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第17話 国外S級を背負って帰ったら、ギルドが大騒ぎになっていた



「……重いな」


 第八十五階層。


 意識を失った男を背負い。


 俺は来た道を戻っていた。


 国外S級探索者。


 エリック・ヴァン。


 探索者証が本物なら。


 俺なんかよりずっと上の人だ。


「何でこんなところで倒れてるんだよ」


「…………」


 当然。


 返事はない。


 呼吸は浅い。


 右脇腹。


 かなり深い傷。


 止血はされている。


 だが。


 長くは持たない。


「八十四まで戻れば」


 救難信号が安定する。


 そこまで。


 あと少し。


 通路。


 左。


「…………」


 止まる。


 前方。


 巡回型魔物が三体。


 いつものルートなら。


 二分後に右へ曲がる。


 でも。


「今日は遅いな」


 背中のエリックを見る。


 血の匂い。


 それに反応しているらしい。


「面倒だな」


 戦うか。


 いや。


 背負ったままは嫌だ。


 俺は壁際へ寄る。


 手帳を開く。


『85階・左ルート』


『巡回個体三体』


『視覚より嗅覚優先』


「なら」


 エリックの血がついた布を。


 通路の反対側へ投げる。


「…………」


 三体の頭が。


 一斉にそちらへ向いた。


「今」


 歩く。


 走らない。


 足音を出さない。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 角を曲がる。


「よし」


 背後。


 魔物たちが布へ群がる音。


「昨日覚えててよかった」


 また一つ。


 知っていることが役に立った。


 ◇


「……う」


 八十四階層へ入ったところで。


 背中から声がした。


「起きた?」


「ここ……は……」


「《奈落》八十四階」


「……は?」


 エリックが僅かに身じろぎする。


「動かない方がいい」


「お前……誰だ」


「黒瀬悠真」


「聞いた……ことがない」


「だろうな」


「ランク……」


「E」


「…………」


 静かになった。


「もう一回……」


「E級」


「…………」


 また静かになった。


「寝た?」


「違う」


「じゃあ喋らない方がいいぞ」


「なぜ……E級が……八十五階に……」


「探索してたから」


「…………」


「それより」


 前を見る。


 八十四階。


 双頭黒狼。


 いつもの位置。


「ちょっと揺れるぞ」


「何を……」


「迂回する」


「戦わないのか?」


「怪我人背負って戦う意味ないだろ」


「……あれを」


「うん」


「迂回?」


「静かにしてて」


 三歩。


 止まる。


 右頭。


 こちらを見る。


 エリックの呼吸が止まった。


 俺も止まる。


 右頭の視線が外れる。


「今」


 七歩。


 また停止。


 尾。


 上がらない。


「大丈夫」


 進む。


 一分後。


 双頭黒狼を完全に抜ける。


「…………」


 背中。


 無言。


「寝た?」


「……黒瀬」


「ん?」


「今の」


「うん」


「どうやった」


「十九回くらい試した」


「十九……?」


「昨日な」


「…………」


「失敗したら今日二十回目だった」


 また無言。


「本当に寝た?」


「……お前」


「はい」


「E級なんだよな?」


「今日それ二回目」


「…………」


 最近。


 この質問をされることが増えた。


 ◇


 午前一時四十一分。


 《奈落》第七十九階層。


「黒瀬」


「何?」


「下ろせ」


「なんで?」


「歩ける」


「無理だろ」


「S級を舐めるな」


「じゃあ一回立ってみる?」


「ああ」


 壁際。


 ゆっくり下ろす。


 エリックが立つ。


 一秒。


 二秒。


「…………」


 膝が折れた。


「ほら」


「……今のは」


「血足りてないんだよ」


「…………」


「背負われてろ」


「屈辱だ……」


「死ぬよりいいだろ」


「それは……そうだが」


 もう一度背負う。


「日本人は皆こうなのか?」


「何が?」


「自分より上位の探索者を背負って」


「うん」


「平然とダンジョンを歩くのか?」


「知らない」


「……」


「俺、日本人代表じゃないし」


「…………」


 エリックが小さく笑った。


「変な奴だ」


「よく言われる」


 最近は特に。


 ◇


 一方。


 探索者ギルド本部は。


 深夜とは思えない騒ぎになっていた。


「第七十八階層まで生体反応移動!」


「国外S級エリック・ヴァン、生存確認!」


「もう一人は!?」


「依然非公開!」


「救助隊は?」


「七十二階層で魔物群と接触!」


「間に合わないぞ!」


 大型モニター。


 二つの反応。


 一つ。


 国外S級。


 もう一つ。


 正体不明。


「移動速度がおかしい」


 職員の一人が呟いた。


「何が?」


「救助対象を抱えてるんですよね?」


「そうだ」


「なのに」


 画面。


 七十七。


 七十六。


 七十五。


「通常の上位探索者より速い」


「…………」


「戦闘ログは?」


「ほとんどありません」


「は?」


「接敵回数――四」


「撃破数は?」


「ゼロ」


「…………」


「全部」


 職員が。


 信じられない顔で言った。


「避けています」


 室内が静かになった。


「八十五から?」


「はい」


「負傷した人間を背負って?」


「はい」


「一度も足止めされず?」


「……ほぼ」


 誰かが。


 小さく呟いた。


「やっぱり」


「?」


「《午前零時の攻略者》だ」


 ◇


 同じ頃。


 五人のスマートフォンが。


 ほぼ同時に鳴った。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 澪。


 全員。


 ギルドからの緊急通知を見る。


『《奈落》内部にて国外S級探索者を確認』


『救助活動継続中』


『同行者――情報非公開』


「…………」


 玲華が立ち上がった。


「先生」


 紫苑も。


「絶対あの人よ」


 陽菜はすぐ配信予定を消した。


「今日は配信なし」


 沙夜。


「奈落へ行く」


 澪も救急装備を掴む。


「出口で待ちます」


 五人。


 ほぼ同時に動き出した。


 ◇


 午前二時十九分。


 《奈落》入口。


「見えた!」


 救護班の声。


 扉の奥。


 一人の男が歩いてくる。


 古びた装備。


 使い込まれた片手剣。


 そして。


 背中には。


「エリック・ヴァン!」


「生きてる!」


「担架!」


 救護班が駆け寄る。


「お願いします」


 俺はエリックを下ろした。


「意識あり」


「右脇腹に深い傷」


「出血は途中で増えてない」


「ただ魔力枯渇かなり酷いです」


「分かりました!」


 担架へ。


 澪が即座に横へ入る。


「悠真先生」


「あれ?」


「私が見ます」


「助かる」


 澪の治癒術。


 淡い光。


「まず戦闘継続可能程度ではなく」


 俺を見る。


「今日は完全治療でいいですよね?」


「今日はいいだろ」


「はい」


 少し笑った。


 最近。


 覚えるのが早い。


「先生!」


 玲華。


「怪我は?」


「俺?」


「はい!」


「ないよ」


「本当に?」


 紫苑まで俺の腕を見る。


「血ついてるじゃない」


「エリックさんの」


「……」


「だから俺は平気」


 陽菜。


「悠真さん」


「ん?」


「今、ギルド大騒ぎ」


「なんで?」


「国外S級を八十五階から一人で担いで帰ったから!」


「途中まで起きてたぞ」


「そういう問題じゃない!」


 また怒られた。


 沙夜は。


 無言で俺の装備を確認。


「教官」


「何?」


「右肩」


「うん?」


「擦れてる」


「ああ」


「背負ってたから」


「治療する」


「これくらい平気」


「駄目」


「……はい」


 五人に囲まれる。


「…………」


 少し離れたところ。


 救護班。


 ギルド職員。


 探索者。


 全員。


 こちらを見ていた。


「何?」


 陽菜が顔を引きつらせる。


「いや」


 俺も周囲を見る。


 トップ五。


 全員。


 俺のところに集まっている。


「……これ」


「はい」


 玲華。


「まずい?」


「かなり」


 紫苑。


「目立ってるわね」


「今さら散っても遅いかも」


 陽菜。


「視線七十二」


 沙夜。


「数えなくていい」


 そして。


 担架の上。


 治療を受けていたエリックが。


 目を開けた。


「黒瀬」


「はい?」


「お前」


 弱々しく。


 でも。


 はっきりと。


「誰なんだ?」


「黒瀬悠真だけど」


「そうじゃない」


「?」


「なぜ」


 エリックの視線が。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 澪。


 国内トップ五を順番に見る。


「日本のトップ五が」


 そして。


 俺へ戻る。


「全員」


 周囲にも聞こえる声で。


「E級のお前を《先生》みたいに扱ってる?」


「…………」


 静かになった。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 澪。


 俺。


「エリックさん」


「何だ」


「それ」


 周囲を見る。


「今ここで言う?」


「……」


 エリックも。


 ようやく。


 空気を読んだらしい。


「……すまん」


 遅かった。


 数十人の探索者たちが。


 一斉に。


 俺の胸元にある探索者証を見る。


『E』


 さらに。


 玲華たちを見る。


 そして。


 また俺を見る。


「…………」


「…………」


「…………」


 嫌な予感しかしない。


 その三分後。


 探索者掲示板に。


 一つのスレッドが立った。


『【緊急】奈落前でトップ5全員がE級男を囲んでるんだが』


 俺はまだ。


 そのことを知らなかった。


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