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第15話 売られた女官たち

御史台の狭く薄暗い書庫。

柳青蘭は、扉に重い閂を下ろすと、冷たい石の床に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

湯殿での身体検査という致命的な危機を、白玉蓮と小翠の機転によって辛くも脱してから、数刻。張り詰めていた緊張の糸が緩み、全身からどっと脂汗が噴き出してきた。


冷え切った指先で、汗と湿気にまみれた官衣の襟を乱暴に引き開ける。

胸を平らに潰すために幾重にも巻きつけた晒しが、呼吸のたびに肋骨を締め上げ、鋭い痛みを走らせる。だが、その痛みこそが、自分が間一髪で『女』であるという真実を守り抜いた証でもあった。


「……時間がありません」


青蘭は、乾いた唇を噛み締め、よろめきながら立ち上がった。

張徳海の手の者は、明確に青蘭の秘密に狙いをつけている。彼らが再び大理寺の正式な許可状を手配し、御史台に乗り込んでくる前に、すべてを終わらせなければならない。


机の上に、これまでに集めたすべての記録を広げる。

一つ目は、烏露の『暴く毒』によって削られた繊維の奥から「董家へ下賜」という古い墨の痕跡が浮かび上がった、内侍省の退官名簿。

二つ目は、戸部の記録庫から探し出した外戚・とう家の出入り記録と家計帳簿。名簿上で女官が消えた日の翌日から、董家では不自然に安価な賄い飯の米と麻布の消費量が跳ね上がっている。

そして三つ目は、昨夜、小翠が震えながら語ってくれた「彼女たちは皆、外戚の屋敷へと連れて行かれた」という肉声の証言記録。


青蘭は、兄の遺品である朱筆を手に取った。

常人を遥かに凌駕する記憶力が、これら三つの点に隠された矛盾と嘘を脳内で完全に繋ぎ合わせていく。紙の上で、赤い線が次々と引かれていく。


内侍省が女官を『実家帰還』として処理し、後宮から存在を消す。

同時に、彼女たちを『物品』として董家へと運び出す。

董家の屋敷の奥深くに囚われた女たちは、そこで他家への賄賂として、あるいは権力者たちへの慰み者として、帳簿に載らない家畜のように消費されている。

それは、国家の機関を私物化した、極めて悪質で大規模な人身売買だった。


「……証拠は、揃いました。主犯は間違いなく、皇帝の寵妃を輩出した外戚である董家の当主。そして、後宮の中から女たちを選別し、送り出していた手引き役は……」


青蘭の朱筆の動きが、ふと止まった。

手引きができるのは、後宮内で絶大な権力を持つ者だけだ。すなわち、董家の出身である『董妃』その人である。


「董妃が、自らの手で……同じ女を?」


青蘭は、朱筆を握る指先がかすかに震えるのを感じた。

董妃といえば、皇帝の寵愛を盾に後宮で権勢を振るう、傲慢な毒婦として噂されている女だ。彼女が私欲のために下級女官たちを実家に売り飛ばしていた……そう結論づけるのは簡単だ。


だが、本当にそうだろうか。

青蘭の脳裏に、制度に押し潰され、怯えきっていた小翠の顔が浮かぶ。

後宮は、皇帝の寵愛と実家の権力がすべてを決める歪んだ箱だ。董妃もまた、元を辿れば一族の権力を維持するために、地方からその箱へと放り込まれた一人の女に過ぎない。

実家である董家から、「他の貴族を取り込むための道具(女)を用意しろ」と命じられた時、彼女に拒否する権限があっただろうか。逆らえば、寵愛を失い、一族から見捨てられ、後宮の暗がりに沈むしかない。


「女が生き残るために、より弱い女を権力者に差し出す……。それが、この国の後宮の仕組み……」


青蘭の口から、絶望にも似た低い声が漏れた。

これは、単純な悪人退治ではない。董家という悪を一つ潰したところで、妃が実家の顔色を窺い、女が女を食い物にするこの腐った構造が変わらなければ、また第二、第三の董家が現れるだけだ。


『ひどく陰惨な顔をしているな、柳青蘭』


唐突に、書庫の澱んだ空気が、ふわりと甘い死の香りに塗り替えられた。

闇の中から滑り出てきたのは、漆黒の衣を纏う精霊・烏露だった。彼は音もなく青蘭の背後に立ち、その細い首筋に氷のような吐息を吹きかけた。


『すべての糸が繋がったのだろう? 主犯は董家。ならば話は早い』


烏露の冷たい指先が、青蘭の袖口から覗く黒い『毒痕』を愛撫するように撫でる。


『私に命じろ。董家の当主も、その欲深い妃も、私の毒で等しく内臓を腐らせてやろう。奴らが苦しみ抜いて血を吐く様を、特等席で見せてやる』

「……断ります」


青蘭は、烏露の手を静かに、しかし確固たる意志を持って振り払った。


「彼らを殺しても、何も解決しない。董家が滅びれば、董妃は実家を失った哀れな女として別の権力者に消費されるか、あるいは暗殺されるだけです。それに、殺してしまえば、彼らが『誰の黙認によって』この大規模な人身売買を行えたのか、その記録が永久に失われてしまう」


そう、張徳海だ。内侍省の長官印がなければ、女官の戸籍を消すことなど不可能なのだ。


『人間とは不可解だ。自分と同じ女が売り飛ばされていると知ってなお、お前はその細い腕で法という名の紙切れを抱きしめるのか』


烏露は皮肉な笑みを浮かべたが、その声には微かな苛立ちが混じっていた。


「ええ。抱きしめます。私は、彼女たちの声を取り戻すために官衣を着たのですから」


青蘭は、自ら書き上げた分厚い告発状の束を、両手でしっかりと揃えた。

証言、名簿の改竄痕、帳簿の矛盾。すべてが完璧に裏付けられた、紛れもない正式な告発状だ。董家と内侍省の癒着を、完全に法廷へ引き摺り出すための刃。


だが、問題があった。

今の御史台の上層部は、張徳海の息がかかっている。この告発状を通常の手続きで提出しても、確実に握り潰され、青蘭自身が不敬罪で捕らえられるだろう。

確実に、より上位の権力……皇帝を動かしうる存在の元へ、この証拠を届ける必要がある。


「……帝の異母弟。病弱な、景玄王」


青蘭の口から、かつて同僚が噂していた名が漏れた。

病弱で無害な皇弟を装いながら、その府にはなぜか地方の被害記録が密かに集まっているという謎の人物。


「この告発状の写しを、景玄王の元へ届けます。彼がただの傍観者か、それとも腐敗を憎む意志があるのか……賭けてみるしかありません」


青蘭は、決意を込めて朱筆を置いた。

烏露は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らしたが、青蘭の揺るぎない眼差しを見て、それ以上の誘惑を口にすることはなかった。

毒杯ではなく、証拠の束を武器に。男装の若き監察官は、巨大な闇へと正式な戦いを挑もうとしていた。

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