第七話 食材防衛戦
通路を歩くと色々なスタッフとすれ違った。だが、誰も挨拶してくれない。目も合わせない。まるで空気。存在していないかのような扱いだった。
「俺たち嫌われていますか?」
キャシーは瓦の問いを軽く流す。
「下請け業者を見る目なんてそんなもんですよ」
正社員が非正規社員や出入りの業者の人間を下に見る状況ままはある。感じが悪いなと思う。だが、一々腹を立てていたらイベントの手伝い業務は受注できない。これは諦めるしかない。
頼まれた仕事をしっかりやって、金をもらう関係と割り切ろう。
キャシーはロッカー・ルームの前で止まる。
「仕事着に着替えてください。服はロッカー四十九の中にあります」
キャシーは向かいの女性用のロッカー・ルームに行くので別れた。男性用ロッカー・ルームは広い。ロッカーが四百くらい並んでいる。中を開けると料理人がよく着る白い制服が入っていた。
「イベントの手伝いって、厨房勤務なんだな。皿や野菜を洗うのか。または、厨房で出る使わない部位を集めて捨てるとか、か」
飲食店勤務の経験はない。でも、洗い物とゴミ捨てくらいはできる。外に出るとキャシーが待っていた。キャシーは施設内の案内係として通路でよくすれ違った女性職員と同じ格好をしていた。
キャシーに従いて行くと広い通路の中にポツンと一軒だけ、焼きそばの屋台があった。
「瓦さんはここで焼きそばを焼いてください。お金は取らなくていいです。人が来たらドンドン焼いて渡してください」
施設内の軽食は無料サービスか、景気のよいことだ。屋台の隣には手を洗う場所があったのでさっそく手を洗う。後ろでキャシーが説明する。
「休憩と食事のタイミングは任せます。昼食は社員食堂が利用できます。休憩中は屋台から離れて構いません」
社員食堂が利用できるので一応の配慮はされている。屋台を見ると、焼きそばを作る道具は揃っていた。
屋台横のでかいクーラー・ボックスには保冷剤と食材が入っている。
三百食は作れそうだが、客数によっては材料切れもある。
「食材が切れたらどこに取りにいったらいいですか?」
「なくなったらストップです。追加で食材が届いたら再開してください。仕事時間ですが、イベントの進み具合で変わります。片付けと清掃で深夜までかかることもあります」
長時間労働の会社なので覚悟はしている。その分、きちんと払ってくれるなら問題ない。
無料の食べ物だから、個数制限があるのもわかる。無料だからとバクバク食べられたら経費がオーバーする。
「気前がいいのか、ケチなのかわからん運営だな。いったいどんな会社がやっているのやら」
焼きそばの調理に複雑な手順はない。瓦も料理のプロではない。味が良くないかもしれないが、無料の屋台の焼きそばには客は味を求めてこない。こういう屋台は雰囲気が大事だ。
焼きそばを焼く鉄板のIH機器に問題がない状況を確認する。
「終わる頃に迎えに来ます」とキャシーは去っていった。
鉄板が加熱されるのを待つと風を感じた。上を見ると、通気口がある。焼きそばの匂いを施設内に充満させないための措置だ。
いきなり調理にはかからない。食材のチェックをして傷みを確認した。はずや、つもりで食中毒を出したくはない。また、調理しやすいように配置も考えた。焼くばかりになった。
「犬が逃げたぞ!」の叫び声がした。
声の方向を見ると、獰猛な犬の一団が真っすぐ走ってくる。
「まずい、飢えた犬に荒らされたら終わりだ」
向かってくる犬の全てが大型犬。犬種も様々なので観客のペットとは思えない。なんで、犬の一団が施設内にいるのかわからないが、焼きそばを守らなければいけない。
屋台の前に立った。犬が飛び掛かってきた。
「セイ、セイ、セイ」と謎の力で瓦は犬を投げた。大型犬のスピードは速いが、ガルムより小さい。飛んでくる犬は次々と投げられた。犬がびっくりして逃げるかもと思ったが逃げない。
犬が起き上がると、瓦から距離を空けて半円系の陣形を取る。またもや、ピンチだ。犬の数は十三頭いる。全てが瓦に向かって来るなら問題ない。
正面に注意が行っている間に麺や豚肉を犬に齧られたら終わりだ。客には提供できない。犬を投げた先が鉄板の上でも同じである。焼きそばが焼けなくなる。
犬たちが唸っている。視線は瓦にだけ向いているわけではない。隙を見せれば容赦なく食材が早食いされる。隙あらば喰う気が満々だ。
犬に先手を打たせてはいけない。瓦は行動に出た。吹矢を出して犬を狙う。ドーベルマンやグレーハウンドのような犬は体毛が少ない。吹矢でも充分に刺さる。
犬には吹矢が見えていないのか、避けない。吹矢が刺さった犬はゴロゴロと地面を転がる。苦しさで悶絶しているより、急に痒みが襲ってきたようだ。
気絶しても、眠っても、転げ回っても問題ない。要は焼きそばを守れればいい。二頭目、三頭目、と倒されると、犬の頭でも瓦が「何か」をしているのかを理解した。
三頭が纏めて飛び掛かって来た。「セイ、セイ、セイ」と投げる。やられた犬は死なないが後退した。犬を投げている間に三頭がキャベツ、緬、豚バラ、の箱に襲い掛かる。
吹矢を射る。一頭に命中する。一頭が激しくのたうつ。地面でのたうつ犬に足を引っかけ犬がクーラー・ボックスに頭をぶつける。すかさず、二頭を吹矢の餌食にする。
犬は地面に体を擦り付けながら後退した。
「危なかった。顔を突っ込まれたら終わっていた。残りは四頭」
瓦がキッと睨むと、勝てないと思ったのか二頭が逃亡した。残りは二頭のゴールデン・レトリバー。ゴールデン・レトリバーは毛が長い。吹矢が当たっても体毛で止まるかもしれない。
レトリバーは瓦から目を離さないようにしてゆっくり動く。距離をとって瓦を両側から攻撃できる位置に移動した。二頭が瓦を狙ってくるのならいい。一頭を囮にして食材を狙われたら危険だ。
「食材の防衛失敗は仕事の失敗と同義だ。やらせん!」
麺がやられたら、焼きそばではなく、肉野菜炒めになる。キャベツや豚肉がやられたら焼きそばができるが、物足りないものしかできない。
瓦は食材を守るために、ジリジリとクーラー・ボックスの前へ移動する。
お互いに相手の動きの読み合いになった。読み間違えたほうが負ける。瓦が用心していると、犬がゆっくりと互いの距離を詰めていく。揺さぶりが無理と思い、作戦を変えると見て良い。
犬は触れるぐらい近寄ると、光った。犬が消えた、そこには白いワンピースをきた一人の褐色肌の少女が立っていた。




