第10話 ランキング六位は、目の前の答えを信じない
「お前が?」
「うん」
「《先生》?」
「そう呼ばれてる」
「…………」
神崎蓮司は。
俺の顔。
探索者証。
もう一度俺の顔。
そして。
探索者証。
その視線が行ったり来たりした。
『ランク――E』
『魔力測定値――17』
「ねえよ」
「そう言われても」
「絶対ねえ」
「二回言ったな」
「当たり前だ!」
朝の探索者ギルド。
周囲に人がいることを思い出したのか、蓮司が慌てて声を落とす。
「……黒瀬」
「はい」
「俺は真面目に聞いてるんだ」
「俺も真面目に答えてるけど」
「十二年E級」
「そう」
「魔力値十七」
「昨日測った」
「目立った討伐実績なし」
「申請してないからな」
「未踏破攻略実績もなし」
「公開してない」
「…………」
蓮司が額を押さえた。
「全部それっぽい言い訳しやがって……」
「言い訳じゃないんだけどな」
「じゃあ証明してみろ」
「何を?」
「お前が《先生》だってことだよ」
「別に証明する必要なくない?」
「は?」
「俺、困ってないし」
「…………」
蓮司が固まった。
「お前……」
「うん?」
「ランキング六位の俺が頭下げてるんだぞ?」
「見てた」
「普通、もう少し何かあるだろ!」
「何かって?」
「驚くとか!」
「ランキング一位も二位も三位も最近よく来るし」
「…………」
しまった。
また余計なことを言った気がする。
蓮司の目が細くなった。
「……やっぱりお前、仲介役だな?」
「はい?」
「なるほど」
一人で勝手に納得し始めた。
「先生本人が表に出たくないから、お前を窓口にしてる」
「いや」
「だから三人ともお前のところへ来る」
「違う」
「それなら全部説明がつく」
「ついてないだろ」
「つく!」
嬉しそうだ。
本人を目の前にして、どうしてそこまで遠回りするんだろう。
「頼む、黒瀬」
蓮司が俺の肩を掴む。
「その人に伝えてくれ」
「何を?」
「俺にも教えてほしい」
「俺が?」
「先生に!」
「だから俺が――」
「その冗談はもういい!」
「…………」
面倒になってきた。
◇
「黒瀬」
「はい」
「今日、時間あるか?」
「夜ならダンジョン行くけど」
「昼は?」
「低級素材の換金したら帰る」
「なら少し付き合え」
「どこに?」
「訓練場」
「なんで?」
「確認したい」
「何を?」
「お前の実力」
「先生じゃないと思ってるんだろ?」
「先生ではない」
「じゃあいいじゃん」
「だが!」
蓮司が指を突きつける。
「トップ三人がお前のところへ通う理由は知りたい」
「本人たちに聞けば?」
「答えなかった!」
「聞いたんだ」
「天音は『個人的なことです』」
「うん」
「九条は『関係ないでしょ』」
「言いそう」
「白石は笑って逃げた!」
「それも言いそう」
「だからお前しかいない!」
「……」
なんで俺がこんなに追い詰められてるんだ。
「一回だけな」
「よし」
「でも俺、強さ証明するために戦わないぞ」
「分かってる」
「本当に?」
「模擬戦じゃない」
蓮司はそう言って。
「魔力測定だけだ」
「昨日やったけど」
「俺の目の前でもう一回やれ」
「……まあ、それくらいなら」
◇
ギルド併設の訓練施設。
簡易魔力測定器。
俺が手を乗せる。
『測定開始』
数秒。
『魔力値――16』
「…………」
「昨日より一減ったな」
「お前」
「はい」
「本当に十六しかないのか?」
「測定上は」
「測定上は?」
「あ」
また余計なことを言った。
「何だ、その言い方」
「いや」
「隠してるのか?」
「別に」
「ならもう一回!」
「変わらないと思うぞ」
再測定。
『魔力値――16』
「…………」
三回目。
『魔力値――17』
「お」
「何がお、だ!」
蓮司が頭を抱える。
「こんな奴が……」
「だから何?」
「天音たちに何を教えるんだよ!」
「聞かれたこと」
「例えば?」
「魔物の見方とか」
「…………」
「魔力の使い方とか」
「…………」
「攻略ルートとか」
「…………」
蓮司が俺を見る。
「それ全部、先生の仕事じゃねえか」
「だからそうだって」
「でもお前は弱い!」
「そう見えるならそれでいいよ」
「……っ」
蓮司の顔が少し険しくなる。
「馬鹿にしてるのか?」
「してない」
「じゃあ何なんだよ」
「別に証明しなくても困らないだけ」
「…………」
しばらく。
蓮司は何も言わなかった。
やがて。
「……気に食わねえ」
「そう?」
「俺は」
拳を握る。
「ずっと上を目指してきた」
「うん」
「一位になるために、毎日訓練して」
「うん」
「怪我しても戻って」
「うん」
「何年もやってきた」
「すごいな」
「……軽く言うな」
「本当にすごいと思ってるよ」
蓮司が黙る。
「ランキング六位なんて、俺には取れないし」
「…………」
「俺、ランキング興味ないから」
「そういう意味じゃ――」
「でも」
少しだけ考える。
「強くなりたいなら」
「!」
蓮司の目が変わった。
「一個だけ」
「何だ?」
「魔力、使いすぎだと思う」
「…………は?」
「神崎さん」
「蓮司でいい」
「じゃあ蓮司」
「おう」
「戦闘映像見たことあるけど」
「いつ」
「ギルドのテレビ」
「またテレビかよ」
「攻撃する前に魔力が広がりすぎ」
「……」
「敵から見ても次に何するか分かると思う」
「待て」
蓮司が俺へ詰め寄る。
「俺の魔力制御は国内でも上位だぞ」
「そうなの?」
「そうだ!」
「じゃあみんなもっと漏れてるのか」
「…………」
前にも同じ会話した気がする。
「具体的に言え」
「右拳使う前」
「うん」
「肩から先に魔力集めるだろ」
「……」
「分かりやすい」
「…………」
「蹴る時も左脚に先に流れる」
「…………」
「だからフェイントしても魔力見れば本命分かる」
蓮司が。
完全に黙った。
「……それ」
「うん?」
「誰かに言われたことあるか?」
「ない?」
「俺自身も気づいてなかった」
「なら直せばいいじゃん」
「簡単に言うな!」
「でも分かったんだから」
「…………」
蓮司が自分の右拳を見る。
「……試す」
「どうぞ」
少し離れる。
蓮司が訓練用標的の前に立つ。
拳。
魔力。
「……」
いつもの癖。
右肩。
魔力が集まる。
「今」
「っ!」
蓮司が止める。
「本当だ……」
「うん」
「もう一回」
今度は意識して抑える。
でも。
「まだ肩」
「くそ」
三回。
五回。
十回。
「……なんで消えねえ」
「癖だから」
「お前なら?」
「俺?」
「どうする」
「俺なら」
少し考えて。
「攻撃する直前まで全部同じ場所に置いとく」
「全部?」
「うん」
「そんなことできるか?」
「慣れれば」
「…………」
蓮司の顔が険しくなる。
「またそれか」
「何が?」
「慣れれば」
「うん」
「何年やった」
「魔力関係は十二年」
「…………」
蓮司が。
俺を見る目を少しだけ変えた。
でも。
まだ。
疑っている。
◇
「先生」
声。
「ん?」
訓練室の入口。
帽子を深く被った玲華が立っていた。
「…………」
蓮司が固まる。
「天音?」
「神崎さん?」
「なんでここに」
「先生に用事が」
「…………先生?」
玲華が。
ゆっくり。
俺を見る。
そして。
蓮司を見る。
「先生」
「はい」
「もしかして」
「うん」
「話しました?」
「話したけど信じてない」
「…………」
玲華の表情が。
何とも言えないものになった。
「神崎さん」
「何だ」
「黒瀬さんは――」
「分かってる」
蓮司が手を上げる。
「先生本人じゃない」
「…………」
玲華が黙った。
「仲介役なんだろ?」
「…………」
「本人は冗談で先生って言ってるけど」
「…………」
「そういう設定なんだな?」
玲華が俺を見る。
「先生」
「うん」
「訂正しますか?」
「もう面倒」
「…………」
「しばらくそのままでいいよ」
「分かりました」
玲華が頷く。
蓮司も納得した顔をする。
「やっぱりな」
なぜそうなる。
◇
「ところで天音」
「何ですか?」
「最近お前、戦い方変えただろ」
「そうでしょうか」
「とぼけんな」
「…………」
「こいつから何か教わったのか?」
玲華が俺を見る。
「先生」
「好きに答えれば?」
「では」
玲華は少し考え。
「はい」
「!」
「教えていただいています」
蓮司の顔が変わる。
「何を?」
「色々です」
「例えば?」
「それは秘密です」
「なんでだよ!」
「先生の許可がありませんので」
「いや、別に言っても――」
「先生」
「はい」
「駄目です」
「そうですか」
蓮司が頭を抱えた。
「お前ら何なんだよ……」
そこへ。
もう一つ声。
「先生ー?」
入口から陽菜。
「今日いるって玲華さんから――」
その後ろ。
「何であなたが先に来てるのよ」
紫苑。
三人。
そして。
蓮司。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静寂。
最初に口を開いたのは蓮司だった。
「お前ら」
一位。
二位。
三位。
全員。
俺を見ている。
「何で」
蓮司の声が震える。
「本当に全員こいつを先生って呼んでんだよ」
「だから言っただろ」
「でもE級だぞ!」
「そうですね」
玲華。
「魔力値十七よ」
紫苑。
「最近十六だぞ」
「そこはどうでもいいよ、悠真さん」
陽菜。
「…………」
蓮司が三人を見る。
「お前ら」
「はい?」
「何か騙されてないか?」
三人の目が。
一瞬で冷たくなった。
「神崎さん」
玲華。
「今」
紫苑。
「何て?」
陽菜まで笑顔を消した。
「先生が」
「私たちを」
「騙してるって?」
「…………」
蓮司が一歩下がった。
「いや」
「「「いや?」」」
「言い方が悪かった」
「そうですね」
「悪いわね」
「かなり」
「…………」
なぜか俺ではなく。
ランキング六位が三人に囲まれ始めた。
「まあまあ」
「先生は黙っていてください」
「はい」
俺は。
静かに端へ避けた。
◇
数分後。
「……分かった」
蓮司が疲れ切った顔で椅子に座っていた。
「何が?」
「少なくとも」
俺を見る。
「お前が三人から異常に信頼されてるのは分かった」
「そう?」
「異常だ」
「言い方」
「だが」
蓮司の視線が鋭くなる。
「お前が《午前零時の攻略者》本人ってのは、まだ信じねえ」
「別にいいよ」
「いつか証明してやる」
「何を?」
「お前の後ろにいる本物を見つける!」
「…………」
玲華。
紫苑。
陽菜。
三人が揃って俺を見る。
「先生」
「うん」
「言わなくていいんですか?」
「本人が楽しそうだし」
「……そうですね」
「面白いから放っときましょう」
「私もちょっと見たい」
「お前ら酷いな」
蓮司だけが。
「絶対見つけてやるからな!」
と燃えている。
その日の夜。
国内ランキング六位、神崎蓮司は。
《午前零時の攻略者》を探すため。
本人のすぐ横で。
一時間近く。
本人に相談して帰っていった。
俺は。
どうしてこうなったのか。
最後までよく分からなかった。




