表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第13話 ランキング六位、先生の部屋へ入れてもらえない



 翌日の午後八時五十八分。


「……ここか」


 神崎蓮司は。


 古びたアパートの前に立っていた。


 昨日までなら。


 こんな場所に自分から来ることなど絶対になかった。


 目的は一つ。


 黒瀬悠真。


 探索者歴十二年。


 万年E級。


 魔力測定値十六から十七。


 そして。


 天音玲華。


 九条紫苑。


 白石陽菜。


 黒羽沙夜。


 国内ランキング一位から四位までが。


 揃って《先生》と呼ぶ男。


「…………」


 未だに。


 完全には信じられない。


 だが。


 昨日、自分の目で見た。


 八十二階の魔物を戦わず避ける。


 八十四階の双頭黒狼を、十九回の失敗から作った手順だけで通り抜ける。


 そして八十五階。


 誰も知らない場所を。


 一歩ずつ調べる。


 派手ではなかった。


 むしろ。


 驚くほど地味だった。


 だからこそ。


 頭から離れない。


「……聞くだけだ」


 蓮司は階段を上がった。


 部屋番号を確認。


 インターホンへ手を伸ばす。


 だが。


 その前に。


「何をしているんですか?」


「うおっ!?」


 真後ろから声がした。


 振り返る。


「天音!?」


 そこに玲華が立っていた。


 帽子。


 マスク。


 片手にはプリン。


「な、なんでお前が」


「それはこちらの台詞です」


 玲華の目が細くなる。


「なぜ神崎さんが先生のお部屋へ?」


「話がある」


「何の?」


「黒瀬に」


「どんな?」


「……何でお前に許可取らなきゃいけねえんだよ」


「先生の平穏を守るためです」


「お前、いつから管理人になった?」


「必要なら今日から」


「勝手に就任するな!」


 その時。


「何騒いでるのよ」


 階段から。


 九条紫苑。


「紫苑まで!?」


「までとは何よ」


 紫苑が蓮司を見る。


「……何で神崎がいるの?」


「黒瀬に会いに来た」


「帰りなさい」


「早えよ!」


「先生は男性の弟子を募集してません」


「募集そのものしてないだろ!」


「そうね」


「じゃあ何なんだよ!」


 さらに。


「こんばんはー……って」


 白石陽菜。


「うわ」


「うわって何だ!」


「神崎さんまで来たんだ」


「何だよその顔」


「いやぁ」


 陽菜が苦笑する。


「先生の部屋、さらに狭くなるなって」


「そこ!?」


 最後に。


「こんばんは」


 黒羽沙夜。


「黒羽!」


「何?」


「お前もかよ!」


「教官のところへ来ただけ」


「もう普通に通ってんじゃねえか!」


 蓮司は頭を抱えた。


 国内ランキング一位。


 二位。


 三位。


 四位。


 全員集合。


「お前ら暇なのか!?」


「失礼ですね」


「私は忙しいわよ」


「配信終わらせて来た」


「任務は済ませた」


「だったら家帰れよ!」


「「「「嫌です」」」」


「何なんだよ本当に!」


 ◇


 ガチャ。


「さっきからうるさい」


 扉が開いた。


「近所迷惑だぞ」


「先生」


「悠真さん!」


「教官」


「黒瀬!」


「はいはい」


 俺は五人を見る。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 沙夜。


 蓮司。


「……増えたな」


「俺は増えてねえ!」


「いや昨日はいなかっただろ」


「そういう意味じゃねえ!」


 元気だな。


「とりあえず入る?」


「先生」


 玲華が手を上げる。


「はい」


「反対です」


「何が?」


「神崎さんの入室です」


「おい!」


 紫苑も。


「私も反対」


「何でだよ!」


 陽菜。


「六人はちょっと狭いかも」


「お前だけ理由が現実的だな!」


 沙夜。


「私はどちらでもいい」


「黒羽……!」


「ただし」


「?」


「教官の隣は譲らない」


「お前も同類かよ!」


 俺は部屋の中を見る。


 六畳。


 確かに。


「詰めれば入るだろ」


「先生!」


「別にいいじゃん」


「ですが」


「蓮司も話あるらしいし」


 玲華が黙る。


「ほら入れ」


「……おう」


 蓮司が勝ち誇ったように一歩踏み出す。


 すると。


 四人の視線が同時に向いた。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「何だよ」


 蓮司の勢いが止まった。


「何も」


 玲華。


「別に」


 紫苑。


「どうぞ?」


 陽菜。


「入ればいい」


 沙夜。


「……怖えよ」


 ◇


 数分後。


「狭い」


 予想通りだった。


 ローテーブル。


 俺。


 右に玲華。


 左に沙夜。


 正面に紫苑。


 その横に陽菜。


 そして。


「何で俺だけ廊下側なんだよ」


 蓮司。


「遅く来たので」


「席順です」


「仕方ないよ」


「公平」


「どこが!?」


「お茶いる?」


「……もらう」


「先生、私が」


「座ってろ。昨日プリンひっくり返しかけただろ」


「それは紫苑が押したからです」


「あなたが先に取ろうとしたんでしょ!」


「始めるな」


「「はい」」


 お茶を六つ。


 狭い。


 そのうち本気で机を大きくした方がいいかもしれない。


「で」


 俺は蓮司を見る。


「話って?」


「…………」


 さっきまでうるさかった蓮司が。


 急に黙った。


「神崎さん?」


「蓮司でいい」


「じゃあ蓮司」


「……昨日」


「うん」


「お前に言われたこと」


「何だっけ」


「攻撃前の魔力漏れだよ!」


「ああ」


「忘れんな!」


「いっぱい聞かれるから」


「…………」


 蓮司が額を押さえる。


「直そうとした」


「どうだった?」


「全然駄目だった」


「そう」


「…………」


「何?」


「笑わないのか?」


「なんで?」


「ランキング六位が、自分でも気づいてなかった欠点をE級に指摘されて」


「ランク関係ないだろ」


「……」


「一日で直るなら癖になってないし」


「…………」


「昨日気づいたなら今日はそこからだ」


 蓮司の表情が少し変わる。


「だから」


 俺はお茶を飲む。


「昨日より一回でも隠せたらいいんじゃない?」


「……またそれか」


「何が?」


「一歩ずつ」


「他にある?」


「…………」


 蓮司は。


 しばらく黙っていた。


 そして。


「黒瀬」


「うん」


「一回だけ」


 頭を下げた。


「俺にも教えてくれ」


「「「「…………」」」」


 空気が変わった。


 四人の視線が蓮司に集中する。


「本気ですか?」


 玲華。


「ああ」


「先生の正体を信じていないのに?」


「…………」


 蓮司が詰まった。


「そこは」


「どうなんです?」


「まだ……全部は信じてねえ」


「帰ってください」


「だから早い!」


 紫苑が腕を組む。


「都合良くない?」


「何がだよ」


「先生本人だとは信じない。でも教わりたい」


「それは……」


「ちょっと格好悪いよね」


 陽菜まで言う。


「白石!」


「でも」


 沙夜が静かに言った。


「教官」


「ん?」


「決めるのは教官」


「まあそうだな」


 玲華と紫苑が揃って沙夜を見る。


「黒羽さん」


「何?」


「そこは反対してください」


「なぜ?」


「なぜって……」


「教官が決めればいい」


「……正論なのが腹立つわね」


 紫苑が呟く。


「で?」


 俺は蓮司を見る。


「何を教えてほしい?」


「……いいのか?」


「強くなりたいんだろ?」


「ああ」


「ならいいよ」


 四人。


「「「「先生!」」」」


「何?」


「男性です!」


 玲華。


「見れば分かる」


「先生の部屋に男が定期的に来るようになります!」


 紫苑。


「俺も男だけど」


「そういう問題じゃない!」


「ランキング上位の男の人まで急に強くなったら、もっと怪しまれるかもよ?」


 陽菜。


「それはちょっと分かる」


「……」


 沙夜は俺を見る。


「教官」


「ん?」


「外で教えればいい」


「なるほど」


「黒羽さん!?」


「合理的」


 沙夜が一番冷静だ。


「じゃあ訓練施設でいいだろ」


「おう!」


 蓮司の顔が明るくなる。


「ありがとうございます、先生!」


「「「「…………」」」」


 静かになった。


「え?」


 蓮司自身も止まる。


「…………」


「…………」


「今」


 陽菜がにやにやする。


「先生って言った?」


「言ってねえ!」


「言いましたね」


「言ったわ」


「言った」


「反射だ!」


「同じでしょう」


「違う!」


 蓮司の顔が赤い。


「俺はまだ認めたわけじゃねえ!」


「じゃあ何で先生って呼んだの?」


「白石うるせえ!」


 賑やかだな。


 ◇


 翌日。


 訓練施設。


「まず攻撃してみて」


「分かった」


 蓮司が構える。


 標的。


 右拳。


 魔力が集まる。


「今」


「っ」


 止める。


「また肩か」


「うん」


「どうすりゃいい」


「まず攻撃しなくていい」


「は?」


「魔力動かすだけ」


「戦わないのか?」


「癖直すんだから」


「…………」


「右拳に集める」


「おう」


「撃たない」


「…………」


「戻す」


「……」


「もう一回」


「地味だな」


「嫌ならやめる?」


「やる」


 即答。


 右拳。


 集める。


 戻す。


 右拳。


 集める。


 戻す。


 十回。


 二十回。


 三十回。


「先生」


「何?」


「これ、いつまでやるんだ?」


「肩に漏れなくなるまで」


「……」


「百回くらい?」


「百!?」


「足りないかも」


「…………」


「嫌なら」


「やる!」


 また即答。


「そう」


 続ける。


 四十。


 五十。


 六十。


 そして。


「今」


「……っ」


 六十七回目。


「蓮司」


「何だ?」


「今ちょっと隠れた」


「!」


 蓮司が止まる。


「本当か?」


「うん」


「もう一回!」


「はい」


 六十八回。


 漏れる。


「くそ!」


「でも一回できた」


「…………」


「じゃあ今日は昨日より一歩進んだな」


 蓮司が。


 少しだけ笑った。


「……そうだな」


 六十九回。


 七十回。


 夢中になって続ける。


 俺は横で見ていた。


「…………」


 蓮司。


 いいな。


「先生?」


「ん?」


「何だよ」


「いや」


「何かあるなら言え」


「ちゃんと続ける人なんだなって」


「当たり前だ」


「ランキング六位だもんな」


「……」


「才能だけじゃそこまで行けないよな」


「…………」


 蓮司は。


 少しだけ驚いた顔をした。


「黒瀬」


「うん」


「お前」


「何?」


「俺のこと嫌いじゃねえの?」


「なんで?」


「最初から結構失礼だっただろ」


「そうだっけ?」


「E級が先生なわけないとか」


「ああ」


「魔力十七とか」


「事実だし」


「…………」


「俺も逆なら信じないと思う」


「……」


「それより」


 標的を指差す。


「七十一回目」


「ああ!」


 蓮司は再び構えた。


 今度は。


 少しだけ。


 表情が柔らかかった。


 ◇


 訓練終了後。


「九十三回」


「うん」


「成功何回?」


「四回」


「四回……」


「昨日はゼロ」


「…………」


「増えたな」


「ああ」


 蓮司が自分の拳を見る。


「たった四回だけどな」


「四回も、だろ」


「……」


「明日は五回できればいい」


「ああ」


「じゃあ帰るか」


「待て」


「何?」


 蓮司が俺を見る。


 しばらく。


 黙って。


「……先生」


「ん?」


「…………」


「どうした?」


「いや!」


 顔を逸らした。


「何でもねえ!」


「そう?」


「今日は帰る!」


「はいはい」


 出口へ向かう。


 その背中を見ながら。


「?」


 何だったんだろう。


 ◇


 その夜。


 俺の部屋。


「で」


 玲華。


「どうでした?」


「何が?」


「神崎さんです」


「九十三回やって四回成功」


「そうではなく!」


「?」


 紫苑が身を乗り出す。


「先生」


「はい」


「ちゃんと距離は取りました?」


「何の?」


「必要以上に仲良くなってない?」


「男同士だぞ?」


「それが何?」


「何って……」


 分からない。


 陽菜が笑う。


「二人とも警戒しすぎ」


「陽菜は気にならないんですか?」


「気になるけど」


 ぽりぽりと菓子を食べながら。


「神崎さんなら、まあ」


「なぜです?」


「先生の秘密に辿り着けなさそうだから」


「…………」


 全員黙った。


 沙夜が頷く。


「確かに」


「おい」


 本人いないけど酷くないか?


「それより」


 沙夜が俺を見る。


「教官」


「ん?」


「明日」


「うん」


「私の番」


「ああ、欠点一個な」


「忘れていなかった」


「順番だから」


 沙夜の目が少しだけ嬉しそうになる。


 その時。


 俺のスマートフォンが鳴った。


「誰?」


「知らない番号」


 出る。


「はい」


『……黒瀬悠真さん、ですか?』


 若い女の声。


「そうですけど」


『やっと』


「?」


『やっと、見つけました』


 妙な言葉だった。


「誰ですか?」


 電話の向こうで。


 小さく息を吸う音。


『水城澪です』


「…………」


 その名前は知っている。


 国内ランキング五位。


 《聖域》。


 そして。


『覚えていないと思います』


「?」


『でも私は』


 静かな声で。


『六年前から、ずっとお礼を言いたかったんです』


 部屋の中。


 四人の表情が。


 一斉に変わった。


「六年前?」


 俺は首を傾げる。


『はい』


 水城澪は。


 震える声で言った。


『あの日、匿名掲示板で』


『私の命を救ってくれた人ですよね?』


 俺は。


 少しだけ考えて。


「……掲示板?」


 まったく覚えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ