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第12話 三ヶ月前からいた四位が、一番の古参だった



「今日から」


 黒羽沙夜が、俺の前で深く頭を下げている。


「私にも教えてほしい」


「え?」


「お願いします」


 一拍。


「――教官」


「…………」


 また呼び方が増えた。


「別に教えるのはいいけど」


「ありがとう」


「何を教えればいい?」


「全部」


「全部?」


「あなたが十二年で身につけたこと」


「それは無理だろ」


「なら」


 沙夜は少し考え。


「今日、一つ」


「何がいい?」


「私の欠点」


「…………」


 いきなり難しいな。


 国内ランキング四位。


 《影踏み》黒羽沙夜。


 偵察。


 追跡。


 隠密。


 その分野なら、おそらく日本一。


 三ヶ月以上俺を追っていたのに、最近まで確信を持てなかったくらいだ。


「欠点って言われてもな」


「あるはず」


「まあ……」


 考える。


「一個気になってたのは」


「何?」


「近づきすぎること」


「…………」


 沙夜が僅かに目を見開いた。


「私が?」


「うん」


「気配は消している」


「消えてるよ」


「音も」


「しない」


「匂いも」


「ほとんど」


「なら、なぜ?」


「魔力」


「…………」


 沙夜の表情が止まった。


「黒羽さん、完全に隠れた時だけ魔力が少し濃くなる」


「……」


「たぶん、気配消すのに魔力使ってるだろ」


「使っている」


「だから逆に分かる」


「…………」


「普段より何もない場所が、不自然になる感じ」


 蓮司が横で俺と沙夜を交互に見る。


「待て」


「何?」


「黒羽の隠密だぞ?」


「うん」


「俺でも本気で消えられたら分からねえ」


「そうなんだ」


「そうなんだじゃねえ!」


 また怒られた。


 沙夜は黙って自分の手を見る。


「……盲点だった」


「そう?」


「誰にも指摘されたことがない」


「じゃあ合ってるか分からないぞ」


「合っている」


「即答?」


「三ヶ月」


 沙夜が俺を見る。


「あなたは何度も、私がいる方向を見た」


「まあ」


「偶然だと思っていた」


「俺も最初は気のせいだと思ってた」


「でも違った」


「たぶん」


「教官」


「はい」


「もう一度やる」


「今?」


「今」


 沙夜が一歩下がる。


 そして。


 消えた。


「…………」


 いや。


 正確には。


 目の前にいる。


 でも意識から外れる。


 視線を逸らした瞬間、どこにいたか分からなくなりそうになる。


「すげえな」


「見えるのか?」


 蓮司が聞く。


「見える」


「俺、もう見失いそうなんだけど」


「そこ」


 指差す。


 沙夜が現れる。


「……やはり」


「今も魔力?」


「うん」


「なら」


 もう一度。


 沙夜が消える。


 今度は。


「…………」


「どうだ?」


 蓮司が小声で聞く。


「さっきより分かりにくい」


 魔力を使う量が減っている。


 でも。


「右」


 沙夜が現れた。


「まだ?」


「少し」


「どこ」


「足」


「足?」


「移動する瞬間だけ、魔力が下に集まる」


「…………」


「たぶん踏み込みを消そうとしてる」


 沙夜は。


 しばらく何も言わなかった。


 それから。


「教官」


「ん?」


「楽しい」


「そう?」


「とても」


 無表情。


 でも。


 ほんの少しだけ目が輝いている。


「三ヶ月見ていた価値があった」


「いや、三ヶ月は長すぎない?」


「必要だった」


「何が?」


「信用できるか」


「…………」


 思ったより慎重な人らしい。


 ◇


 翌日の夜。


 俺の部屋。


「三ヶ月!?」


 九条紫苑の声が響いた。


「静かに」


「だって!」


 ローテーブル。


 俺。


 玲華。


 紫苑。


 陽菜。


 そして。


 今日から沙夜。


 六畳間が狭い。


「三ヶ月と十二日」


 沙夜が訂正する。


「そこ細かくしなくていい!」


 紫苑が机を叩いた。


「つまり何!?」


「何が?」


「私たちが先生を知るより前から!」


 沙夜。


「見ていた」


「毎晩?」


「ほぼ」


「先生が戦ってるところも?」


「見た」


「失敗してるところも?」


「見た」


「怪我してるところも?」


「見た」


「一人でノート書いてるところも?」


「見た」


「…………」


 紫苑の顔が引きつる。


 玲華も。


 妙に静かだ。


「黒羽さん」


「何?」


「一つ確認します」


「うん」


「先生と最初に接触したのは昨日ですよね?」


「そう」


 玲華の表情が少しだけ緩む。


「では」


 にこり。


「最初に先生へ声を掛けたのは私です」


「?」


 沙夜が首を傾げる。


「でも」


「はい?」


「私は三ヶ月前から知っていた」


「…………」


「接触していないだけ」


「…………」


 玲華の笑顔が止まった。


「ねえ」


 陽菜が楽しそうに言う。


「それって古参判定どうなるの?」


「白石さん」


「何?」


「余計なことを言わないでください」


「でも気になるじゃん」


 紫苑も腕を組む。


「見つけたのは黒羽が先」


「そう」


「話したのは玲華が先」


「そうですね」


「弟子入りは?」


 全員の視線が集まる。


「……天音さん?」


「はい」


 玲華が少し誇らしそうに胸を張った。


「私が最初です」


「じゃあ一番弟子は玲華さん?」


 陽菜が言った瞬間。


「その呼び方は」


 紫苑。


「少し納得いかないわね」


「なぜです?」


「先生の魔力圧縮に十パーセントから挑戦したのは私よ」


「四十一秒」


「時間は関係ない!」


「吐きかけた」


「あなたはその翌日吐いたでしょう!」


「待って」


 陽菜が笑いを堪える。


「またその話する?」


「陽菜」


 玲華と紫苑が同時に睨む。


「ごめん」


 全然反省してない顔だ。


 沙夜が俺を見る。


「教官」


「ん?」


「二人は吐いたの?」


「仲良く」


「先生!」


「何で言うのよ!」


 部屋が一気にうるさくなった。


「…………」


 沙夜が玲華を見る。


 次に紫苑。


「そう」


 一言。


「大変だったね」


「その優しい反応やめて!」


「余計恥ずかしいです!」


 俺はお茶を飲んだ。


 今日も平和だ。


 ◇


「それで黒羽さんは」


 陽菜が聞く。


「何を教わったの?」


「隠密」


「え?」


「私の欠点を教えてもらった」


 今度は三人が一斉に俺を見る。


「先生」


「はい」


「黒羽さんの隠密に欠点が?」


 玲華が本気で驚いている。


「ちょっとだけ」


「ちょっと……」


 紫苑が沙夜を見る。


「私、黒羽が本気で消えたら探知できないんだけど」


「私も無理」


 陽菜も言う。


 玲華も頷いた。


「私もです」


「…………」


 三人。


 俺を見る。


「何?」


「どうして先生は分かるんです?」


「三ヶ月も近くにいたから」


「三ヶ月いても普通分かりません!」


「そう?」


「そうです!」


 沙夜が静かに口を開く。


「教官は」


「うん?」


「私が完全隠密した時だけ魔力が濃くなることに気づいた」


「…………」


「さらに、移動時に足へ魔力が集まる」


「…………」


「それを見ていた」


 三人が黙った。


 紫苑が自分の額を押さえる。


「また魔力漏れ……」


「九条さんもそうだったな」


「言わなくていい!」


 陽菜が笑う。


「先生ってさ」


「ん?」


「本当に人の嫌なところ見つけるの上手いね」


「言い方悪くない?」


「褒めてる」


「最近みんなそれ言うな」


 玲華は少し考えていた。


「先生」


「はい」


「私にも」


「何?」


「今の私の欠点を教えてください」


「今?」


「はい」


 紫苑。


「私も」


 陽菜。


「私も!」


「ちょっと待て」


 三人が身を乗り出す。


 沙夜まで。


「私ももう一つ」


「増えた」


「お願いします、教官」


「…………」


 俺は四人を見る。


「一日一個な」


「「「「え?」」」」


「一気に直そうとするな」


 玲華がすぐ頷く。


「では今日は私から」


「ちょっと!」


 紫苑が反応する。


「なんで当然のように一番なのよ!」


「一番弟子ですから」


「今それ自分で言った!」


「事実です」


「古参なら私」


 沙夜が静かに割り込む。


「それは観察していただけでしょう!」


「三ヶ月と十二日」


「日数を武器にしないでください!」


「じゃあ私三番ね」


 陽菜が手を上げる。


「何で!?」


「早い者勝ちかなって」


「勝手に決めないで!」


「……」


 俺は。


 手帳を閉じた。


「帰っていい?」


「「「「駄目です」」」」


「ですよね」


 ◇


 一時間後。


「じゃあ今日は天音さんだけ」


「はい!」


 嬉しそうだな。


「最近、攻撃前に左足止まってる」


「…………」


「鎧猿の時から」


「先生」


「はい」


「もう一度お願いします」


「左足」


「……」


 玲華が自分の足を見る。


「無意識でした」


「たぶん教えたこと考えすぎ」


「教えたこと?」


「見る場所を絞るの意識してるだろ」


「はい」


「その時、自分が止まってる」


「…………」


「敵見るのに集中して、自分の身体忘れてる感じ」


 玲華が。


 ゆっくり頷く。


「分かりました」


「明日はそこだけ意識な」


「はい、先生」


 紫苑がすぐ手を上げる。


「次は私」


「明日」


「まだ日付変わってない?」


「そういう意味じゃない」


「ケチ」


「一日一個」


 陽菜。


「私は明後日?」


「順番なら」


 沙夜。


「私は?」


「その次」


「分かった」


 一人だけ素直。


「黒羽さん」


 玲華が言う。


「何?」


「順番は今後公平に決めましょう」


「分かった」


「ただし」


「?」


「私が最初です」


「それは公平じゃないよ」


 陽菜が笑う。


 また始まった。


 ◇


 同じ頃。


 俺のアパートから少し離れた場所。


「…………」


 神崎蓮司は。


 一人。


 ベンチに座っていた。


 手には自分の戦闘映像。


 右拳。


 攻撃前。


 肩へ魔力が集まる。


「……本当に出てる」


 黒瀬に言われるまで。


 一度も気づかなかった。


 次。


 蹴り。


 左脚。


 やはり先に魔力が流れる。


「くそ」


 悔しい。


 だが。


 同時に。


 嬉しくもあった。


 直す場所が見つかった。


 なら。


 まだ強くなれる。


「…………」


 そして。


 思い出す。


 八十四階。


 双頭黒狼。


 十九回失敗して。


 十九回目で戦わず通る方法を見つけた男。


 八十五階。


 一つずつ地図を作る姿。


 さらに。


 黒羽沙夜。


 三ヶ月間見続けて。


 断言した。


『この人』


『《午前零時の攻略者》』


「…………」


 蓮司は頭を掻いた。


「認めたくねえ」


 E級。


 魔力十七。


 自分より遥かに低い。


 そんな男が。


「でも」


 もう。


 否定する材料より。


 認める材料の方が多かった。


「……明日」


 蓮司は立ち上がる。


「もう一回だけ確かめる」


 最後に。


 自分の目で。


 そして。


 もし本当に。


 黒瀬悠真が《午前零時の攻略者》なら――。


「俺も」


 拳を握る。


「教えてもらいてえ」


 ただ。


 蓮司はまだ知らない。


 翌日。


 悠真の部屋へ行けば。


 ランキング一位から四位までの女たち全員から。


「男性の弟子は必要ありません」


 と。


 入室前から猛烈に警戒されることを。


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