第28話 配信女王から、無駄が消えた
翌日の午後七時。
「悠真さん、今日ちょっとお願いがあるんだけど」
白石陽菜がそう言いながら、俺の前へタブレットを置いた。
画面に映っているのは、今日これから陽菜が挑む予定らしいダンジョンの攻略映像だった。
「《灰王墓地》?」
「そう。今日はここの四十七階層を配信で攻略する予定」
「難しいところ?」
「一般的にはね。国内だと未踏破じゃないけど、四十七階のボスで撤退するパーティーがかなり多いかな」
映像の中では、巨大な鎌を持った人型の魔物が、四人組の探索者を追い回している。
《墓守騎士》。
黒い鎧。
長い鎌。
見た目だけならかなり強そうだ。
「それで何を見ればいい?」
「私」
「陽菜を?」
「うん。この前言ってたでしょ。戦闘と配信を同時に完璧にやろうとして、どっちも少しずつ雑になってるって」
「ああ」
以前見た配信では、敵の攻撃中にも撮影ドローンの位置やコメント欄を確認していた。
本人は器用だから、それでも国内三位まで来ている。
ただ。
その分だけ。
本来なら必要のない遅れがあった。
「今日、一回ちゃんと試してみたいの」
「戦ってる時は戦う?」
「そう。コメントを見る時間も最初から決める。ボス戦中はコメントを切って、カメラも自動追尾だけにする」
「いいんじゃない?」
「だから」
陽菜が少しだけ姿勢を正した。
「今日の私を見ててほしい」
「配信を?」
「うん」
「俺、コメントとか分からないぞ」
「そこじゃなくて!」
陽菜が笑いながら身を乗り出す。
「戦い方。終わったあとで、また無駄を教えて」
「それならいいよ」
「やった」
陽菜が嬉しそうに笑ったところで、隣から静かな声が飛んできた。
「先生」
玲華だ。
「はい」
「今日は陽菜だけですか?」
「配信するの陽菜だろ」
「私にも明日、戦闘映像を見ていただきたいです」
「順番なら明日は紫苑じゃなかった?」
「そうよ」
紫苑が即座に口を挟む。
「玲華、勝手に割り込まないで」
「私は奈落攻略に関する確認です。通常の欠点指導とは別枠です」
「そんな枠いつできたのよ」
「今です」
「認めないわよ!」
少し離れた場所では、沙夜が何も言わず俺の手帳を読んでいる。
澪は今日持ってきたらしい果物を切っていた。
蓮司は俺の家に置かれるようになったせんべいを食べている。
御堂さんまで普通にいる。
「……なあ」
「何です、先生?」
「俺んちって、いつから集会所になった?」
「最近です」
玲華が当然のように答えた。
「そうですか」
もう深く考えないことにした。
◇
午後八時二分。
『みんなこんばんはー! 今日も《白石陽菜のダンジョン散歩》始めるよー!』
テレビ画面の中。
陽菜がいつもの明るい笑顔で手を振っている。
俺の部屋では。
なぜか全員でその配信を見ていた。
『今日は《灰王墓地》四十七階! 《墓守騎士》をソロで攻略します!』
コメント欄が一気に流れる。
《きたあああ》
《墓守騎士ソロ!?》
《前回結構苦戦してなかった?》
《陽菜ちゃんまた無茶する》
《逃げてもいいんだからね》
『大丈夫大丈夫。今日はちょっと、戦い方を変えてみるから』
《戦い方?》
《新装備?》
《新スキル?》
《まさか例の謎男関連?》
陽菜の笑顔が一瞬だけ固まった。
『はいそこ! 変な詮索しない!』
《反応したw》
《怪しい》
《絶対何かある》
『ないから! ほら、行くよ!』
「白石さん」
玲華が画面を見ながら呟く。
「分かりやすいですね」
「玲華も人のこと言えないだろ」
「先生?」
「何でもないです」
怒られる前に黙った。
◇
四十七階層。
《墓守騎士》が現れた瞬間。
陽菜の雰囲気が変わった。
『じゃあ、ここから少しコメント見ません』
画面の端。
コメント表示が消える。
『終わったら戻るね』
撮影ドローン。
自動追尾へ切り替え。
陽菜が短剣を抜く。
「……変わった」
玲華がすぐ気づいた。
「何が?」
蓮司が聞く。
「目線です」
紫苑も頷く。
「カメラを見てない」
俺も画面を見る。
陽菜の視線。
敵。
だけ。
いや。
正確には。
「鎌もあんまり見てない」
「どこを?」
澪。
「腰」
墓守騎士。
巨大な鎌。
普通なら。
どうしても武器に目が行く。
でも陽菜は違う。
敵の腰。
足。
肩。
そこだけ。
墓守騎士が踏み込む。
鎌が横薙ぎ。
陽菜は。
振られる前から下がっている。
「早い」
蓮司が身を乗り出した。
「いや」
玲華が首を振る。
「速くなったわけではありません」
「動き始めが早い」
沙夜。
「そう」
敵が動いてから避けるのではなく。
敵が動く直前。
身体に出る変化を見ている。
『ふっ!』
陽菜が懐へ。
短剣。
一撃。
墓守騎士が反撃。
今度は上段。
だが。
陽菜は。
鎌を見ない。
右肩。
僅かに上がる。
その瞬間には。
もう左へ回り込んでいた。
「先生」
紫苑。
「これ」
「うん」
「教えたんですか?」
「見る場所を減らせとは言った」
「それだけ?」
「あと配信と戦闘を分けろって」
「…………」
紫苑が画面へ戻る。
「本当にそれだけで?」
「陽菜が元々強いから」
俺がやったのは。
不要なものを一つ教えただけ。
実際に。
変えたのは本人だ。
◇
配信側では。
異変に。
視聴者も気づき始めていた。
《待って》
《今日なんか違わね?》
《分かる》
《めっちゃ静か》
《陽菜がじゃなくて動きが》
《いつもの派手回避ない》
《今の鎌ほぼ紙一重だったぞ》
《怖》
《攻撃来る前から動いてね?》
《未来予知?》
《新スキルか?》
もちろん。
陽菜はコメントを見ていない。
だから。
いつもなら。
ここで挟まる。
リアクションもない。
カメラへの笑顔もない。
視聴者への説明もない。
ただ。
戦う。
それだけ。
墓守騎士。
三連撃。
一撃目。
陽菜は腰を見る。
二撃目。
足。
三撃目。
肩。
三つ。
全部。
必要になる前に位置を変える。
そして。
墓守騎士が。
大きく鎌を引いた。
必殺攻撃。
これまで陽菜が。
配信で二度食らった技。
俺は。
以前の映像を思い出す。
「来る」
「何が?」
玲華。
「前と同じ」
大きく鎌を引く。
でも。
攻撃の本体は。
鎌ではない。
墓守騎士の。
「左膝」
陽菜も。
見ていた。
膝が沈む。
その瞬間。
陽菜は。
前へ出た。
《え!?》
《そっち!?》
《危ない!》
鎌。
大きく振る。
だが。
懐。
完全な死角。
『そこっ!』
短剣が。
鎧の隙間へ入る。
魔力。
必要な分だけ。
一点。
爆発。
墓守騎士の巨体が。
ぐらり。
そして。
倒れた。
『…………』
陽菜自身。
一瞬。
動かなかった。
倒せると思っていなかったらしい。
システム音。
『《墓守騎士》討伐』
『戦闘時間――二分四十一秒』
『……え?』
陽菜が。
ようやく配信者の顔へ戻った。
コメント表示。
再開。
次の瞬間。
《えじゃねえよwww》
《こっちが聞きたい》
《二分四十一!?》
《前回何分?》
《十一分台》
《四分の一以下??》
《何した》
《新スキルどこ》
《全然派手じゃなかった》
《むしろいつもより地味》
《なのにクソ速い》
《魔力消費は?》
《待て》
《残量87%》
《は???》
《前回半分以上使ってたよな》
《おかしいおかしい》
『えっと』
陽菜が。
自分の魔力残量を見る。
『……ほんとだ』
《本人も分かってないw》
《説明して》
《何変えたの》
《師匠でもできた?》
『師匠って何!』
《反応早すぎ》
《いるだろ絶対》
『いないから!』
俺の部屋。
全員。
画面を見る。
「…………」
「陽菜」
紫苑が言う。
「嘘下手ね」
「玲華も同じくらい下手」
蓮司。
「お前ら全員だろ」
沙夜。
「同意」
「先生」
玲華が俺を見る。
「これは」
「うん」
「かなり目立ったのでは?」
「そうなの?」
「ものすごく」
「倒しただけなのに」
「倒し方です」
御堂さんが。
妙に真剣な顔で画面を見ている。
「黒瀬さん」
「はい」
「白石さんの魔力消費」
「うん」
「以前の同ボス戦と比較して、おそらく三割以下です」
「そんなに?」
「攻撃回数そのものが減っています」
必要な時だけ。
必要な場所へ。
必要な量。
それだけ。
「……先生」
紫苑が。
画面から俺へ視線を移した。
「これ」
「何?」
「私たち全員が同じ方向に変わったら」
「うん」
「さすがに」
玲華が続ける。
「隠しきれなくなるかもしれません」
「…………」
それは。
少し困る。
◇
配信終了後。
午後九時十二分。
玄関。
――ガチャ。
「悠真さーん!」
「うわ」
陽菜が。
ものすごい勢いで入ってきた。
「見てた!?」
「見てた」
「どうだった!?」
「良かったよ」
「それだけ!?」
「かなり無駄減ってた」
「ほんと!?」
顔が一気に明るくなる。
「でも」
「うん!」
「最後」
「?」
「倒したあと五秒止まってた」
「…………」
「自分でも驚いた?」
「……はい」
「そこで次の敵来たら危ない」
「…………」
陽菜が。
静かに床へ座った。
「先生」
「何?」
「配信終わって最初に褒めてくれない?」
「最初に良かったって言ったぞ」
「もっと!」
「難しいな」
陽菜が頬を膨らませる。
でも。
少しして。
笑った。
「まあ」
「うん?」
「そういうところ好きだけど」
「ありがとう?」
玲華の手にしていたカップが。
カチャン。
紫苑が陽菜を見る。
澪まで静かにこちらを向いた。
「何?」
「何でもありません」
玲華。
「別に」
紫苑。
「悠真先生」
澪。
「今の意味、分かっています?」
「戦い方の話?」
陽菜が。
お腹を抱えて笑い始めた。
「悠真さん、本当に最高」
「?」
また。
何か間違えたらしい。
◇
「それで先生」
玲華が。
少しだけ真面目な顔へ戻った。
「世間への影響です」
「もう掲示板?」
「はい」
陽菜がスマートフォンを置く。
配信終了から。
まだ。
三十分も経っていない。
『【悲報】白石陽菜、急に戦い方が別人になる』
1:名無しの探索者
今日の墓守戦見た奴
2:名無しの探索者
見た
3:名無しの探索者
何あれ
4:名無しの探索者
動き自体は前より地味
5:名無しの探索者
なのに討伐時間1/4
6:名無しの探索者
魔力消費も激減
7:名無しの探索者
最近似たの見た気がする
8:名無しの探索者
誰?
9:名無しの探索者
天音
10:名無しの探索者
あ
11:名無しの探索者
九条も最近魔力効率おかしい
12:名無しの探索者
おい
13:名無しの探索者
これ
14:名無しの探索者
同じ奴に教わってない?
15:名無しの探索者
また先生説?
16:名無しの探索者
トップ3共通のコーチ?
17:名無しの探索者
海外?
18:名無しの探索者
秘密の国家プロジェクト説
19:名無しの探索者
いや待て
20:名無しの探索者
前に陽菜が奈落配信で会った謎男
21:名無しの探索者
……あ
22:名無しの探索者
でもあいつE級じゃなかった?
23:名無しの探索者
なら違う
24:名無しの探索者
またそこに戻るの草
「…………」
「助かった?」
俺が聞く。
「またE級に助けられたね」
陽菜が笑う。
蓮司も。
「先生のランク、鉄壁すぎるだろ」
「別に狙ってないって」
「でも」
御堂さんは笑わなかった。
「どうしました?」
「黒瀬さん」
「はい」
「これまでと違います」
「何が?」
「あなた自身を探すより」
掲示板。
玲華。
紫苑。
陽菜。
「弟子の変化から」
俺を見る。
「逆算できるようになってきた」
「…………」
部屋の空気が。
少しだけ変わった。
確かに。
俺が何もしなくても。
みんなが変われば。
同じものを教わっていると分かる。
そこから。
教えている人間を探される。
「じゃあ」
紫苑が腕を組む。
「私たち、成長しない方がいい?」
「嫌です」
玲華が即答した。
「私も嫌」
陽菜。
「同意」
沙夜。
「私もです」
澪。
蓮司まで。
「俺も」
「…………」
全員。
迷いがない。
「先生」
玲華が俺を見る。
「正体を守ることは大事です」
「うん」
「でも」
少しだけ。
笑う。
「せっかく先生に教えていただいたことを」
自分の手を見る。
「使わずにいる方が、私は嫌です」
紫苑も頷く。
「隠すために弱いままでいろって言われても困るわ」
「私、今日すごく楽しかった」
陽菜。
「前よりずっと敵が見えた」
沙夜。
「私も」
澪。
「私も、もっと上手くなりたいです」
蓮司。
「先生が教えたくないって言うなら諦めるけどな」
「いや」
俺は。
少し考えた。
「教えるよ」
「先生?」
「だって」
六人を見る。
「できなかったことが、できるようになるの」
俺は知っている。
三秒。
四秒。
昨日より。
一秒。
「楽しいだろ?」
「…………」
みんなが。
静かになった。
「なら」
手帳を開く。
「バレない方法を考える方がいい」
御堂さんが。
そこで初めて笑った。
「黒瀬さん」
「何です?」
「やはりあなたは」
「はい」
「隠れるために止まる人ではないんですね」
「止まったら」
昨日より。
進めない。
「もったいないじゃないですか」
玲華たちが。
顔を見合わせる。
そして。
陽菜が。
最初に笑った。
「じゃあ決まり」
「何が?」
「トップ5全員」
指を一本ずつ立てる。
「先生に教わりながら」
二本。
「ちゃんと強くなって」
三本。
「それでも」
俺を見る。
「先生の正体は絶対に隠す」
「難しそう」
「だから面白いんじゃん」
「そういうもの?」
「そういうもの!」
また。
勝手に決まった。
◇
同じ夜。
掲示板の片隅。
別の書き込みが。
静かに増えていた。
67:名無しの探索者
天音
68:名無しの探索者
九条
69:名無しの探索者
白石
70:名無しの探索者
この三人
71:名無しの探索者
強くなった方向が同じ
72:名無しの探索者
方向?
73:名無しの探索者
火力じゃない
74:名無しの探索者
速度でもない
75:名無しの探索者
無駄が減ってる
76:名無しの探索者
また圧縮マン?
77:名無しの探索者
違う
78:名無しの探索者
今度は別の話
79:名無しの探索者
これ
80:名無しの探索者
誰か一人の「戦い方」を
81:名無しの探索者
三人とも習ってるんじゃないか?
そして。
82:名無しの探索者
もしそうなら
83:名無しの探索者
残り二人も
84:名無しの探索者
そのうち変わる
その予想は。
まだ。
ほとんど誰にも相手にされなかった。
けれど。
数日後。
国内ランキング四位。
《影踏み》黒羽沙夜が。
探索者向け公式隠密試験で。
それまで誰にも破られていなかった最高記録を。
大幅に更新することになる。




