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第36話 張徳海の崩壊

大理寺卿の手によって、御史台の正式告発状に重々しい司法印が押された。

その赤い印影は、これまで絶対不可侵であった内侍省長官・張徳海の権力に、法という名の明確な楔が打ち込まれたことを意味していた。


殿内は水を打ったような静寂に包まれ、廷臣たちは血の気を引かせて互いの顔を見合わせた。

だが、窮地に立たされたはずの張徳海は、その青白い顔にピクリと痙攣のような笑みを浮かべ、ゆっくりと手を叩いた。


「……見事な手品だ、柳青蘭。大理寺卿も随分と焼きが回ったものだな。妖術で浮かび上がった文字を正式な証拠と認めるなどと」


張徳海は、玉座の段から冷ややかに見下ろし、自らの衣の袖を払った。


「百歩譲って、その浮かび上がった改竄の痕跡が本物であったとしよう。だが、それが私が命じたという証拠にはならん。……内侍省は広い。私の印を盗み出し、私腹を肥やした愚かな部下どもが勝手にやったことだ」

「部下に罪を被せるのですか」

「事実を言っているまでだ。その者たちは、すでに自らの罪を恥じて自害しているか、病でこの世を去っている。……死人に確認することはできんがな」


張徳海は、ねっとりとした声で言い放った。

これが彼の常套手段だった。自らの手足として使った者たちを、用済みになれば事故死や病死として処理し、すべての罪を『死んだ者』に背負わせる。

証言すべき人間が記録上から消滅している以上、それ以上追及することは不可能なのだ。


「なるほど。生きている者を死亡扱いにして口を封じ、死んだ者にすべての罪を押し付ける。……それが、あなたの『記録の支配』ですね」


青蘭は、少しも動じることなく、袖の中から新たに三つの書簡の束を取り出した。


「ですが、あなたがいくら内侍省の公文書を改竄し、燃やそうとも……この国には、あなたが完全に支配しきれない『控え』が存在します」


青蘭は、最初の書簡を床に広げた。


「地方州の役場に密かに保管されていた、税収記録の『地方控え』」


続いて、二つ目の書簡を広げる。


「白玉蓮大人が命懸けで守り抜いた、後宮の女官配置記録の『後宮控え』」


最後に、三つ目の書簡を大理寺卿の前に差し出した。


「そして、梁景明大人たち御史台改革派が、地下の奥深くに隠し持っていた監察記録の『御史台控え』です」


青蘭の朱筆が、それらの控えに記された日付と数字を次々と結びつけていく。


「これらを突き合わせれば、一目瞭然です。地方から莫大な富が吸い上げられたその日、その後宮では不自然な女官の異動が行われ、全く同じ時刻に、御史台の監査が内侍省の権限で強制的に止められています。……この三つの機関の動きを、同じ日、同じ刻限に完璧に連動させることができるのは、ただの部下ではありません」


青蘭は、張徳海を真っ直ぐに睨み据えた。


「内侍省長官である、あなただけです」


廷臣たちの間に、ざわめきが広がった。

切り離されていたはずの各部署の記録が、青蘭の手によってパズルのように組み合わされ、張徳海という巨大な黒幕の姿を鮮明に浮かび上がらせていた。


「こじつけだ……ッ!」


張徳海は、ギリッと奥歯を鳴らし、声を荒らげた。


「複数の部署が偶然連動しただけのこと! それに、その当時の実務を担当していた者たちは全員、この世にはおらん! その控えが本物であると証言できる生きた人間が、どこにいるというのだ!」


張徳海の叫びは、悲鳴に近かった。

どれほど状況証拠を突きつけられようとも、「死人に口なし」という絶対の盾がある限り、自分は逃げ切れる。彼はそう信じて疑わなかった。


「ええ。あなたは自分の罪の痕跡を知る者を、すべて書類の上で『死人』にしてきました」


青蘭は、ふっと冷たい笑みを浮かべた。


「ですが……本当に全員が、死んだのでしょうか」


青蘭が正殿の重厚な扉へ向けて視線を送ると、それを合図にしたかのように、扉が再び静かに開かれた。

そこに入ってきたのは、大理寺の役人に両脇を固められた、一人の小柄な男だった。

泥と埃に塗れた粗末な衣を着て、怯えたように肩を震わせているが、その足取りは確かだった。


「ば、馬鹿な……」


張徳海が、玉座の段をよろめきながら数歩下りた。

その顔に張り付いていた冷笑が、完全に剥がれ落ちる。


「貴様は……孫(そん)……! なぜ生きている! 貴様は廃村の井戸に落ちて死んだはず……!」


現れたのは、郭英事件の裏で帳簿を操作させられ、後に口封じのために井戸に沈められたはずの帳簿係・孫だった。

烏露の『守る毒』によって仮死状態となり、死んだことにされて生かされた、決定的な証人。


「張、張大人……。残念ながら、私は生きております」


孫は、震える声で、だが正殿に響き渡る声ではっきりと告げた。


「あなたが私に、娘の命を盾にして帳簿の改竄を強要したこと。そして用済みになった私を、ならず者を使って井戸に沈め、事故死として処理しようとしたこと……すべて、ここにおられる大理寺卿の御前で、偽りなく証言いたします」


その言葉は、張徳海にとって死の宣告だった。

自らが書類の上で「死んだ」と処理した人間が、生きた肉声を持って、法廷に自分の罪を突きつけている。


「あ、ああ……違う、そいつは偽物だ! 記録には死んだとある! そいつの言葉など……!」


張徳海は、もはや自分が何を言っているのかも分からない様子で喚き散らした。

完璧だったはずの記録の支配が、音を立てて崩壊していく。

死んだ者を生存扱いし、生きている者を死亡扱いにしてきた男が、自らが殺したはずの『現実』によって完全に退路を断たれたのだ。


青蘭は、狂乱する張徳海の前に進み出て、高く凜とした声で宣告した。


「死者の声を勝手に書いた者は、生者の声で裁かれます」


それは、法と記録を歪め、数え切れないほどの命を書類の上で擦り潰してきた怪物への、完全なる終止符だった。


「大理寺の権限において、張徳海を捕縛せよ!」


大理寺卿の号令と共に、近衛兵たちが一斉に槍を構え、張徳海を取り囲んだ。

かつて飛ぶ鳥を落とす勢いで朝廷を牛耳っていた宦官の長は、無様な悲鳴を上げながら冷たい石の床へと引き摺り倒された。


中盤最大の敵が、ついに崩れ去った。

青蘭は、静かに朱筆を下ろした。

だが、戦いはまだ終わっていない。張徳海が引き摺り下ろされた玉座の上には、このすべての腐敗を冷酷な瞳で見下ろし、許容し続けてきた最大の標的――景煬帝が、無言のまま鎮座しているのだ。

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