第三十八話 休日
人間とは怒っていても、お腹は空く生き物である。スーパーに買い出しに行く。冷凍食品とレトルト食品を中心に買う。棚を見ていたら、お気に入りのカレーがなかった。、知らないレトルト・カレーが並んでいる。
「いつも見ていた定番商品がない。商品の入れ替え時期なのか? でもそれにしては変わり過ぎの気がする。まるで最初からそんな商品はこの世界に存在しなかったようだ」
冷凍食品コーナーを見ても、昔からある定番商品がごっそり変わっていた。
存在していたはずの物がなかった事になる。存在していなかった物が、昔からあったかのようにある。事実なら地球の歴史が別の物になっている。
「一ヶ月足らずで、世界は変わらない。あったらホラーだ。偶々、新商品の発表やセールが重なっただけだ」
スーパーを出るが、おかしな空想をしたせいか、街並みが違って見えた。住所はかわっておらず、アパートからスーパーまでの道順と距離は同じだ。
気にすると、前回スーパーに来る時は違って見えた。通った時にはなかった家がある。空地に家が建っている気がする。『ここがこう変わった』、と断定はできない。
「人間の記憶なんて怪しいからな。思い出が美化されるように、過去は変わっていく」
カッコよく落ち着いたので、深く考えるのは止めた。アパートにある集合郵便ポストの前で足が止まった。先日、引っ越してきた『鈴木』のネームが消えている。悪戯されたのでネームを外しただけかもしれない。
気になったので鈴木の家の窓を確認する。カーテンがされていなかった。窓に近付いて中を覗くと空き家になっていた。
「引っ越して一ヶ月以内にまた引っ越したのか? 忙しないな」
不可解ともいえない。鈴木は治安を心配していた。もしかしたら、運が悪いことに犯罪に遭って怖くなったとも考えられる。集合郵便ポストの前に戻るが、ネームが消えたのは鈴木だけ。他のネームは以前と変わらず貼ってある。
顔を近づけて調べるが、陽に焼けた跡がある。二年ぐらいは貼り替えられた形跡はない。
「異常はない。他の住人の苗字は知っているが、変わっていない」
思い過ごし、と判断した。鍵を開けて家に戻った。誰かに荒らされた形跡はない。
「人類抹殺救済機構は休みだから、襲撃があるとして平日の九時以降なのかな?」
ちょいと考える。補助金詐欺を働いたNPOを、悪の組織と呼ぶのは違和感がある。
「では、悪ではないのか?」と問われれば悪と答える。補助金詐欺NPOでも土日祝日は休みで、就業時間があった。
「なら、人類抹殺救済機構が休日に動かなくても、常識の範疇だな」
日々の疑問が解決してくると、頭がスッキリしてきた。気になった変化は最初からそうだった、と段々と思えてきた。いや、思えてきたではない。最初からそうだった、が正しい。
冷蔵品と冷凍品を冷蔵庫に収納すると、チャイムが鳴る。日曜に二度の来客があるとは珍しい。用心してドアの覗き穴からそっと確認する。相手は郵便局員だった。
「レターパックを届けにきました。サインください」
ドアを開けてサイン欄に名前を書く。レターパックの色は緑だった。
「青と赤の他に、緑ができたんだ」
「ゆうメール、クリックポスト、ゆうパケット。知らない間に色々とできたからな。レターパックも種類が増えたのか。あまり増えると訳がわからなくなりそうだ」
差出人を見ると『人類抹殺救済機構』とあった。もう、うんざりだった。脅迫状か、金銭の要求かは知らないが、頭にきたら警察に相談しよう。開封すると、一枚のクリア・フォルダーがあり文章が入っていた。
紙のタイトルは『お詫び』だった。中を読む。言い回しはわかりづらいが言いたい内容はわかった。
『担当者が大変失礼な文書を配布して、不快にさせ申し訳ありませんでした。上司がチェックするのを忘れていたのが原因です。今後はチェック体制を整備します。お詫びに金券を送ります』
きちんと組織のミスを認めて、文書を送った相手に謝罪している。改善案も提示してあった。企業でよくある『誰が、誰に、何を謝罪したのか不明。原因も教えず、改善策もない』謝罪文ではなかった。
「過ちを過ちとしないのが、過ちだの偉人の教えもある。だが、こうもアッサリ、非を認めて、謝罪してくるなんて、異常な気もする」
気になったので『招集』の文書と『お詫び』の文書を比べると、明らかに違っている点が一箇所あった。
「代表理事の名前が変わっている。招集は、高田 衝。お詫びは、髙田 衡だ」
紛らわしい違いだが、別人だ。姓の、高田が髙田になっているだけなら、誤植の可能性がある。だが、同時に名の、衝を衡とまで誤植したら間抜けだ。
「組織のトップが交代して改革がなされたんだな。送付文書のチェックをおざなりにした挙句、代表者の名前まで間違える。気付かなかったら、組織としては終わっているしな」
こうなると事情が変わる。「謝るまで許さない」と意気込んだら、相手が早々に詫びを入れてきた。ここで「いや、許さん」となると、正義を振りかざす、悪人の気もする。
「これはもう終わったことにしていいのか? でも、ドッペルさんがケガしたのに金券一枚で済ましていいのだろうか?」
よくよく考えた。直接の被害に遭ったのは瓦ではない。瓦の被害は、腹の立つ文書を送りつけられただけ。
「精神的苦痛の慰謝料が金券一枚だけでは誠意が足りない」と言い出したとする。そうなれば、瓦のほうが不当要求をする、モンスター・クレーマーだ。
「誤認され、被害にあったのはドッペルさんだ。残る問題はドッペルさんと人類抹殺機構の話だ。ドッペルさんの問題に便乗して人類抹殺機構を叩くのはよくない、のか?」
瓦が拳を振り上げる。「これはドッペルさんの分だ!」と叫ぶ。拳を振り下ろす前に、ドッペルさんが「もういいですよ。許しました」って言われたら、瓦は『ネットにいる社会に不満を持つ危ない人』だ。
頭を使う問題は難しい。何が悪で、何が善なのか、と考えると、よくわからなくなってきた。
「法テラスに相談に行っても解決しないな。謝罪広告を出せ、損害賠償を払え、なら裁判になる。だが、善悪の判定を裁判所に求められても判決が出ない、か」
これまた、モヤッとする。だが、瓦にできるのは、ドッペルさんに『お詫び』を見せるくらいだった。感情を揺さぶられ、頭を使わされて瓦の日曜は終わった。




