第三十三話 話を聞かない人
瓦の悩みなんてどうでもいいのか、嘉納はコーヒーを堪能していた。
迷いはある。解決方法もある。詳細な順位を教えず「去年の世界ランキング保持者です」とナムに説明すればいい。
接待なのでナムが勝てばいい。逆にナムが良いとこなしで、嘉納が圧勝しても困る。
「嘉納でもいい。とにかく協力してほしい」
瓦の言葉に嘉納が眉間に皺を寄せる。「嘉納、でも」とだけ呟く。気を悪くさせた。
「嘉納先生にお力を貸していただけると助かります」
瓦が言い直すと、嘉納は機嫌を戻した。
「条件次第かな。いい就職先はあるか?」
御老公のお付きを嘉納は解雇された。原因は瓦に勝ったが、勝ち方が危うかったせいと予想できる。瓦に職を紹介できる人脈はない。一時的な金ではなく保証された身分となると難しい。
瓦はここで利用できるものに気が付いた。サンジェルマンからもらったカードを出した。
「カードの連絡先にコンタクトを取るといいよ。条件はサンジェルマンとで決めて」
怪しい紹介カードなので嘉納は拒否するかとドキドキしたが、嘉納は財布に紹介カードしまった。
「これが某の連絡先だ」
嘉納は納得してくれた。縁とは不思議なもの。何が幸運を呼ぶかわからない。嘉納が、ヤーレン・ソーランに加入すれば臨時収入にもなる。
名刺入れに嘉納の名刺を仕舞おうとして瓦は気が付いた。紹介用のカードが一枚少ない。どこかで落としたかもしれないが、気にはしない。高価な物ではないし、なくなればサンジェルマンにもらえばいい。
翌日、ナムに連絡する。
「強いプレーヤーが見つかりました。去年の世界ランキングに掲載された人物です。少し強すぎますか?」
電話の向こうから、ナムの弾んだ声がする。
「いいぞ。実にいいぞ。よしこれから指定する場所でデュエル開始だ!」
予想通りの展開だ。でも、安心してはいけない。順調な時にこそ悪魔が微笑む。
翌日、嘉納を連れて指定された場所に行った。嘉納はスーツ姿ではなかった。瓦と戦った時のように道着に袴姿だった。女の子と遊ぶファッションではないが、文句は言わない。むしろ、タイ人からすれば、喜ばれるかもしれない。
指定された場所は原っぱだった。ホビー・ショップもコンビニもない。自動販売機もなければ、水飲み場もない。もっと率直いえば、電気も水道も通ってない場所だ。
間違えたかと思い、GPSで確認するが合っている。
異常は嘉納も感じたのか、瓦に疑問をぶつける。
「お主、某をたばかったのか? 野点で茶を淹れるならわかるが、あまりにも相応しくない」
疑われても仕方ない状況だが、嘘偽りはない。瓦が困っていると、四駆の軽自動車が来た。自動車からは、三人の人物が降りる。ナム、いつか見た忍者、先日の謎の女性こと田中カミラだ。
まんまとナムに騙された感じがする。悪魔はやはり見ていた。ピンチではあるが、嘉納がナムとグルだとは考え辛い。もし、戦いになっても三対二ならどうにかなる。
ナム以外とは不本意だが戦った経験はある。ナムの戦闘力が瓦と同程度なら、勝ち目はゼロではない。
ナムが表情をキラキラさせて、嘉納をビシッと指差す。
「勝負だ。ルールはアルティメット・レギュレーション。カウントとパージ・ゼロの有り有りだ。決着はスリー・コール・エンドでライフ・マッチだ」
ナムが日本語を話しているが、何を言ってるかサッパリわからん。
ナムの言葉に嘉納が当然の如く答える。
「承知した。アルティメット・レギュレーションなら、アンティは有りだな。お主は何を賭ける。またサーバントはなんだ?」
わかるもの同士で勝手に話を進めるのは止めてほしい。何が起きているのか、何が起ころうとしているのか、理解が追い付かない。瓦の戸惑いを他所にナムは会話を進める。
「サーバントは隣の忍者だ。私が負けたら、忍者をヤーレン・ソーランに加入させる」
漠然とわかった。瓦たちが勝てば、忍者が仲間『?』になる。ナムからの条件は問題ない。ヤーレン・ソーランの人数が増えれば、瓦の収入になる。だが、嘉納が負けた時はどうする。釣り合うものがわからない。
瓦が迷う暇なく、嘉納が話を進めた。
「それも承知した。ならば、某のサーバントは瓦。某が負けたら、古式に則り魂を捧ぐ」
不吉な流れだ。瓦の知らないところで、ドンドン話が進んで行く。サーバントが何をする役かわからない。
「魂を捧ぐ」は日本語としてはわかる。だが、具体的に負けた時にどうなるのか意味不明だ。業界用語や楽屋ネタは止めてほしい。
さすがに黙っていられないので声を上げた。
「おい、ちょっと待て。説明を求めるぞ」
誰も瓦を見ない。こっちを見ろ、と要求しようとしたが、カミラが動く。
「デュエルの締結を認めます。ヤーレン・ソーラン、筆頭のこのカミラが見届け人です」
「だから待てって、俺の質問に答えてくれ!」
叫んだ後で気付いた。今この場で瓦の話を聞こうとする奴は誰もいない。全員が『人の話を聞かない奴』で構成されている。危険な状況を理解したが、もう遅かった。
ナムと嘉納が威勢よく同時に叫ぶ。
「デュエル・スタンバイ」
「ゴー」とカミラが凛として声を張り宣言する。途端に、辺りが暗くなった。全員が黒い板に囲まれたリングの上にいる。危険なので進行を止めようとしたが、瓦の体は動かない。声も出せない。
ルールがわからない内に、デス・ゲームが開始された予感がした。止めてほしいが、決着するまで止まらない予感があった。




