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第20話 正解に辿り着いた名無し、最後の一歩で間違える



『もし』


『それを十二年間』


『ずっと続けている人間がいたら?』


178:名無しの探索者

いねえよ


179:名無しの探索者

十二年は盛りすぎ


180:名無しの探索者

寝てる間どうすんだよ


181:名無しの探索者

解除されるだろ普通


182:名無しの探索者

仮に寝ながら維持できたら人間じゃない


183:名無しの探索者

そもそも何のためにそんな苦行するんだ


184:名無しの探索者

測定値下げるために十二年修行しました!


185:名無しの探索者

目的と手段逆転してて草


186:名無しの探索者

もう寝ろ


187:名無しの探索者

お前疲れてるよ


 誰にも信じられていない。


 だが。


 書き込みを続けている本人は。


 画面の前で笑っていなかった。


「……十二年」


 男は小さく呟く。


 机には。


 大量の資料。


 魔力測定方式。


 漏出量と測定誤差。


 圧縮理論。


 過去の実験記録。


 その中央に。


 一枚の紙。


『仮説』


『《午前零時の攻略者》は、高密度魔力圧縮を常時維持している』


「できるわけがない」


 自分でも。


 そう思う。


 現在の魔力学では。


 短時間の圧縮そのものは知られている。


 攻撃直前。


 魔術発動前。


 一瞬だけ魔力密度を高める。


 上位探索者なら誰でも似た技術を使う。


 問題は。


「常時……」


 一秒。


 十秒。


 一分。


 そこまではいい。


 一時間。


 一日。


 一年。


「十二年?」


 馬鹿げている。


 だが。


 もし。


 本当にそんな人間が存在するなら。


「測定値十七でも……説明はつく」


 男は画面を見る。


 数日前。


 《奈落》前で目撃された。


 謎のE級探索者。


 その人物について。


 ネット上に出回った情報は少ない。


 二十代後半。


 男性。


 装備は古い。


 魔力反応は極端に低い。


 トップ五が一斉に集まった。


 そして。


 国外S級救助と同じ時間。


 《奈落》から出てきた。


「…………」


 偶然。


 そう片付けるには。


 少し。


 出来すぎている。


「調べる価値はある」


 男は。


 探索者ギルドの一般公開検索画面を開いた。


 ◇


 翌日の昼。


「見つけた」


 沙夜が言った。


「何を?」


「掲示板の人」


「え?」


 俺の部屋。


 今日も六畳間に人が多い。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 澪。


 蓮司。


 そして俺。


「黒羽さん」


 玲華が身を乗り出す。


「誰ですか?」


「断定はできない」


「候補?」


「一人」


 沙夜がタブレットを置いた。


 画面。


 一人の男。


『御堂啓介』


『三十二歳』


『国立探索技術研究所・魔力制御研究室』


「研究者?」


 陽菜が言う。


「探索者じゃないんだ」


「元探索者」


 沙夜が続ける。


「C級」


「引退理由は?」


「魔力回路損傷」


「…………」


 紫苑の表情が少し変わった。


「魔力制御の研究者が」


「うん」


「先生の圧縮に気づいた可能性がある?」


「高い」


 蓮司が腕を組む。


「どうする?」


「何が?」


 俺が聞く。


 全員。


 俺を見る。


「先生」


 玲華。


「相手が本当に研究者なら」


「うん」


「これまでの掲示板住民とは違います」


「そう?」


「理論から辿り着けます」


 紫苑が言う。


「先生が実在するって証拠さえ掴まれたら」


「うん」


「そこから全部繋がるかもしれない」


「全部?」


「魔力値十七」


「十二年間E級」


「午前零時の攻略者」


「トップ五の変化」


「国外S級救助」


「…………」


 並べられると。


 確かに。


 怪しい人みたいだ。


「でも」


 俺は聞いた。


「何もしなきゃいいんじゃない?」


「先生」


「はい」


「珍しく正解です」


「珍しく?」


 玲華が少し笑う。


「こちらから接触すれば」


 沙夜。


「答え合わせになる」


「だろ?」


「だから放置」


「賛成」


 澪も頷く。


「ただし」


「うん?」


「悠真先生」


「はい」


「今日のギルド更新」


「更新?」


「行かない方が」


「あ」


 忘れてた。


「装備登録の更新日だった」


「行く気だったんですか!?」


 玲華が立ち上がった。


「行かないと困るだろ」


「今日でなくても!」


「期限今日」


「なぜ今言うんです!」


「聞かれなかったから」


「またそれ!」


 陽菜が頭を抱えた。


「悠真さん、それ本当にやめた方がいいよ!」


「何が?」


「重要情報を『聞かれなかったから』で隠す癖!」


「隠してないぞ」


「結果的に隠れてるの!」


 難しいな。


 ◇


「でも」


 蓮司がタブレットを見る。


「研究者が先生を探してるとして」


「うん」


「ギルドへ行ったくらいで会うか?」


「御堂啓介」


 沙夜が答える。


「今日」


「うん」


「ギルド本部で魔力測定器の定期検査」


「…………」


 全員。


 俺を見る。


「すごい偶然だな」


「先生!」


「はい」


「今日は行かないでください!」


 玲華。


「でも期限」


「私が延長手続きを――」


「本人確認いるぞ」


「私が話を――」


「天音さんが出てきた方が怪しくない?」


「…………」


 玲華が止まった。


 陽菜も。


「確かに」


「国内一位がE級の更新期限延長しに来たらニュースだな」


 蓮司が笑う。


 紫苑が睨む。


「笑ってる場合じゃないでしょう」


「じゃあどうすんだよ」


「普通に行けばいい」


 沙夜。


「え?」


「教官は」


 俺を見る。


「普通にしていれば一番怪しくない」


「…………」


 全員。


 少し考える。


「それ」


 陽菜が頷いた。


「一理あるかも」


「でしょう?」


「だって先生」


 蓮司が俺を見る。


「どこから見ても冴えないE級だし」


「お前最近遠慮なくなったな」


「褒めてる」


「絶対違う」


「実際」


 沙夜。


「御堂が先生を見ても」


「うん」


「候補から外す可能性が高い」


「なんで?」


「弱そうだから」


「またそれ?」


 澪が俺の袖を摘む。


「見た目だけです」


「ありがとう」


 今日二回目だ。


 ◇


 午後二時十三分。


 探索者ギルド本部。


「黒瀬悠真さん」


「はい」


「装備登録更新ですね」


「お願いします」


 受付へ。


 いつもの剣。


 いつもの防具。


 十二年使っている。


「長く使われていますね」


「壊れないので」


「整備は?」


「自分で」


「大切になさっているんですね」


「買い替えるの面倒なだけです」


「ふふ」


 受付の人が笑う。


「では魔力紋照合をお願いします」


「はい」


 測定器。


 手を置く。


『魔力値――16』


「今日も低いですね」


「安定してるな」


「普通は喜ぶところではないんですが」


 その時。


「失礼」


 後ろから男の声。


 振り返る。


 三十代くらい。


 眼鏡。


 白衣ではなく。


 研究所の腕章。


「今の測定」


「はい?」


「もう一度よろしいですか?」


「俺?」


「はい」


 嫌な予感。


 たぶん。


 この人だ。


「機器の検査中でして」


「ああ」


「異常値が出た可能性があります」


「分かりました」


 もう一度。


 手。


『魔力値――17』


 男。


 画面を見る。


「…………」


「壊れてました?」


「いえ」


 三回目。


『魔力値――16』


「正常です」


「良かった」


 男は。


 俺を見る。


「失礼ですが」


「はい」


「探索者歴は?」


「十二年」


「ランクは?」


「Eです」


「…………」


 眼鏡の奥。


 目が僅かに細くなった。


「十二年」


「はい」


「ずっとこの程度の魔力値ですか?」


「大体」


「最初は?」


「もうちょっと低かったかな」


 嘘ではない。


 昔は。


 本当に少なかった。


「そうですか」


 男は。


 何か考える。


「お名前をもう一度」


「黒瀬悠真」


「黒瀬……」


 一瞬。


 その顔が。


 止まった。


「どうかしました?」


「いえ」


 すぐ。


 普通の表情へ戻る。


「ありがとうございました」


「はい」


 更新終了。


 俺は剣を受け取る。


「じゃあ」


「お気をつけて」


「どうも」


 ギルドを出る。


 ◇


「…………黒瀬悠真」


 御堂啓介は。


 その背中を見送っていた。


 十二年E級。


 二十九歳。


 魔力値十六から十七。


 条件。


 合う。


 だが。


「違う」


 御堂は小さく首を振る。


 今。


 目の前で測った。


 魔力反応。


 弱い。


 あまりにも弱い。


 しかも。


 身体から感じる魔力圧も。


 ほとんどない。


「圧縮なら……」


 本当に極端な高密度圧縮をしているなら。


 僅かでも。


 何らかの不自然さが出る。


 そう考えていた。


 しかし。


 黒瀬という男からは。


 何も感じなかった。


「普通のE級か」


 御堂は。


 候補者一覧の一つ。


『黒瀬悠真』


 その横へ。


『除外』


 と入力した。


「…………」


 たった今。


 正解を。


 自分の手で消した。


 ◇


「どうだった?」


 夜。


 部屋へ戻ると。


 六人いた。


「全員いるの?」


「心配だったので」


 玲華。


「念のため」


 紫苑。


「結果待ち」


 陽菜。


「監視」


 沙夜。


「無事でよかったです」


 澪。


「俺は菓子食いに来た」


 蓮司。


「お前だけ目的違うな」


「で?」


 陽菜が身を乗り出す。


「会った?」


「たぶん」


「御堂?」


「名前は聞いてない」


「どんな?」


「眼鏡」


「それだけ!?」


「あと三十代」


「雑!」


「測定三回された」


 全員の顔が変わる。


「結果は?」


 紫苑。


「十六、十七、十六」


「…………」


「何か言われた?」


 玲華。


「普通のE級だと思われたっぽい」


「……」


 沙夜が。


 スマートフォンを見る。


「掲示板」


「何か?」


「例の名無し」


 画面。


192:名無しの探索者

調べた


193:名無しの探索者

何を?


194:名無しの探索者

例のE級男


195:名無しの探索者


196:名無しの探索者

どうだった?


197:名無しの探索者

違った


198:名無しの探索者


199:名無しの探索者

だから言っただろ


200:名無しの探索者

普通のE級


201:名無しの探索者

魔力圧縮説終了


202:名無しの探索者

解散


「…………」


 陽菜が。


 ゆっくり俺を見る。


「悠真さん」


「何?」


「本人に会って」


「うん」


「本人を候補から外したみたい」


「良かったじゃん」


「…………」


 紫苑が。


 両手で顔を覆った。


「何で……」


「?」


「何でここまで正解に近づいて」


 指の隙間から俺を見る。


「最後だけ間違えるのよ……」


「俺に言われても」


 玲華も。


 珍しく笑いを堪えている。


「先生」


「はい」


「これはもう」


「うん?」


「先生がE級であることに感謝すべきかもしれません」


「俺ずっとE級だけど」


「今だけは誇ってください」


「そう?」


「はい」


 蓮司が笑う。


「最強の偽装だな」


「偽装してないって」


「そこが一番強いんだよ」


 よく分からない。


 ◇


 午後十一時五十六分。


 《奈落》。


 第八十五階層。


 昨日見つけた。


 大型扉。


「さて」


 今日は。


 戦わない。


 まず観察。


 扉を。


 ほんの少しだけ開ける。


 中。


 巨大な魔物。


 四本脚。


 全身を黒い甲殻に覆われている。


「……角二本」


 手帳。


『85階最奥』


『大型四足』


『角二本』


 呼吸。


 遅い。


「寝てる?」


 一分。


 二分。


 見る。


 動かない。


「…………」


 三分。


 前脚。


 僅かに動く。


「左から?」


 書く。


 さらに。


 五分。


「……ん?」


 目。


 開いた。


「まず」


 扉を閉める。


 直後。


 ドンッ!!


 向こう側から。


 凄まじい衝撃。


 扉全体が揺れた。


「うわ」


 でも。


 開かない。


 少し待つ。


 静かになる。


「なるほど」


 手帳。


『視認後、約五分で覚醒』


『覚醒直後――突進?』


『扉は越えない』


「今日はこれでいいな」


 帰ろう。


 その時。


 システム音。


『未踏破領域内における特殊個体を確認』


『仮称――《深層守護獣》』


『初回観測記録を登録します』


『観測者――一名』


『情報――非公開』


「…………」


「名前ついた」


 手帳に。


 書き足す。


『深層守護獣』


「明日は」


 一行。


『起きる前の脚を見る』


 倒す方法は。


 まだ分からない。


 なら。


 分かるまで見ればいい。


 ◇


 同じ夜。


 掲示板。


235:名無しの探索者

奈落85で特殊個体登録きた


236:名無しの探索者

また匿名


237:名無しの探索者

午前零時


238:名無しの探索者

いつもの


239:名無しの探索者

名前《深層守護獣》


240:名無しの探索者

初観測?


241:名無しの探索者

そう


242:名無しの探索者

戦闘記録なし


243:名無しの探索者

は?


244:名無しの探索者

倒してないの?


245:名無しの探索者

見つけただけっぽい


246:名無しの探索者

何してんだこいつ


247:名無しの探索者

普通もっと戦わね?


248:名無しの探索者

慎重なんだろ


249:名無しの探索者

毎晩一歩ずつ進んでる感じ


250:名無しの探索者

地味だな


 少しして。


 一つの書き込み。


251:名無しの探索者

……そうか


252:名無しの探索者

何?


253:名無しの探索者


254:名無しの探索者

根本から勘違いしてたかもしれない


255:名無しの探索者

まだいたのか圧縮マン


256:名無しの探索者

何を?


257:名無しの探索者

探してたのは


258:名無しの探索者

「異常に強そうな人間」じゃない


 そして。


259:名無しの探索者

十二年間


260:名無しの探索者

誰にも気づかれないくらい地味なことを


261:名無しの探索者

毎日続けられる人間を探すべきだった


 御堂啓介は。


 そこで。


 今日会った男を。


 もう一度思い出していた。


『壊れないので』


『買い替えるの面倒なだけです』


 十二年間使い続けた。


 古い剣。


「…………」


 候補者一覧。


『黒瀬悠真』


 その横には。


 自分でつけた。


『除外』


 の二文字。


 御堂の指が。


 その文字の上で止まった。


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