第六話 質問の多い瓦
指定の場所は木々に囲まれた空地だった。イベントなんてやってそうにない。これから機材が届いて設営の仕事なのか? 今いる場所は交通の便が悪い。音楽関係や祭りには不向きだ。
「春も終わりだから親子で山菜取り教室だろうか。茸取りなら間違うと死者が出るぞ」
背後の森が国有林なのか、私有地なのかはわかないが、薄暗いので迷ったりすれば大変だ。また、そろそろ羆が活動する時期なので、山菜採りは危ない気もする。もやもやと迷っていると、若い女性がやって来る。
女性は金色の短い髪をした、白人だった。恰好は山歩きファッションだ。リュックも背負っている。ただ、でかい黒馬に乗っている。サラブレッド種ではない。ばんえい競馬で見た番場くらいでかい。
「貴方が瓦さんですか?」
日本語のイントネーションに違和感があるが、意思疎通は問題ない。
待ち合わせ場所は合っていた。
「瓦鬼といいます。今日から三日間よろしくお願いします」
「OKです。私のことはキャシーと呼んでください。馬には乗れますか?」
ばん馬の体重はおよそ一t。レースで牽くソリは錘と合わせて七百㎏はある。キャシーと瓦が馬の背中に乗っても動けなくなる事態にはならない。
「乗馬の経験はないです」
「ノー・プロブレムです。一工夫すれば大丈夫」
キャシーは馬から降りた。キャシーはリュックから縄を取り出す。
「今から瓦さんを縛って落ちないように馬に括りつけます」
発想がアウト・ローだ。我慢はしよう。落馬して踏まれたら即死がある。瓦が抵抗しないとキャシーは手際よく瓦を縛った。キャシーは力があるのか瓦を持ち上げて、馬の背に瓦を固定した。
時代劇で見た市中牽きまわしの罪人のようだなと感じた。
「これで森の中を移動します」
現地まで馬で行くのは初めてだ。だが、深い森の中に車は入れない。バイクを運転するのも熟練者でなければ無理だ。まして二人乗りなんて無謀だ。そう考えると、馬で移動するのは効率的な気がした。
明治とか昭和の初期には森から木を運ぶ時に馬を使った。瓦が納得すると馬はパカパカと早歩きになる。荷物扱いだが、固定の仕方が上手いのか体が痛くならない。瓦は縛られた姿勢のまま暗い森の中を進む。
「ところで、今日から三日間のイベントって何をするんですか?」
「格闘トーナメントですよ」
はてな? と思う。瓦が住んでいる緑町には牛丼チェーン店と大手家電量販店はある。だが、大きな格闘技イベントができる施設はない。森の中にそんな施設があるのなら、町の広報誌には載る。
「そんな施設ありましたかね? どこが運営しているんですか?」
「施設は自治体が造り、第三セクターが運営しています。あまり宣伝されていませんが、立派なものですよ」
なんとなくわかった。日本では珍しくない利用者の利便性を無視した公共施設だ。政治が絡んだ結果、おかしな場所に建つ公共施設の類だ。広く知られていないのも、赤字が垂れ流しだからだ。だが、疑問はある。
「でも、それなら馬で森の中を移動するのはなんでですか」
軽い調子でキャシーは答える。
「施設に続く道路は現在、渋滞です。車だといつ到着するかわかりません。なので馬で森を直線的に突っ切ったほうが早いんですよ」
合理的に色々と考えたら、馬になったのか。常識に捕らわれない柔軟な発想だ。こういう会社だからこそ、不景気な時代でも生き残ったと見える。
話をしていると霧が出てきた。森の中で視界不良となるのは不安がある。
「方向はあっていますか? 道に迷ったりしませんか?」
「スマートウオッチのGPSがあるので問題ありません」
GPSで常に位置を確認できるのなら迷わない。馬なら霧の中でも転倒しない。
だが、不安はもう一つある。
「ここら辺って羆が出るって聞いてます。霧の中でバッタリ遭ったりしませんかね?」
霧が出ている状態なら、馬にも羆にも予想外の遭遇がある。しかも、もしここでキャシーと瓦がやられたら、しばらく誰にも気付かれない。
「羆くらいなら問題ないですよ。こう見えても私は強いんですよ」
キャシーはまるで強そうには見えない。軽いジョークだ。おそらく、キャシーは馬の扱いに自信がある。見通しの悪い霧の中を馬で逃げれば羆でも撒けるとの自信だ。いやはや、頼りがいのある先輩だ。
キャシーから瓦に質問がきた。
「瓦さんは、人類抹殺救済機構を知っていますか?」
珍しい単語が出てきた。
「知っていますよ。なんかダイレクトメールが来ました」
「会場で人類抹殺救済機構の名称は出さないでください。人類抹殺救済機構と今日のイベントのスポンサーはライバルです」
これも理解できる。せっかくスポンサーになったのに、ライバル組織を褒められたらいい気はしない。かといって露骨に貶せば、信用ならない奴と扱われる。
「承知しました」
「瓦さんに質問があります。人類抹殺救済機構についてです。人類抹殺から人類を救済する組織だと思いますか。それとも人類を抹殺して世界を救済する組織だと思いますか」
キャシーの日本語は上手い。だが、ちょっとイントネーションがずれている。日本語を使いこなせるが、漢字が連なる名称はよくわからないだろう。
「前者でしょう。後者でも問題ないですよ。レストラン・タベルナとか病院で阿武内科とかありますからね」
「日本語難しいですね」とキャシーから軽い感じで返事があった。
「ハハハ」「フフフ」と笑いあう。キャシーとならギスギスした職場にならないと安堵した。
不穏なところは何もない。
霧が晴れて来ると目の前に大きなドームがある。サッカーの試合ができるほどに大きい。
まさに税金の無駄の言葉がピッタリの規模だ。駐車場に着くと、キャシーがロープを解いてくれた。
駐車場の車は少ない。あまりチケットが売れなかったのかもしれないが、余計なことは言うまい。どこで誰が聞いているかわからない。
キャシーに連れられて業者用の出入口に行く。出入口には黒服を着た屈強なガードマンがいた。顔だけ見れば堅気には見えない。営業なら顔で損するタイプの人間だが、警備ならむしろ頼もしく感じる。
キャシーが警備員の横を通り過ぎる。身分証の提示はないが停止を求められない。瓦も続いて入る。こちらも止められない。まるで見えていないかのように、警備員は目も合わせない。もう少し、愛想があってもいいと思うが、機嫌の悪い日もある。




