第4話 ランキング二位は、どうしても納得できない
「もう一度お願いします」
「九条さん、これで七回目ですけど……」
「だから何?」
「い、いえ」
探索者ギルド本部。
映像分析室。
国内ランキング二位――九条紫苑は、巨大モニターに映る映像を睨んでいた。
腰まで伸びた紫色の髪。
整った顔立ち。
細身の身体。
魔術師として国内最大級の魔力量を誇り、《魔砲姫》の異名を持つ探索者。
その紫苑が今見ているのは、昨日公開された《奈落》第八十三階層の攻略映像だった。
画面の中。
国内ランキング一位――天音玲華。
巨大な《鎧猿》の攻撃をかわす。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
そして。
五撃目。
――ではない。
玲華は動かなかった。
「ここ」
紫苑が映像を止める。
「拡大して」
「はい」
画面が拡大される。
《鎧猿》の左手。
開いている。
「……やっぱり」
紫苑が呟く。
「何か?」
「こいつ、左手を見てる」
「天音さんですか?」
「そう」
職員には分からないだろう。
でも紫苑には分かる。
玲華とは何度も合同攻略をしてきた。
模擬戦だって数え切れないほどやっている。
だからこそ分かる。
昨日までの玲華は。
――こんな戦い方をしていなかった。
「次」
「はい」
映像が進む。
玲華が懐へ入る。
《鎧猿》の右肩を見る。
剣を振る。
撃破。
「…………」
紫苑の眉間に皺が寄った。
「おかしい」
「は?」
「絶対おかしい」
昨日まで二年間突破できなかった敵。
それを一晩で攻略。
それだけなら、まだいい。
何か閃いた可能性もある。
だが問題は――。
「動きが変わりすぎなのよ」
速くなったわけではない。
威力が上がったわけでもない。
新しいスキルを覚えたわけでもない。
ただ。
異常なほど――。
「無駄がない」
必要な場所だけを見る。
必要な時だけ動く。
必要なだけ魔力を使う。
それはまるで。
「……攻略法を知ってるみたい」
紫苑が呟いた。
職員が首を傾げる。
「でも天音さんが《鎧猿》を倒したのは昨日が初めてですよね?」
「だから気持ち悪いのよ」
紫苑は椅子へ深く座る。
「しかも……」
別画面を開く。
《奈落》探索記録。
第八十五階層。
国内最高到達記録。
更新時刻。
午前一時五十分前後。
攻略者名。
――非公開。
「またこいつ」
《午前零時の攻略者》。
ここ数年。
複数の攻略停滞迷宮で、深夜だけ未踏破領域の記録を更新している謎の探索者。
紫苑も当然知っている。
というより。
上位探索者で知らない人間の方が珍しい。
「天音が八十三階を突破した夜」
指先で机を叩く。
「同じ《奈落》で、匿名の誰かが八十五階へ到達」
偶然。
そう考えるには。
出来すぎている。
「……天音」
紫苑の口元が僅かに吊り上がった。
「あなた、何を隠してるの?」
◇
「先生。今日はここをお願いします」
「また来たの?」
「はい」
午後九時二十分。
俺の自宅。
目の前には天音玲華が座っている。
ローテーブルの上には玲華が持ってきた菓子折り。
国内ランキング一位が持ってくるものだから、さぞ高級なのかと思ったら。
「これ美味いな」
「ですよね」
「どこで買ったの?」
「駅前です」
「普通なんだ」
「何を想像していたんですか?」
「一個五千円くらいするやつ」
「私を何だと思ってるんです?」
「日本一」
「探索者ランキングの話です」
玲華が小さく笑う。
昨日より、少し話しやすくなった気がする。
「それで、ここ」
玲華がタブレットを差し出した。
映っているのは《奈落》第八十四階層。
双頭黒狼。
「ああ、こいつ」
「先生が倒した個体ですか?」
「同種だな」
「昨日、私も挑戦したんですが」
「うん」
「三十秒で撤退しました」
「早かったな」
「褒めないでください」
不満そうだ。
「先生は最初、どれくらい持ちました?」
「俺?」
「はい」
「七秒」
「…………」
「最初の突進で壁に刺さった」
「先生にもそういう時代があるんですね」
「当たり前だろ」
俺は最初から強かったわけじゃない。
今だって強いと思っているわけでもない。
できなかったから練習した。
ただそれだけだ。
「じゃあまず、戦わなくていいよ」
「戦わない?」
「うん」
「攻略訓練なのに?」
「昨日の俺の手帳、覚えてる?」
「もちろんです」
「最初は見る」
タブレットの映像を再生する。
「頭を見るな」
「ではどこを?」
「脚」
「脚?」
「こいつ、頭が二つあるだろ」
「はい」
「片方が威嚇して、片方が攻撃する」
「はい」
「でも身体は一つしかない」
玲華の目が細くなる。
「……なるほど」
「頭は嘘つけるけど、脚は嘘つけない」
玲華が映像へ顔を近づける。
「右前脚……」
「そう」
「攻撃前に沈んでいる」
「毎回じゃないけどな」
「先生」
「ん?」
「これ、何回目で気づいたんです?」
「聞かない方がいい」
「お願いします」
「百二十一回」
「…………」
玲華が静かにタブレットを置いた。
「先生」
「はい」
「私は今後、先生から回数を聞かないことにします」
「その方がいいと思う」
「自信をなくします」
「天音さんは十分強いだろ」
「そういう問題ではないんです」
難しいな。
◇
同じ頃。
俺のアパートから少し離れた場所。
一台の黒い車が停まっていた。
運転席。
「…………」
九条紫苑がいた。
サングラス。
帽子。
マスク。
普段なら絶対にしない格好。
紫苑は車内から、俺のアパートを睨んでいる。
「……ここ?」
信じられない。
天音玲華を尾行した。
もちろん簡単ではなかった。
国内ランキング一位だ。
尾行に気づかれないよう魔力反応を抑え、距離を空け、車を何度も変えた。
そこまでして辿り着いた先が――。
「普通のアパートじゃない」
いや。
普通というより。
かなり古い。
少なくとも国内ランキング一位が密会する場所には到底見えない。
「何なのよ」
玲華はすでに中へ入っている。
しかも一時間以上出てこない。
「まさか……」
紫苑の顔が険しくなる。
「男?」
その可能性が頭をよぎる。
すぐに否定する。
「いやいやいや」
あの天音玲華だ。
恋愛話など聞いたこともない。
それに昨日。
《奈落》八十三階層を突破。
その直前から、不自然な行動。
絶対に攻略関連だ。
「ここに何かある」
問題は何か。
秘密の研究施設?
専属分析官?
新型装備の開発者?
あるいは。
「《午前零時の攻略者》……?」
その瞬間。
アパートの扉が開いた。
「!」
紫苑が身体を伏せる。
玲華が出てきた。
変装している。
そして。
玄関にもう一人。
男。
地味な服装。
寝癖気味の黒髪。
どこにでもいそうな顔。
少なくとも。
「……誰?」
紫苑の知る有名探索者ではない。
玲華が男へ頭を下げる。
紫苑が息を止める。
国内ランキング一位が。
見知らぬ男へ。
深く。
頭を下げた。
「先生。今日もありがとうございました」
「気をつけて帰れよ」
「はい」
「明日、脚だけ見てみな」
「分かりました」
「無理そうなら逃げろよ」
「はい、先生」
「…………」
紫苑の目が見開かれる。
「せん……せい?」
聞き間違いではない。
あの天音玲華が。
誰かを。
先生と呼んだ。
「誰なのよ、あいつ……」
玲華が立ち去る。
男も部屋へ戻ろうとする。
その時。
廊下の照明が男の手元を照らした。
探索者証。
「……!」
紫苑は慌ててスマートフォンのカメラを最大倍率にする。
辛うじて見えた。
ランク欄。
そこに書かれていた文字。
――E。
「…………は?」
見間違いかと思う。
もう一度見る。
扉は閉じた。
見えない。
「E?」
玲華が。
日本一の《剣聖》が。
E級探索者に。
先生と呼んで頭を下げた。
「…………」
理解できない。
理解できないからこそ。
紫苑の中で一つの結論が出る。
「絶対、何かある」
車のドアに手をかけた。
「確認する」
そのまま降りようとして――。
「……いや」
止まった。
今行けば、玲華に尾行していたことがバレる。
それは面倒だ。
「明日」
紫苑は男の住む部屋を睨む。
「あなたが何者なのか、直接確かめてやる」
その頃。
部屋へ戻った俺は。
「……あ」
冷蔵庫を開けていた。
「牛乳ない」
明日の朝のコーヒーが作れない。
「買いに行くか……」
五分後。
俺は再び外へ出た。
そして。
まだ車内でこちらを睨んでいた紫苑と。
ばっちり目が合った。
「…………」
「…………」
知らない女だった。
「こんばんは」
「…………こんばんは」
会釈して通り過ぎる。
後ろで。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
声がした。
「?」
振り返る。
紫色の髪の女が、ものすごい勢いで車から降りてくる。
その顔を見て。
ようやく思い出した。
「あ」
「何よ」
「ランキング二位の人」
「……その認識なの?」
九条紫苑は。
なぜかものすごく不機嫌そうだった。




