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第14話 六年前、名前も知らない少女を助けていたらしい



『あの日、匿名掲示板で』


『私の命を救ってくれた人ですよね?』


「……掲示板?」


 まったく覚えていなかった。


『はい』


「いつ頃?」


『六年前です』


「六年前……」


 長い。


 さすがに思い出せない。


 俺は昔から、分からないことがあると探索者向けの掲示板を使っていた。


 攻略情報を見ることもあれば。


 自分が知っていることを聞かれて答えることもあった。


「書き込みの内容、覚えてる?」


『全部』


「全部?」


『はい』


 電話の向こう。


 水城澪が静かに答える。


『《石哭き洞》第十九区画』


「…………」


 少し。


 記憶に引っ掛かった。


『当時の私は探索者になったばかりで』


『パーティーもなく』


『回復術しか使えなくて』


『第十九区画から戻れなくなりました』


「石哭き洞……」


 あそこか。


 今では初心者向けに分類されているが。


 昔は地形情報がほとんど公開されていなかった。


『助けを呼ぼうにも、通信が不安定で』


『掲示板に短い文章だけ投稿しました』


 澪の声。


『誰か助けてください』


『出口が分かりません』


『魔力が残り二割です』


「…………」


 なんとなく。


 思い出してきた。


「もしかして」


『はい』


「壁から水垂れてるか聞いた?」


『……!』


 電話の向こうが静かになった。


「あと」


 記憶を探る。


「右側の壁、触ると温かいかどうか」


『はい』


「それで……」


 当時。


 俺は石哭き洞へ何十回も入っていた。


 十九区画には特徴がある。


 地下水。


 地熱。


 微妙な傾斜。


 迷っても。


 壁を見れば大体位置が分かる。


「水が多い壁を左にして歩けって書いた気がする」


『はい』


「途中で三叉路があって」


『中央へ行くな』


「そうそう」


『右へ七十歩』


「その先に細い亀裂」


『そこを抜ければ十五区画へ戻れる』


「……ああ」


 思い出した。


「いたな」


『…………』


「そんな子」


『子……』


「当時なら十五歳くらい?」


『十六です』


「ほぼ子供じゃん」


『…………』


 電話の向こうから。


 少しだけ不満そうな沈黙が返ってきた。


「でも無事だったんだ」


『はい』


「よかった」


『…………』


「どうした?」


『それだけですか?』


「何が?」


『六年間』


「うん」


『私はずっと』


 澪の声が。


 少し震えた。


『あなたを探していました』


「俺を?」


『お礼を言いたくて』


「別にいいのに」


『よくありません』


 即答だった。


「そう?」


『そうです』


「……分かった」


 妙に強い。


『明日』


「うん?」


『会えますか?』


「いいけど」


『どこへ行けば』


 俺が答えようとした瞬間。


「先生」


 玲華が立ち上がった。


「ちょっと待ってください」


「何?」


 紫苑まで。


「住所を教える気?」


「会いに来るって」


「駄目です」


「なんで?」


 陽菜がスマートフォンへ身を寄せる。


「悠真さん、その子ランキング五位だよ?」


「知ってる」


「いや、そこじゃなくて」


 沙夜が静かに言う。


「教官」


「ん?」


「相手は本当に水城澪?」


「そう名乗ってる」


「確認する」


「どうやって?」


「声を知っている」


「便利だな」


 沙夜が俺のスマートフォンへ顔を近づける。


「水城澪」


『……黒羽沙夜さん?』


「本人」


「分かるの?」


「分かる」


 どういう判定なんだ。


『あの』


 澪の声。


『皆さん、一緒にいるんですか?』


「いるよ」


『…………皆さん?』


「天音さんと九条さんと白石さんと黒羽さん」


『…………』


 沈黙。


『なぜ?』


「最近よく来るから」


 また。


 電話の向こうが静かになった。


『そうですか』


「うん」


『では』


 声が少しだけ低くなった。


『私も明日伺います』


「なんで急に決定したんだ?」


『六年待ちましたので』


「……そう」


『もう一日も待ちたくありません』


 強いな。


「じゃあ明日八時くらい」


『はい』


「住所送るよ」


「先生!」


「別にいいだろ」


 四人とも。


 なぜか不満そうだった。


 ◇


「六年前」


 電話を切ったあと。


 玲華が呟いた。


「私より遥かに前ですね」


「何が?」


「先生との接点です」


 紫苑が眉間を押さえる。


「また面倒な古参が増えたわね」


「古参?」


「先生は気にしなくていい」


 陽菜が笑う。


「これでトップ五全員?」


「何が?」


「何でもない」


 沙夜だけが静かだった。


「黒羽さん?」


「考えている」


「何を?」


「六年」


「長いな」


「私の三ヶ月と十二日より長い」


 玲華がぴくっと反応した。


「接触したのは掲示板でしょう?」


「でも六年前」


「直接会っていません」


「それでも六年前」


「黒羽さん」


「何?」


「そこを強調しないでください」


「事実」


 また始まった。


「お前ら」


「「「「はい」」」」


「何を争ってるの?」


「「「「別に」」」」


 絶対何かあるだろ。


 ◇


 翌日。


 午後七時五十九分。


 ――ピンポーン。


「時間ぴったり」


 扉を開ける。


 そこに。


 一人の少女が立っていた。


 淡い水色の髪。


 小柄な身体。


 柔らかそうな雰囲気。


 国内ランキング五位。


 《聖域》水城澪。


 テレビで見るより、ずっと幼く見える。


「黒瀬悠真さん?」


「そうです」


「…………」


 澪は。


 俺の顔をじっと見た。


「どうした?」


「やっと」


「?」


「やっと会えました」


 そのまま。


 深く頭を下げる。


「六年前」


「はい」


「助けていただき」


「うん」


「本当に」


 声が少し震える。


「ありがとうございました」


「…………」


 六年。


 その間ずっと覚えていたらしい。


「俺は文字打っただけだよ」


「違います」


「でも実際に歩いたのは水城さんだろ?」


「それでも」


 澪が顔を上げる。


「あなたがいなければ、私は死んでいました」


「…………」


「だから」


 一度。


 胸元へ手を当て。


「ずっと伝えたかったんです」


「そっか」


「はい」


「じゃあ」


 少し考えて。


「無事にランキング五位まで来たなら」


「…………」


「十分だな」


 澪の目が丸くなる。


「よく頑張ったね」


「…………」


「?」


 なぜか。


 澪が下を向いた。


「水城さん?」


「……ずるいです」


「何が?」


「六年探した相手に」


「うん」


「最初にそんなことを言われたら」


 顔を上げる。


 少しだけ目が赤い。


「もっと好きになってしまいます」


「…………」


 好き?


 助けてもらった人として、という意味だろうか。


「とりあえず入る?」


「はい」


 澪が一歩入る。


 そして。


「…………」


 止まった。


 部屋の中。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 全員いる。


「こんばんは」


 玲華。


「遅かったわね」


 紫苑。


「ほんとにトップ五揃った」


 陽菜。


「六年前」


 沙夜。


「…………」


 澪が。


 四人を見た。


 そして。


 俺を見る。


「悠真先生」


「え?」


「今日から」


「今日から?」


「そう呼びます」


「なんで?」


「私が決めました」


「そうですか」


 また呼び名が増えた。


「それと」


 澪が靴を脱ぐ。


「私にも教えてください」


「何を?」


「全部」


「黒羽さんにもそれ言われたな」


「では」


 澪は少し考える。


「一つずつ」


「それなら」


「ありがとうございます」


 玲華の眉が僅かに動いた。


「水城さん」


「何ですか?」


「まだ先生は、教えるとは――」


「今、許可をいただきました」


「…………」


「一つずつなら、と」


「…………」


 澪。


 柔らかそうに見えて。


 意外と強い。


 ◇


「まず何を見てほしい?」


「回復術です」


 俺の部屋では狭いので。


 六人で訓練施設へ移動した。


「回復術?」


「はい」


「俺、回復使えないよ」


「知っています」


「じゃあ何を?」


「無駄」


「……」


「私にもありますか?」


 最近。


 みんな同じことを聞くな。


「やってみて」


「はい」


 訓練用人形。


 人工的に傷が設定される。


 右腕。


 深い裂傷。


 澪が手をかざした。


「《治癒》」


 光。


 数秒。


 傷が完全に消える。


「すごい」


「ありがとうございます」


「もう一回」


「はい」


 次。


 脚部。


 軽傷。


「《治癒》」


 完治。


「……あ」


「何か?」


「たぶん」


 澪を見る。


「治しすぎ」


「…………?」


 周囲。


 玲華たちも首を傾げる。


「治療なのに?」


 陽菜が聞く。


「全部治す必要あるのかなって」


 澪の目が細くなる。


「どういう意味ですか?」


「今の傷」


 訓練人形を指差す。


「戦闘続けられる程度までなら」


「はい」


「半分くらい治せばよくない?」


「…………」


「全部治すから魔力使う」


「でも」


「戦闘終わってから完全に治せばいい」


「…………」


「戦闘中は動ける程度」


「終わったら完治」


「分けた方が」


 少し考える。


「長く持つ気がする」


 静かになった。


 澪が自分の手を見る。


「……私は」


「うん?」


「傷は完全に治すものだと」


「そうなの?」


「教本でもそう習います」


「じゃあ俺が間違ってるかも」


「いえ」


 即答。


「試します」


 次の傷。


 澪が手をかざす。


 今度は。


 途中で止める。


 傷が半分ほど閉じた。


『戦闘継続可能』


 表示。


 消費魔力。


『従来比――43%』


「…………」


 澪が固まった。


「半分以下」


 紫苑が呟く。


 玲華も。


「回復量を減らした以上に、消費が落ちていますね」


「たぶん完全修復の最後の方が一番大変なんじゃない?」


 俺が言う。


「傷口揃えたりとか」


「……」


 澪は。


 自分の手を見たまま。


 動かない。


「水城さん?」


「六年前も」


「ん?」


「そうでした」


「何が?」


「私は出口を聞きました」


「うん」


「でも悠真先生は」


 俺を見る。


「出口ではなく」


「私が今できることだけを、一つずつ教えてくれた」


「…………」


「壁を見る」


「水を見る」


「七十歩進む」


「次を確認する」


「…………」


「今も同じですね」


「そう?」


「はい」


 澪が。


 嬉しそうに笑った。


「やっぱり」


「?」


「見つけてよかったです」


 その後ろで。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 四人が。


 ものすごく複雑そうな顔をしていた。


 ◇


 帰り道。


「これで」


 陽菜が指を折る。


「一位から五位まで全員だね」


「何が?」


「悠真さんのところに来た人」


「ああ」


「先生」


 玲華が真剣な顔で言う。


「今後」


「うん?」


「これ以上、簡単に人を増やさないでください」


「なんで?」


「部屋に入りません」


「…………」


 確かに。


 それはそうだ。


「机買い替えるか」


「そういう意味ではありません!」


 玲華が怒る。


 紫苑がため息。


 陽菜が笑う。


 沙夜は無言で俺の隣を歩き。


 澪は。


 反対側。


 袖をほんの少し摘んでいた。


「水城さん?」


「澪でいいです」


「じゃあ澪」


「はい」


「袖、何?」


「六年分です」


「何が?」


「気にしないでください」


「…………」


 よく分からない。


 そして。


 少し後ろ。


「…………」


 一人だけ。


 神崎蓮司が。


 俺たち六人を見て立ち尽くしていた。


「トップ五……」


 一位。


 二位。


 三位。


 四位。


 五位。


「全員?」


 蓮司の顔が引きつる。


「おい黒瀬」


「ん?」


「一つ聞いていいか」


「何?」


「ここまで来てまだ」


「うん」


「お前、自分が普通のE級だと思ってんの?」


「公式にはE級だけど」


「…………」


 蓮司は。


 長い。


 長いため息をついた。


「もういい」


「何が?」


「俺が間違ってた」


 そう言って。


 深く。


 頭を下げた。


「黒瀬」


「うん」


「いや」


 一度言い直す。


「先生」


「…………」


「改めて」


 国内ランキング六位。


 神崎蓮司。


「俺にも」


 真っ直ぐ俺を見る。


「弟子入りさせてくれ」


 その瞬間。


 俺の横にいた五人の美少女から。


 ものすごく冷たい視線が。


 一斉に蓮司へ向いた。


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