 三人が顔を見合わせた。


「「「先生」」」


「答えになってない」


 ◇


 三十分後。


「戻ろう」


「もうですか?」


 紫苑が驚く。


「右ルート行き止まりだったから」


「では左ルートを」


「今日はいい」


「なぜ?」


「時間」


 時計を見る。


 午前一時十九分。


「明日もあるし」


「…………」


 玲華が目を瞬く。


「先生は」


「ん?」


「先へ進めるのに、進まないんですか?」


「準備できてないし」


「ですが」


「焦って失敗して怪我したら、明日来れないだろ」


 手帳を閉じる。


「今日は右が違うって分かった」


「それで十分」


 三人が黙る。


「帰るぞ」


 歩き出す。


 少し遅れて。


 三人もついてくる。


 しばらくして。


 陽菜が小さく言った。


「……こういうことなんだ」


「何が?」


「《午前零時の攻略者》」


「?」


「みんな、あなたが毎晩すごい勢いで未踏破を攻略してると思ってる」


「そんなことしてないぞ」


「うん」


 陽菜が笑う。


「今日分かった」


「悠真さん、すごく遅い」


「悪かったな」


「褒めてるの!」


「どこが?」


「一日で進もうとしない」


 玲華も頷く。


「一日一歩」


「ん?」


「以前、先生が言っていたことです」


「昨日より一歩進めばいい」


「…………」


 紫苑が手帳を見る。


「それを十二年」


「まあ」


「毎日?」


「行ける日は」


 三人がまた黙った。


 最近、この沈黙多いな。


 ◇


 翌朝。


「黒瀬悠真さん」


「はい?」


 探索者ギルドのロビー。


 俺が低級素材の換金手続きを待っていると。


 一人の男が声を掛けてきた。


 背が高い。


 鍛えられた身体。


 見覚えがある。


「神崎蓮司」


「ああ」


「知ってるか」


「ランキング六位だろ?」


「そうだ」


「すごいな」


「…………」


 なぜか蓮司が変な顔をした。


「何?」


「いや」


 俺の探索者証を見る。


『E』


 それから俺を見る。


 視線が。


 少しだけ冷めた気がした。


「黒瀬」


「はい」


「少し話がある」


「俺に?」


「ああ」


 蓮司が声を落とす。


「天音玲華」


「…………」


「九条紫苑」


「…………」


「白石陽菜」


「…………」


 三人の名前が順番に出てくる。


 嫌な予感がした。


「最近、お前のところに来てるだろ」


「……まあ」


 否定する理由もない。


 蓮司の目が鋭くなる。


「やっぱりな」


「何か?」


「単刀直入に聞く」


 蓮司が一歩近づく。


「お前」


「はい」


「《午前零時の攻略者》と繋がってるだろ」


「…………」


 繋がってる。


 というか。


 俺なんだけど。


「何で?」


「とぼけなくていい」


 蓮司が小さく笑う。


「安心しろ。正体を暴くつもりはない」


「はあ」


「ただ」


 蓮司の拳が握られる。


「俺も強くなりたい」


 その言葉だけは。


 さっきまでと違った。


 本気だった。


「俺だって、あいつらと同じくらい努力してきた」


「…………」


「なのに最近」


 悔しそうに歯を食いしばる。


「どんどん差が開いてる」


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


「誰かに教わってるのは分かってる」


「だから」


 蓮司が頭を下げた。


「頼む」


「…………」


 国内ランキング六位の男が。


 万年E級の俺に。


 深く。


 頭を下げる。


「《先生》に会わせてくれ」


「…………」


 俺は。


 少し困った。


「いや」


「何だ?」


「たぶん今」


「うん」


「会ってる」


「…………は?」


 蓮司が顔を上げた。


「…………」


「…………」


 数秒。


 見つめ合う。


 そのあと。


 蓮司は俺の探索者証をもう一度見た。


『E』


 魔力値。


『17』


 そして。


「……冗談はいい」


「いや、本当なんだけど」


「俺は真面目に頼んでる」


「俺も真面目に答えてる」


「…………」


 蓮司の眉間に。


 深い皺が刻まれた。


「お前が?」


「うん」


「《先生》?」


「そう呼ばれてる」


「…………」


 蓮司は。


 十秒ほど黙ったあと。


「ねえよ」


 真顔で言った。


「絶対ねえ」


「そう言われてもなあ」


 どうやら。


 国内ランキング六位には。


 説明するところから始めないといけないらしい。


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