第五話 トーナメント
中には白い封筒が入っていた。開けると現金が入っている。額は十一万七千円。ガルムとの戦いに関するものなら端数が出るのが気になる。
「スポーツ傷害保険が引かれてるにしてもなら額が合わない。源泉徴収後の金額ならもっと中途半端間な額になるよな。何が引かれたかわからないのがモヤっとする」
明細が入っていないか確認すると明細はないが白い便せんがあった。
『トーナメントの開催』と、表題がある。異能者が出たので、戦わせたい誰かがいる。でも、トーナメント展開をするにはまだ早急だと思う。便箋を読むと、現金書留の金は配当金となっていた。
株を買ったわけでもない。賭け事をしたわけでもない。何か共有の物品を売ったわけでもない。謎の配当金だ。誤送金かもと思ったが、瓦、宛てになっていたので貰っておく。
後は手紙と一緒にスクラッチ・カードが入っていた。カードには『貴方のエントリー番号』と書いてある。
「銀色の部分を削って出た数字で対戦相手が決まるのか。こういうクジ的なのは嫌いじゃない」
トーナメントに出るかどうかは、まだ決めていない。だが、気になるので銀色の部分を削った。『ハズレ』の文字が出てきた。よくわからない仕組みだった。トーナメントには出場できる人数が決まっており、瓦は抽選に漏れた。
試合の配信が視聴できるかもしれないので、アドレスを探すがどこにも書いていない。
急に手紙を送られたが、いきなり部外者になった。いい加減な組織だと呆れた。されど、抗議をして「だったら金を返せ」と言われても損なので抗議はしない。
三日ほどしたが何も起きない。次の職を探して求人サイトを見ていると条件が良い仕事があった。労働時間が長く残業がある。だが、給与の額がいい。大卒で県庁に勤めて十年目の人間より時間当たりの単価が高い。
「怪しいかな」と会社名で検索したが悪評は引っかかってこない。会社はできて七年目。起業と廃業を繰り返しているわけでもない。ホームページを見る。
「アットホームな職場です」「やりがいがあります」「一緒に社会を変えましょう」などのうたい文句はない。代わりに「キツイです、危険です、辛いです。でも、働いた分はしっかり払います、とある」
イベント実施会社なので業務内容がよくわからない。だが、応募するだけ応募してみようと思う。WEBから面接を申し込む。
外に出て昼飯と夕食用の食材を買ってくると、もうメールで返事があった。
会社の人事担当者が明日、仕事で近くまで来るので会いたいとの話だ。
失業中なので、明日でも明後日でも空いている。
「こういうのは巡り合わせだからな、面接に行くか。もしかしたら、人生を変えるほどの出会いがあるかもしれない」
翌日、スーツを着て指定された場所に行った。会う場所は街の中にあるファミリー向けのレストランだった。ピークが過ぎているのだが、人は入っている。客層はくたびれた感じのサラリーマンに疲れたOLがほとんど、雰囲気はどんよりしている。
瓦も失業者なので、周りと対した差はない。むしろ、小金持ちマダムや女子高生で賑わう店は敷居が高い。
面接担当者は先に来ていた。こういう時に、幼女や美人のお姉さんがいたら、冒険の始まりの匂いがする。だが、そんなこともなく、いたのは中肉中背の三十代くらいのサラリーマンだった。
サラリーマンのスーツは綺麗でピシッとしている。脇にある革の黒い鞄もピカピカである。ブランド品ではないが、高級感が出ている。腕時計もローズ・ゴールドなので瓦がもらう失業保険三十日分よりは高い。
「しっかり払います」のWEB記載は嘘ではないようだ。でないと、ここまで良い物を身に着けられない。
注文を取りにウェイターがきた。面接担当者が先に注文する。
「常夏の香りお日様を燦々と受けた、チェリーソーダで」
なんか秘密の部屋にでも行けそうな注文だ。メニューを見るとちゃんとあった。他にも長い名前のよくわからない飲み物がある。面接の場でなければ試したいが、無難な品にする。
「マンダリン、ホットで」
注文を聞いてウェイターが怪訝な顔をする。
「お客様、オレンジジュースをホットですか?」
こいつは何を言っているんだ、と思いメニューを見る。ホットコーヒーの欄にはマンデリンと記載されていた。日替わりドリンクの箇所は搾りたてオレンジジュース(マンダリン)とある。
紛らわしい。いきなり面接官にそそっかしさをアピールした。このままだと、恥ずかしい奴で終わるので取り繕う。
「できないですか? 今はホットで飲みたい気分です。無理なら止めますが」
ウェイターに拒否されたら、しれっとコーヒーに変更するつもりだった。
だが、ここでウェイターが神対応ならぬ魔神対応をしてくれた。
「いえ、できます。料金はアイスより百円高くなりますが、よろしいですか?」
ボケを潰された芸人のような気分だが、自分で頼んでおいて「止めます」とは言い辛い。平静を装って「お願いします」と答えた。
面接官の眉間に皺が寄っている。明らかにマイナスからのスタートである。
面接官が最初の質問をする。
「博愛イベントの柱谷といいます。瓦鬼さんでお間違いないですか?」
「そうです」と答えると「明日から勤務に入れますか?」と質問された。
瓦とウェイターとのやりとりで何が気にいったのかまるでわからない。
「もう、採用ですか?」
「いいえ、明日から三日間、アルバイトで来ていただきたい。服装は動きやすい恰好でお願いします。もちろん報酬は払います。それで問題ないようなら採用します」
試験的に短い期間、働かせて採用の判断をする。理解できる対応だ。おそらく、急に人手がいるようになったので、面接をせず働きぶりを見て決めたいのだろう。
「大丈ですよ。一緒に働いたほうがお互いにわかることも多いですからね」
柱谷は鞄から一枚の紙を出す。紙には簡単な地図と日時が書いてあった。
「では、明日ここに来てください」
場所は郊外。最寄りのバス停から歩いて二十分。周りは畑しかない場所なので、雨風が強ければ問題だが、最近の天気は安定している。
「よろしくお願いします」と答える。
「ところで瓦さんは弊社の社長とお知り合いですか?」
予期しない質問だが、「いいえ」と正直に答えると、柱谷は不思議がった。
「社長が今日、面接する人間がオレンジジュースをホットで頼む奴なら、アルバイトと試験的に使おうって言っていたんですよ」
柱谷の言葉は嘘だと思ったが、なぜそんな奇妙な嘘を吐くのかわからない。
イベント会社なので新しいイベントの試験運用だろうか?
瓦が疑問に思うと、柱谷が財布から金を出して瓦に渡す。
「私はこれで失礼します。これはここの代金です。私の分と合わせて払っておいてください。領収書も釣りもいりません。私が注文した品はよろしければ飲んでください」
金を置いて行くのなら先に出て行ってもいいが、なんとも忙しない男だ。
不満は言わない。明日から三日間は顔を合わせて指示に従わなければならない。




