第8話 トップ3、全員同じ秘密を隠していた
「玲華さん」
「何ですか?」
「最近、夜って何してる?」
「…………」
昼。
探索者ギルド本部の休憩スペース。
白石陽菜は、向かいに座る天音玲華へ笑顔を向けていた。
玲華の手が。
ぴたり。
止まった。
「なぜ突然そんなことを?」
「別に?」
「…………」
「ちょっと気になっただけ」
「訓練です」
「へえ」
「何ですか、その反応は」
「どこで?」
「それは……」
玲華の視線が僅かに泳ぐ。
「秘密です」
「ふーん」
陽菜は笑顔のまま頷いた。
怪しい。
ものすごく怪しい。
昨日。
《奈落》第八十四階層。
そこで陽菜は出会った。
ほとんど魔力を感じない。
安物の装備。
どう見ても上位探索者には見えない男。
なのに。
双頭黒狼の攻撃を見ただけで、次に何が来るのか全部分かっていた。
そして――。
『あれ、俺』
八十五階層の国内最高到達記録。
その更新者だと。
本人はまるで昨日の晩飯でも話すような調子で言った。
「ちなみに」
陽菜は何気ない風を装う。
「《午前零時の攻略者》ってどう思う?」
玲華のカップが。
カチャン。
小さく鳴った。
「……なぜ私に?」
「いやぁ、玲華さん最近《奈落》すごいじゃん?」
「それと何の関係が?」
「ないけど?」
「…………」
「知ってる?」
「名前だけは」
「へえー」
陽菜は笑う。
確定。
この人、知ってる。
絶対知ってる。
「何ですか?」
「何でもなーい」
そこへ。
「あら。珍しい組み合わせね」
九条紫苑がやって来た。
「紫苑ちゃん」
「ちゃん付けやめて」
「じゃあ紫苑さん」
「それでいいわ」
紫苑が椅子へ座る。
陽菜は少し考えて。
「紫苑さん」
「何?」
「最近、魔力制御良くなったよね」
「ぶっ!」
紫苑が飲みかけの水を吹きそうになった。
「何よ急に!」
「昨日の測定データ見た」
「何で見てるのよ!」
「公開範囲だったし」
「ぐ……」
陽菜は頬杖をつく。
「誰かに教わった?」
「独学よ」
「へえ」
「何よ」
「別に?」
「その顔やめなさい」
「どの顔?」
「全部知ってますみたいな顔!」
陽菜はにこにこしている。
「じゃあさ」
そして。
「《午前零時の攻略者》って知ってる?」
「知らないわ」
即答。
速すぎた。
「へえー」
「何よ」
「何でもなーい」
「何なのよ!」
陽菜は確信した。
二人とも。
知ってる。
しかも。
たぶん――。
「……同じ人だ」
「?」
「何か言いました?」
「ううん」
陽菜は笑った。
面白くなってきた。
◇
その日の午後八時五十七分。
「今日は来ないかな」
俺は自宅で手帳を整理していた。
玲華と紫苑には昨日、
『一日休め』
と言ってある。
二人とも最初は不満そうだったが。
さすがにあれだけ吐いて倒れた翌日だ。
今日くらいは来ないだろう。
――ピンポーン。
「…………」
来た。
「はい」
『先生。玲華です』
「休めって言ったよな?」
『今日は訓練しません』
「じゃあ何しに?」
『プリンを持ってきました』
「…………」
何しに来てるんだ。
扉を開ける。
「こんばんは、先生」
「こんばんは」
玲華は紙袋を持っていた。
「本当に訓練しませんから」
「ならいいけど」
「昨日のお礼です」
「掃除の?」
「その言い方はやめてください」
顔が赤くなった。
まだ恥ずかしいらしい。
玲華が部屋へ入る。
一分後。
――ピンポーン。
「嫌な予感するな」
開ける。
「先生」
紫苑。
「こんばんは」
「休めって」
「訓練じゃないわ」
「じゃあ何?」
「お菓子持ってきた」
「…………」
こいつら。
妙なところで似てきたな。
紫苑が部屋へ入り。
玲華と目が合う。
「…………」
「…………」
「なぜいるんですか?」
「あなたこそ何でいるのよ」
「私は先生へ昨日のお礼を」
「私もよ」
「真似しないでください」
「そっちが真似したんでしょう」
「二人とも今日は静かに――」
――ピンポーン。
「…………」
三人で玄関を見る。
「まだ誰か来るの?」
「先生」
玲華の目が細くなった。
「他にも誰か呼んだんですか?」
「呼んでない」
「本当?」
「なんで疑われるんだよ」
玄関へ。
扉を開ける。
「こんばんは!」
そこには。
帽子。
マスク。
眼鏡。
それでも隠し切れない明るい茶髪。
「白石さん?」
「昨日ぶりです、悠真さん」
「…………」
後ろから。
凄まじい気配を感じた。
「悠真さん?」
玲華。
「昨日ぶり?」
紫苑。
「あ」
陽菜の笑顔が固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人。
目が合う。
「あー……」
陽菜がゆっくりマスクを外した。
「やっぱり」
「何がですか」
玲華が立ち上がる。
「二人とも知ってたんだ」
「あなたこそ」
紫苑も立ち上がる。
「昨日先生と会ったの?」
「うん」
「どこで?」
「奈落」
「何階です?」
「八十四」
「…………」
二人の顔色が変わった。
「先生」
「はい」
「陽菜に正体を?」
「聞かれたから」
「先生!」
「何だよ」
「簡単に言わないでください!」
「別に悪いことしてないだろ」
「そういう問題ではありません!」
陽菜が玲華を見る。
「やっぱり玲華さんも知ってたんだ」
「いつからです?」
「昨日」
「私は半年探しました」
「聞いてない」
「重要です」
「何が?」
「私が最初です」
「そこ競うところなの?」
「非常に重要です」
紫苑が割り込む。
「ちょっと待ちなさい」
「何ですか」
「見つけた順なら玲華だけど」
胸を張る。
「魔力圧縮を初回から十パーセントやったのは私よ」
「四十一秒で吐きかけた人が何を」
「あなたは昨日吐いたでしょう!」
「あなたもです!」
「え?」
陽菜が目を丸くする。
「二人とも吐いたの?」
「…………」
「…………」
玲華と紫苑が同時に俺を見る。
「言ってないぞ」
「今本人たちが言ったよ」
陽菜が吹き出した。
「ちょ、待って……日本一と二位が……二人揃って?」
「笑わないでください!」
「あなたもやれば分かるわよ!」
「やらないよ!」
陽菜はお腹を抱えて笑っている。
「配信で言うなよ」
「言うわけないでしょう!」
笑いながらも即答した。
そこは信用できそうだ。
「それで」
俺は陽菜を見る。
「今日は何しに?」
「昨日のお礼」
「肩は?」
「もう大丈夫」
「本当に?」
「ほら」
腕を回す。
確かに昨日より自然だ。
「それと」
陽菜は少しだけ真面目な顔になる。
「お願いがあります」
「何?」
「私にも」
玲華と紫苑が一斉に陽菜を見る。
「あなたが何を見てるのか、教えてほしい」
「俺が?」
「うん」
「魔力圧縮?」
「それは今はいい」
「え?」
玲華。
「なぜです?」
紫苑。
「やりなさいよ」
「嫌だよ!」
陽菜が二人を見る。
「昨日の話聞いた直後にやる人いる!?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃなかった人が言わないで!」
「…………」
玲華が黙った。
「私は」
陽菜が俺を見る。
「戦いながらコメントも見る」
「うん」
「カメラ位置も気にする」
「うん」
「仲間がいれば、その動きも見る」
「大変そうだな」
「だからたぶん」
少しだけ苦笑する。
「私、一番大事なところを見てない」
昨日。
双頭黒狼。
俺が言った。
『頭を見るな』
『右前脚』
それだけで。
ずっと見えなかったものが見えた。
「悠真さんは」
「うん?」
「魔物のどこを見てるの?」
「どこって」
少し考える。
「嘘つけないところ」
「……嘘つけない?」
「顔とか武器って結構嘘つくんだよ」
三人が黙る。
「フェイントするだろ?」
「はい」
「するわね」
「うん」
「でも身体全部で嘘つくのは難しい」
手帳を開く。
双頭黒狼。
簡単な図。
「攻撃するなら、どこかに体重乗せないといけない」
「…………」
「踏み込むなら脚」
「振るなら肩」
「大きい魔法使うなら呼吸」
陽菜が手帳を見る。
「先生」
玲華が横から言う。
「それを理解するまで百二十一回戦っています」
「天音さん」
「はい」
「余計なこと言わなくていいから」
「でも事実です」
陽菜がゆっくり俺を見る。
「百二十一?」
「まあ」
「同じ魔物と?」
「うん」
「なんで?」
「分からなかったから」
「…………」
「分かるまで見た」
陽菜が黙った。
しばらく。
本当に何も言わない。
「白石さん?」
「……怖」
「え?」
「良い意味で」
「最近それよく言われるな」
「十二年それやってるの?」
「まあ」
「毎晩?」
「暇なら」
「暇ならって……」
陽菜は額を押さえた。
「玲華さん」
「はい」
「これ知ったら、そりゃ先生って呼ぶね」
「分かっていただけましたか」
なぜか玲華が嬉しそうだ。
「紫苑さんも?」
「私はまだ師匠か先生で迷ってるわ」
「どっちでもいいだろ」
「よくない」
三人とも変なところを気にする。
◇
「じゃあ、動画ある?」
「あるよ」
陽菜がタブレットを取り出した。
「昨日の前に戦ったやつでもいい?」
「うん」
再生。
陽菜の配信映像。
B級ダンジョン。
巨大な甲殻蟲。
陽菜が短剣で戦っている。
速い。
判断も上手い。
さすが三位。
「ここ」
止める。
「え?」
「白石さん、敵見てない」
「見てるよ?」
「カメラ見てる」
「……」
再生。
確かに。
ほんの一瞬。
撮影ドローンの位置を確認している。
「次」
止める。
「コメント見た?」
「……見た」
「そこで一歩遅れてる」
「…………」
「あとここ」
「何?」
「倒せるのに、派手に避けてる」
「配信だから……」
「それ必要?」
「…………」
陽菜が固まる。
「悪いって言ってるんじゃないぞ」
「うん」
「白石さんは配信者だから、それも仕事なんだろ?」
「……うん」
「なら」
俺は少し考える。
「戦闘と配信、別々に考えた方がいいかもな」
「別々?」
「戦う瞬間だけは戦う」
「終わって安全になってから視聴者を見る」
「…………」
「全部同時に完璧にやろうとすると、一個ずつ雑になる」
陽菜がタブレットを見る。
「私」
小さく笑った。
「ずっと逆だと思ってた」
「?」
「全部同時にできるのが、一流の配信探索者だって」
「できるならそれでいいんじゃない?」
「できてないから言ってるの!」
「そう?」
「今あなたが全部見つけたでしょう!」
また怒られた。
どうしてランキング上位の人たちはすぐ怒るんだろう。
「明日試していい?」
「好きにすれば」
「見てくれる?」
「動画なら」
「やった」
陽菜が嬉しそうに笑う。
その横。
「先生」
「ん?」
玲華。
「陽菜だけ個別指導ですか?」
「動画見ただけだぞ」
「私の動画もあります」
紫苑。
「私も」
「お前ら昨日休めって言ったよな」
「動画を見るだけです」
「訓練ではないわ」
「屁理屈覚えたな……」
三台のタブレットが並べられる。
「はぁ……」
俺はため息をついた。
未踏破ダンジョンの地図を作るより。
こいつら三人の方が。
ずっと面倒かもしれない。
◇
午後十一時四十分。
「じゃあ今日は本当に帰れよ」
「はい」
「またね、悠真さん」
「おやすみ」
三人がアパートを出る。
階段を下りる。
そして。
建物から少し離れたところで。
三人同時に止まった。
「陽菜」
「何?」
「先生の住所」
玲華が真顔で言う。
「絶対に誰にも言わないでください」
「分かってるよ」
「配信も」
「しないって」
「位置情報も」
「切ってる」
紫苑も腕を組む。
「特定班は本当に洒落にならないからね」
「うん」
陽菜の表情から、さっきまでの軽さが消える。
「それは本当に分かってる」
そして。
「でもさ」
「何です?」
「何よ」
「二人とも」
陽菜がにこりと笑った。
「先生のこと、自分だけが知ってると思ってたでしょ?」
「…………」
「…………」
「私もだけど」
三人。
しばらく黙る。
そのあと。
玲華が口を開いた。
「一つだけ決めましょう」
「何?」
「先生の存在は」
「うん」
「私たちだけの秘密です」
紫苑が頷く。
「賛成」
陽菜も。
「私も」
そして。
少し間を置いて。
玲華。
「ただし」
「?」
「先生へ会いに行く回数については、各自自由とします」
「ちょっと待ちなさい」
紫苑の目が鋭くなる。
「抜け駆けする気でしょう」
「何のことでしょう?」
「玲華さん分かりやすいよ」
「陽菜こそ昨日会ったばかりでしょう」
「でも悠真さんって呼んでいいって言われたし」
「…………」
「…………」
「え?」
陽菜が首を傾げる。
「二人は何て呼んでるの?」
「先生です」
「先生」
「じゃあ私だけ名前呼びなんだ」
にこっ。
「なんか特別っぽいね」
「「…………」」
空気が変わった。
「え、ちょっと」
「陽菜」
「な、何?」
「明日から先生と呼んでください」
「なんで!?」
「統一性の問題です」
「絶対違うよね!?」
「白石陽菜」
紫苑まで真顔になる。
「名前呼びは禁止」
「何そのルール!」
三人の声が夜道に響いた。
◇
少し離れた交差点。
一台の車の中。
「…………」
神崎蓮司は。
目の前を歩いていく三人を見ていた。
天音玲華。
九条紫苑。
白石陽菜。
国内ランキング。
一位。
二位。
三位。
全員が。
同じ古びたアパートから出てきた。
「……は?」
蓮司は目を擦った。
見間違いではない。
「何で」
そして。
アパートの部屋番号を見る。
「お前ら三人が」
低く呟く。
「こんなところに集まってんだよ」
その部屋に住んでいる男が。
ギルドの登録上では。
十二年間E級の。
魔力値十七しかない冴えない探索者だということを。
蓮司が知るのは――。
もう少しだけ先の話だった。




