第三十七話 休日の始り
日曜の朝がきた。気持ちの良い眠りはインターホンの音で終了する。しょうもない、宗教の勧誘やセールスだと思い、無視した。だが、音は規則正しく鳴り続ける。
嫌々の態で覗くと、自分にそっくりな人が立っていた。しかも顔に怪我をしており、服も転んだのか、汚れている。他の住人にドッペルさんを知られたくない。
アパートの契約時にも管理会社に一人で住むと申告している。別にやましいことはないが、面倒は避けたい。ドアの鍵を開錠して、少しだけドアを開けた。ドッペルさんが入ってきたので、そのまま中に入れる。
ドッペルさんは困っていた。
「正直に答えてください。最近、誰かの恨みを買いましたか?」
心当たりはまるでない。だが、今の世の中、逆恨みや妬みの種は尽きない。
「頭の中を覗かれた」「脳波を傍受されアイデアを盗まれた」「信者を使い掲示板で俺を中傷している」「神様から指令を受けた」そんな理由で家に放火する人間がいる世の中でもある。
幸い今までそんな奴との出会いはない。時代は進む。昔、安全だったから、今も安全であると考えてはいけない。
「誰かに襲われたの? どこで?」
ドッペルさんが苦い顔で語り出した。
「昨日、サンジェルマンさんを下界まで送った、後ですよ。帰り道、自販機でお茶を買おうとしました。そうしたら、不良に、お前が瓦か? と聞かれて、はい、と答えたら襲われました」
学生時代、虐められた経験は幸いにしてない。虐めた経験もない。暴走族や不良とも無関係な暮らしをしていた。
「襲ってきた相手の人相はわかる?」
ドッペルさんがスマホを見せてくれた。地面に転がる四人の男がいる。顔に見覚えはない。不良に襲われたが、ドッペルさんは不良を返り討ちにしたのは理解した。
だが、『次はやられてください』とドッペルさんには頼めない。瓦に恨まれる心当りはないが再度、不良が襲ってくる動機ができた。
日曜の朝から、不吉な予感がした。
「覚えてろとか、言われた?」
モヤッとした顔でドッペルさんが説明する。
「いいえ、そんな捨て台詞はありませんでした。話が違う! 奴のユリアン値は千に満たないはずだ! と驚いていました」
負ける側がいいそうな言葉ではある。月並みの捨て台詞では、なんの手掛かりにはならない。少年マンガに出てきそうなセリフを言われても嬉しくない。バトル展開は他所でやってくれ、とお願いしたい。
瓦の身を心配してくれたのか。ドッペルさんは警告してくれた。
「今後は俺も気を付けます。ですが、不良に瓦さんを襲うように指示した奴がいるでしょう。謎の組織とかと、日夜、戦っていたりします?」
日曜の朝だからといって、謎の組織の話題は聞きたくない。そういう話は、グッズを開発している玩具メーカーに任せたい。
「全く心当たりがない。日曜の朝なんて、放送は将棋や囲碁でいいよ」
憐れむ顔でドッペルさんが指摘した。
「それ、朝じゃなくて、もう昼ですよ」
記憶も九十七%コピーと便利なドッペルさんだが、感覚や感情は情報としてしか知らない。感じ方は違うのだと、知った。
危険を知らせて用が済んだのか、ドッペルさんは瓦に背を向ける。
「一応、お知らせしましたからね。俺は鏡の世界に戻って寝ます」
日曜の朝の幸せな時間を潰してまで教えてくれたドッペルさんに感謝だった。
ニュースの見出しをチェックすると、『超能力ブームの終焉』とあった。
「以外に早くブームが終わったな。ブームはいずれ終わるものだからな」
瓦に備わった能力も消えるかもしれない。問題はない。想い起こせば、能力を得て徳をした回数より、損した数のほうが多い。
メリットを(数×質)で算出すると、する。デメリット(数×質)も同じように数値化する。メリットからデメリットを引けば大きくマイナスだ。異能なんてなくてもよい。再度、惰眠の海に戻ろうとしたが無理だった。すっかり目が覚めた。
ドッペルさんもアパートから離れた頃だ。ドアを開けて外に出る。用心したが、怪しい人物は見えなかった。集合郵便ボックスに瓦の場所を開けると、よくわからんチラシや封筒が入っていた。一週間、見ないとそこそこ溜まる。
全部がゴミだと思うが、中を調べずに捨てはしない。払い忘れた請求書が混じっていたら困る。学生と社会人は違う。未成年者による契約取り消しの対象にはならない。
部屋で中身をチェックすると、一通の封筒を除いてゴミだった。以前なら手にした封筒もゴミだったが、今は状況が違う。封筒の差出人は『人類抹殺救済機構』だった。
名前を見てガックリした。
「ドッペルさんに嘘を教えた。いたな、謎の組織。こいつか? こいつらが原因か?」
淡い期待を胸に封筒を開ける。中から『招集』とタイトルの紙が現れた。
中身を読むと、ゴチャゴチャと書いているが用件はわかった。呼び出しに応じない場合は敵対者と見做すとあった。気分が悪い事この上なしだ。
「一方的に呼びつけて、来ないと敵って、今どきの反社でもしないぞ」
ドッペルさんを襲った犯人に目星は付いた。ドッペルさんは瓦が知らない情報は知らない。身代りに戦わせてしまった。瓦にしてもいい迷惑は同じだが、ドッペルさんには申し訳ない。
対策を考える。文面から脅迫罪や強要罪の適用は可能だ。問題は差出人として、しっかり『人類抹殺救済機構』の名前がある。名前を見ただけで、警察は捜査を止める。
「おのれ人類抹殺救済機構め、いかれているのか、頭がいいのか、わからん奴だな」
封筒にご丁寧にも住所が記載されていた。場所は青森県の六ケ所村なので気軽に行ける場所ではない。電話番号もあったので、非通知でかけると、音声案内が始まった。
謎の組織は腹の立つことに、ナビ・ダイヤルを採用していたので料金が発生する。大した金額ではないとは思いつつも、腹立たしい。
音声案内に従って、数字のボタンを押して、「オペレーターに繋ぐ」まで進めた。しかし、オペレーターが出ない。代わりにメッセージが流れる。
「営業日は土、日、祝日と年末年始を除く平日です。営業時間は午前十時から午後四時までとなっております。申し訳ありませんが、営業時間内にお掛け直しください」
謎の組織の連中は頭が良いのかもしれないが、馬鹿だと思った。
「誰が導線を考えて、このメニューを作った。これ、客なら怒るぞ」
メッセージが終わると音声案内がブツ、と切れた。日本の謎の組織も土日も休みだった。イラっとするが、「土日も対応しろ」と言おうものならカスハラ呼ばわりだ。
封筒にはWEBアドレスがあるので、アクセスする。『サーバメンテナンス中』と表示される。メンテナンス時間は日曜の朝九時から、月曜の朝九時までだ。
現在の時刻を確認すると九時二分。電話を架けなければページは閲覧可能だった。
「人類抹殺救済機構、お前は俺を怒らせた。謝るまで許さん」
瓦の中で人類抹殺救済機構を敵と認識した瞬間だった。




