第16話 トップ5に引っ越し先を任せたら、普通の部屋が一つもなかった
# 第16話 トップ5に引っ越し先を任せたら、普通の部屋が一つもなかった
「普通の部屋でいいからな?」
「「「「「分かっています」」」」」
昨日。
確かにそう言った。
言ったはずだった。
そして翌日の午後八時。
「先生」
天音玲華が。
俺のローテーブルに一枚の資料を置いた。
「第一候補です」
「早いな」
「当然です」
見る。
『最上階ワンフロア専有』
『二十四時間有人警備』
『探索者用防音・耐魔力構造』
『専用訓練室』
『地下駐車場』
『月額――』
「却下」
「まだ最後まで見ていませんが」
「家賃見た」
「問題ありません」
「俺にはある」
「私が――」
「払わなくていい」
「…………」
玲華が不満そうに資料を引っ込めた。
「じゃあ次、私ね」
九条紫苑。
「はい」
別の資料。
『高級探索者専用レジデンス』
『魔力遮断壁』
『個人転移ゲート対応』
『専属コンシェルジュ』
「却下」
「早くない!?」
「コンシェルジュいらない」
「そこ!?」
「あと高そう」
「先生なら払えるでしょ?」
「払えなくはないけど払いたくない」
俺は夜の攻略で拾った素材を匿名換金している。
生活に困ってはいない。
でも。
住むだけの場所に大金を使う理由が分からない。
「次!」
白石陽菜が手を上げる。
「私のはかなり現実的だよ」
「本当?」
「うん!」
資料。
『タワーマンション三十八階』
「却下」
「まだ一行目!」
「タワーって書いてる」
「防犯強いんだよ!?」
「エレベーター待つの嫌」
「そこ!?」
陽菜が机へ突っ伏した。
「悠真さん難易度高すぎない?」
「普通でいいって言ってるだろ」
「普通の基準がおかしいの!」
「俺の今の部屋くらい」
全員が。
今いる六畳間を見る。
古い。
狭い。
壁も薄い。
「それは駄目です」
水城澪が即答した。
「なんで?」
「悠真先生」
「はい」
「昨日」
「うん」
「外から窓の鍵を確認できました」
「…………」
「カーテンの隙間もあります」
「…………」
「玄関前の廊下には防犯カメラがありません」
「…………」
「一階から屋根へ登れます」
「澪」
「はい」
「それ全部調べたの?」
「はい」
「怖いな」
「安全確認です」
真顔だった。
最後。
「沙夜は?」
黒羽沙夜が一枚の紙を出した。
「これ」
「どれどれ」
『候補地――非公開』
「住所ないけど」
「安全のため」
「俺にも?」
「案内する」
「間取りは?」
「地下二階、地上三階」
「家じゃないだろ」
「元民間警備会社施設」
「却下」
「安全」
「住みたくない」
「残念」
一番普通そうな人から。
一番普通じゃない案が出てきた。
◇
「そもそも」
神崎蓮司がせんべいを食べながら言う。
「引っ越す必要あんのか?」
「掲示板で特定が進み始めています」
玲華。
「まだ先生個人までは届いていませんが」
陽菜がスマートフォンを見せる。
「奈落周辺でトップ5が動いてるのは、かなり知られ始めてるね」
画面。
『最近のトップ勢の行動おかしくね?』
『天音→奈落攻略急進』
『九条→魔力効率改善』
『白石→配信中に謎の男と接触』
『黒羽→深夜の奈落で目撃』
『水城→最近夜に外出増』
『共通点探せ』
「……よく見てるな」
「先生が呑気すぎるんです」
玲華に怒られた。
「でも」
蓮司が首を傾げる。
「引っ越したら逆に目立たねえか?」
「…………」
五人が止まった。
「ほら」
蓮司が続ける。
「今の黒瀬って」
「先生です」
「今そこいいだろ!」
咳払い。
「先生は」
言い直した。
「十二年E級」
「うん」
「魔力十七」
「最近十六も出た」
「誤差だろ」
「うん」
「古いアパート」
「うん」
「安い装備」
「十二年使ってる」
「……これ」
蓮司が言う。
「誰が見ても《午前零時の攻略者》だと思わなくね?」
「…………」
静かになった。
陽菜が。
「確かに」
紫苑。
「逆に怪しまれない……?」
玲華も考える。
「先生の表向きの経歴そのものが、最大の偽装になっています」
「偽装してるつもりないけど」
「そこがさらに強いです」
「そう?」
沙夜が頷く。
「尾行する側も」
「うん」
「一度見れば候補から外す」
「何で?」
「弱そうだから」
「…………」
容赦ないな。
澪がすぐ補足する。
「見た目だけです」
「ありがとう」
「実際は違います」
「分かってるよ」
蓮司が。
妙な顔をした。
「俺も最初外したしな」
「何を?」
「候補」
「ああ」
「E級が先生なわけねえって」
「本人だったけどな」
「それはもう認めた!」
最近ようやく諦めたらしい。
◇
「じゃあ」
陽菜が手を叩く。
「引っ越さない?」
「それが一番楽」
「ただし」
玲華。
「防犯だけは改善します」
「どこまで?」
「最低限です」
嫌な予感。
「まず玄関」
「普通の鍵あるぞ」
「普通すぎます」
紫苑。
「窓も」
「閉まるぞ」
「閉まるだけじゃ駄目なのよ」
澪。
「カーテンも」
「あるけど」
「遮光性が低いです」
沙夜。
「ベランダ」
「何?」
「侵入可能」
「誰が入るんだよ」
「私」
「…………」
「昨日確認した」
「確認の仕方がおかしい」
蓮司が腹を抱えて笑っている。
「先生」
「何?」
「俺」
「うん」
「こいつらよりまともだと思う」
「俺も最近そう思う」
「でしょ!?」
「「「「「…………」」」」」
「先生」
玲華。
「その発言」
「撤回して」
紫苑。
「悠真さん?」
陽菜。
「教官」
沙夜。
「悲しいです」
澪。
「……撤回します」
「先生!」
蓮司が裏切られた顔をした。
◇
結局。
引っ越しは保留。
玄関の鍵。
窓。
カーテン。
最低限の防犯だけ強化することになった。
「これならいい」
「本当に最低限ですね……」
玲華はまだ不満そうだ。
「家って寝られれば十分だろ」
「先生」
「はい」
「最近ここで寝る以外のことも増えていませんか?」
「何が?」
玲華が部屋を見る。
ローテーブル。
玲華。
紫苑。
陽菜。
沙夜。
澪。
蓮司。
「…………」
「確かに狭いな」
「だから引っ越しを――」
「机だけ大きくするか」
「なぜそうなるんですか!」
今日も怒られた。
◇
午後十一時四十三分。
「じゃあ俺、奈落行ってくる」
「私も」
沙夜が立つ。
「今日は私の観察日」
「何その制度?」
「作った」
「いつ?」
「さっき」
玲華も。
「では私も」
「待って」
紫苑が立つ。
「全員で動くなって話したばっかでしょう」
「…………」
止まる。
「今日は先生一人」
陽菜が言う。
「その方がいいね」
「そうだな」
「じゃ行ってくる」
「先生」
澪が俺を見る。
「今日は何階まで?」
「八十五」
「目標は?」
「昨日見つけた左ルート」
「攻略?」
「いや」
手帳を持つ。
「その先に何があるか見るだけ」
玲華が小さく笑った。
「先生らしいですね」
「そう?」
「はい」
「じゃ」
玄関へ。
◇
午前零時二十一分。
《奈落》第八十五階層。
「…………」
左ルート。
前回までに調べた場所を進む。
罠。
分岐。
崩落地点。
「ここから先だな」
手帳。
『左ルート・未調査』
一歩。
二歩。
三歩。
狭い通路。
しばらく進む。
「……?」
止まる。
何か。
おかしい。
臭い。
空気。
「血?」
新しい。
魔物じゃない。
人間。
床。
僅かな血痕。
「誰か来てる?」
八十五階へ入った記録。
今日は。
俺しかいないはず。
「…………」
血痕を辿る。
奥。
壁際。
「おい」
一人。
倒れていた。
探索者。
若い男。
装備は壊れ。
呼吸も浅い。
「大丈夫か」
「…………ぅ」
まだ生きている。
探索者証。
見る。
「海外?」
国内登録ではない。
どうやってここまで。
いや。
それより。
「帰るぞ」
今日は攻略中止。
迷う理由はない。
肩へ担ぐ。
「重っ」
でも。
歩ける。
来た道を戻る。
昨日まで。
何度も何度も調べた道。
罠の位置。
敵の巡回。
避け方。
全部分かる。
「大丈夫」
意識のない男へ言う。
「ここは」
一歩。
「もう知ってる道だから」
帰れる。
◇
同じ頃。
探索者ギルド。
一つの警報が。
静かに点灯していた。
『国外S級探索者――緊急捜索要請』
『氏名――エリック・ヴァン』
『最終確認地点――日本』
『推定侵入先――《奈落》』
そして。
午前一時七分。
《奈落》の記録に。
新しい表示が追加された。
『第八十五階層』
『生体反応――二名』
『一名――国外S級探索者』
『一名――情報非公開』
その記録を見たギルド職員が。
震える声で呟いた。
「……また」
「《午前零時の攻略者》だ」




