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第6話 ランキング一位と二位、先生の部屋で鉢合わせる



『先生? いらっしゃいますよね?』


 インターホンの向こうから、天音玲華の声がする。


 そして俺の背後では。


「先生。絶対に開けないで」


 国内ランキング二位、九条紫苑が小声で訴えていた。


「なんで?」


「いいから!」


『先生?』


「でも天音さん来てるし」


「いません」


「いや、いるだろ」


「今日は先生は留守です」


「俺がいるのに?」


「細かいことはいいんです!」


 全然よくない。


『……先生?』


 玲華の声が少し低くなった。


『先ほどから、九条紫苑に似た声が聞こえるのですが』


「っ!」


 紫苑が口を押さえる。


「似た声じゃなくて本人だぞ」


「先生!?」


『…………』


 インターホンの向こうが静かになった。


 三秒。


 五秒。


『開けてください』


 怖い。


「はい」


「先生ぇ……!」


 俺は玄関の鍵を開けた。


 扉が開く。


「こんばんは、先生」


「ああ、こんばんは」


 玲華が立っていた。


 いつもの帽子とマスク。


 手には紙袋。


「差し入れです」


「ありがとう」


「駅前でプリンを――」


 そこで。


 玲華の視線が俺の肩越しへ向いた。


「…………」


「…………」


 紫苑と目が合う。


 沈黙。


 玲華がマスクを下げる。


「なぜ」


 にこり。


「あなたが先生の部屋にいるんですか?」


 笑顔なのに。


 なんだか怖い。


「それはこっちの台詞よ」


 紫苑も笑った。


「なんで今日も来てるの?」


「今日も?」


「…………」


「…………」


 また沈黙。


「ちょっと待って」


 玲華が紫苑を見る。


「今日も、とは?」


「あ」


「紫苑」


「……言葉の綾よ」


「昨日も来たんですか?」


「来てない」


「先生」


「昨日会ったぞ」


「先生ぇ!?」


 なんで俺が怒られるんだ。


「昨日、先生と何を?」


 玲華の笑顔が消えた。


「別に」


「別にとは?」


「少し訓練しただけ」


「訓練?」


「そうよ」


「先生から?」


「そう」


「…………」


 玲華が俺を見る。


「先生」


「はい」


「紫苑にも教えたんですか?」


「魔力圧縮をちょっと」


「…………」


「十パーセント」


「十!?」


 玲華が紫苑を見る。


「あなた初日から十パーセントを?」


「まあね」


 紫苑が胸を張る。


「四十一秒だけど」


「先生!」


「なんで言うのよ!」


「事実だろ」


「そこは黙ってて!」


 玲華が少しだけ安心した顔になった。


「私は五パーセントを二分五十二秒です」


「圧縮率は私の倍よ」


「時間は私の四倍以上です」


「最初から十に挑戦した度胸は?」


「吐きかけたそうですね」


「先生!?」


「吐いてないぞ。ぎりぎり」


「どっちの味方なの!?」


「どっちでもないけど」


「「…………」」


 二人が同時に俺を見る。


 なんだろう。


 さっきから俺、何か間違えている気がする。


 ◇


「とりあえず座れば?」


「はい」


「そうするわ」


 結局。


 国内ランキング一位と二位が、俺の六畳の部屋で向かい合って座っている。


 ローテーブル。


 俺。


 玲華。


 紫苑。


 妙に空気が重い。


「お茶でいい?」


「先生、私がやります」


「いや、私が」


「九条さんはお客様でしょう?」


「あなたも客でしょ?」


「私は昨日も一昨日も来ています」


「二日で古参ぶらないでくれる?」


「あなたは昨日会ったばかりでしょう」


「時間じゃないのよ」


「何がです?」


「密度」


「…………」


「…………」


「お茶、自分で入れるぞ?」


「「お願いします」」


 息ぴったりじゃないか。


 お湯を沸かす。


 その間も背後から小声が聞こえる。


「どうやって先生を見つけたの?」


「半年掛けて調べました」


「半年?」


「あなたは?」


「玲華を尾行した」


「…………最低ですね」


「仕方ないでしょ!」


「先生へ迷惑が掛かります」


「あなたも半年追い回したんでしょう!?」


「私は節度を持って探しました」


「同じよ!」


「静かに」


「「はい」」


 本当に仲いいんじゃないか?


 三人分のお茶を置く。


「それで二人とも今日は何しに?」


「訓練です」


「私も」


 また同時。


 玲華が紫苑を見る。


「あなたは帰っていいですよ」


「なんでよ」


「先生との約束は私が先です」


「何時?」


「……特に決めていませんが」


「私は九時って約束した」


「…………」


 玲華が俺を見る。


「先生」


「うん」


「予約制なんですか?」


「違うぞ」


 何の予約だ。


「だったら問題ないわよね?」


 紫苑が勝ち誇る。


「今日は私が先」


「では私も待ちます」


「なんでよ!」


「先生から学ぶためです」


「帰りなさいよ!」


「嫌です」


 二人が睨み合う。


 日本一と日本二位。


 世間では、近づくことすら難しいトップ探索者。


 その二人が俺の部屋で、


 どちらが先に練習するかで揉めている。


「一緒にやれば?」


「「え?」」


「同じことやってるんだし」


 二人が顔を見合わせる。


「……嫌です」


「私も嫌」


「なんで?」


「先生」


 玲華が真剣な顔で言う。


「訓練とは、自分自身と向き合うものです」


「なるほど」


「もっともらしいこと言って独占したいだけでしょう」


 紫苑が言った。


「…………」


 玲華が黙る。


「図星ね」


「あなたもでしょう」


「私は堂々と独占したいけど?」


「開き直らないでください!」


「俺の意見は?」


「「先生は黙っててください」」


「はい」


 なんでだ。


 ◇


 結局。


「じゃあ今日は二人とも魔力圧縮な」


「はい」


「分かったわ」


 近所の訓練施設へ三人で移動した。


 もちろん二人とも完全変装。


 玲華は五パーセント。


 紫苑は十パーセント。


「始め」


 二人が同時に目を閉じる。


 空気中へ漏れていた魔力が減っていく。


 玲華は安定している。


 昨日より明らかに上手い。


 一方。


 紫苑。


「…………っ」


 開始十五秒で眉間に皺。


「九条さん、ちょっと力みすぎ」


「だ、大丈夫」


「胸じゃなくて腹の下あたり意識して」


「腹……?」


「押さえ込むっていうより、小さく畳む感じ」


「……っ」


 少し魔力の流れが変わる。


「そうそう」


「…………!」


 三十秒。


 四十秒。


 昨日の記録を超える。


「まだいける」


 紫苑の口元が上がった。


 一分。


「よし」


 その瞬間。


「九条さん」


「何?」


「そこで喜ぶと緩む」


「え?」


 ぶわっ!


「きゃっ!」


 圧縮が一気に解けた。


 紫苑が尻もちをつく。


「……一分三秒」


「くっ……!」


「昨日より二十二秒伸びたな」


「……まあ、悪くないわ」


 悔しそうだけど嬉しそうだ。


 玲華はまだ続いている。


 一分半。


 二分。


「…………」


 呼吸も昨日より安定。


 二分五十二秒。


 昨日の記録。


 超えた。


 三分。


 三分半。


 そして。


「そこまで」


「……っ!」


 玲華が圧縮を解除した。


 大きく息を吐く。


「四分十二秒」


「……一日で一分二十秒」


「すごいな」


「ありがとうございます、先生」


 玲華が汗を拭いながら微笑む。


 隣で。


「…………」


 紫苑が無言だった。


「九条さん?」


「明日」


「うん?」


「十五パーセントやる」


「やめろ」


「なんでよ!」


「まず十を安定させろ」


「玲華に負ける!」


「勝負じゃないって」


「勝負よ!」


「違います」


 玲華が平然と言う。


「紫苑」


「何よ」


「私は明日六パーセントへ上げます」


「勝負してるじゃない!」


「していません」


「してるわよ!」


 また始まった。


 でも。


 悪くない。


 一人でやるより、競争相手がいた方が続く人もいる。


「じゃあ二人とも、明日は今日より一秒長くな」


「一秒?」


 紫苑が不満そうに言う。


「もっと伸ばせるわ」


「一秒でいい」


 玲華もこちらを見る。


「なぜです?」


「一秒なら失敗しにくいだろ」


「でも――」


「一日一秒でも一年で六分以上だ」


 二人が黙る。


「いきなり十倍にしなくていい」


「昨日より少しだけ」


「それを毎日続けた方が、たぶん遠くまで行けるよ」


「…………」


 玲華が静かに頷いた。


「はい、先生」


 紫苑も。


「……分かった」


 珍しく素直だ。


「じゃあ今日は終わり」


「え?」


「まだ一時間も――」


「初日にやりすぎると続かない」


「でも先生は?」


「俺は十二年目だから」


「…………」


「二人はまだ二日目と一日目だろ」


 二人が顔を見合わせる。


「焦らなくていいよ」


「できるまで続ければいいんだから」


 そう言うと。


 二人とも何も言わなくなった。


「どうした?」


「いえ」


 玲華が少し笑う。


「先生らしいな、と」


「そう?」


「そうね」


 紫苑も小さく笑った。


 今度は喧嘩しなかった。


 ◇


 翌日。


 国内探索者ランキング六位――神崎蓮司は。


 訓練施設の記録を見ながら眉をひそめていた。


「……今度は九条か」


 昨日。


 九条紫苑が非公開訓練室を利用している。


 それ自体は珍しくない。


 問題は。


 訓練後の簡易魔力測定。


「なんだこれ」


 最大魔力量に変化なし。


 出力にも大きな変化なし。


 なのに。


 魔力漏出量。


 前日比――十二パーセント減。


「一日で?」


 あり得ない。


 魔力制御は身体感覚に近い。


 数ヶ月。


 場合によっては数年かけて改善する。


 十二パーセントなんて数字が、一晩で出るものではない。


 しかも。


 天音玲華にも。


 ここ数日、同じ傾向が出ている。


「二人とも……?」


 蓮司は椅子へ深く座った。


 ランキング一位と二位。


 別タイプの探索者。


 片方は剣士。


 片方は魔術師。


 共通点などほとんどない。


 それなのに。


 ほぼ同時期に。


 同じ方向へ変わり始めた。


「偶然じゃねえ」


 誰かがいる。


 二人へ。


 同じ何かを教えている人間が。


「専属コーチ?」


 違う。


 そんな大物がいれば話題になる。


「海外の探索者?」


 それならなおさら秘密にはできない。


 蓮司は腕を組む。


 そして。


 ふと思い出した。


 天音玲華が八十三階層を突破した夜。


 更新された匿名記録。


 《奈落》第八十五階層。


 午前零時過ぎ。


「…………」


 蓮司が画面を見る。


 正体不明。


 毎晩深夜。


 未踏破領域を一人で進み続ける探索者。


 通称――。


「《午前零時の攻略者》」


 まさか。


「こいつが……二人に何か教えてる?」


 そんな考えが浮かぶ。


 証拠はない。


 だが。


 もしそうなら。


「俺だって」


 蓮司の拳に力が入る。


「あいつらと同じだけ努力してきた」


 一位。


 二位。


 その背中を何年も追ってきた。


 届きそうで届かない。


 だからこそ。


「何でお前らだけなんだよ」


 嫉妬。


 悔しさ。


 そして――興味。


「見つけてやる」


 蓮司は立ち上がった。


「その《先生》とやらを」


 ◇


 その日の夜。


「先生」


「ん?」


 俺の部屋。


 玲華がプリンを食べている。


「明日は私が最初に来ます」


「ちょっと待ちなさい」


 紫苑がせんべいを齧りながら口を挟む。


「何で決めてるの?」


「昨日あなたが先だったので」


「じゃあ交代制?」


「合理的です」


「私、明日は八時に来るわ」


「では私は七時五十九分に」


「子供か!」


「二人とも」


「「はい」」


「毎日来るの?」


「「…………」」


 目を逸らされた。


 嫌な予感がした。


 俺は一人で静かに練習するのが好きだったはずなんだけど。


 最近。


 なぜか。


 夜になると、日本で一番忙しそうな女たちが俺の六畳間に集まってくる。


「まあいいか」


「先生?」


「いや」


 賑やかなのも。


 これはこれで。


 悪くないかもしれない。


 ――この時の俺はまだ知らなかった。


 数日後。


 今度は国内ランキング三位の女まで、俺の部屋の前に立つことになるなんて。


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