第三十二話 裏工作
夜まで待ったが柱谷は帰えらなかった。翌日、出社すると既に柱谷がいた。
柱谷は瓦を見ると、先に口を開く。
「時間がなかったから、記事はサイトにアップしておいた」
遅かった、もう言い出せる雰囲気ではない。こうなれば裏工作しかない。隙を見て外に出てナムに電話する。呼び出し時間が長く感じた。出ないかと思ったら、つながった。
「瓦です。昨日の記事のことでご相談があります」
電話の向こうのナムは機嫌が直ったのか、軽く応じてくれる。
「どうした、よく書けているだろう。日本語、がんばったぞ」
できるだけ丁寧に瓦は頼む。ただし、求める内容はハッキリと伝える。
「昨日送っていただいた記事ですが、俺が書いたことにしてもらっていいですかね」
あっけらかんとナムは答えた。
「なんでだ? お前にやった記事だからお前のものだろう」
ナムは著作権をよく理解していない。無知な子供に付け込むのは悪人のする所業。だが、ここまで来たら悪事に手を染めるしかない。こうして人は『汚い大人』になっていくんだなと悟った。
「クレジット表記はなしで、著作権を譲渡してもらえると考えていいんですよね」
「よくわからんが、それでいいぞ」
悪事が成立した。ここで何も渡さないのではさすがに後ろめたい。また、相応の対価を渡しておけば、露見したあとの保険にもなる
「では、そのようにさせていただきます。それで記事のお礼をしたいのですが、何がいいでしょう」
高い物を言われても困るが、安過ぎても困る。ほどほどの物を要求して欲しい。
「ペケペケ・レジェンズって知っているか。カード・ゲームだ」
ルールは知らないが、名前は知っている。子供の間で人気が高いカード・ゲームだ。あまりの人気の高さにレア・カードが高額で取引されている。特に最近は中古カード販売店に泥棒が入るほどだ。
「高額なレア・カードが欲しいのか」と内心、ドキドキした。
有り得る話ではある。レア・カードといっても種類がある。安いカードならいいが、高額カードなら解雇前提で弁護士を雇ったほうが安い。
「知っていますけど」と答えると、電話の向こうのナムが喜んだ。
「なら強いプレーヤーを紹介してくれ、一緒に遊びたい」
遊び友達が欲しい、子供らしい願いではある。カード・ゲームで遊ぶくらいなら瓦でもできる。だが、用心しなければならい。
「俺が相手になります」発言は危険である。瓦はカード・ゲームのルールさえ知らない。ナムは頭がいいのでまるで相手にならないでは、要求を満たせない。現状ではナムに借りを作っている状況だ。不義理はしてはいけない。
「わかりました。探してきます」
瓦の答えにナムは素直に喜んだ。
「おお、本当か! できるだけ早く頼む」
子供と大人では時間の感覚が違う。ナムが早くと急かすなら、遅くても明日の朝、ナムが起きた時には用意していなければアウトだ。ここで、「話が違う」とナムが周りに愚痴ったら、悪事が表に出る。
電話を切ってから、考える。高校時代にカード・ゲームが好きな同級生はいた。顔と名前はわかるが、連絡先がわからない。言ってみれば、その程度の付き合いだ。また今もカード・ゲームをやっているかはわからない。
「好き=強いとは限らない。下手の横好きの言葉もある。誰かいないか?」
一人だけ思いついた、嘉納だ。カードを使って現実にモンスターを召喚する能力者である。カード・ゲームが弱いとは思えない。
嘉納の連絡先は知らないが、キャシーなら調べてくれる。電話をするが出てくれない。しかたなくショートメールで嘉納の連絡先を知りたいと頼むと、番号だけのメッセージが帰って来た。
お昼休みに近くのコーヒーチェーンでスマートフォンを架ける。同じタイミングで三m、先の客の電話が鳴った。視線を送るとスーツ姿の嘉納が座っていた。
見間違いかと思ったが、電話の向こうの声と嘉納の声が重なる。
「瓦だけど、後ろを見てくれ」
呼び掛けに嘉納が振り返る。嘉納もまた瓦の存在に驚いた。
「なんでお主がここにおるんだ?」
「不思議だな。俺のほうも理由を聞きたい」
嘉納が警戒しながら答えた。
「昼過ぎに人と会うんだ。待ち合わせ場所がここだから、時間を潰しておった」
嘉納が誰と会うと知らないが、恐ろしい偶然だ。瓦は嘉納の向かいに座る。
「事情があって嘉納の力を借りたいと思って電話した。そしたら、近くにいたから驚いた。ちょうどいい、俺の話を聞いてくれ」
嘉納は瓦の態度に警戒していた。話をどんどん進める。嘉納の待ち人が予定より早くきたら困る。
瓦が用件を切り出した。
「カード・ゲームが得意だろう。ペケペケ・レジェンドの対戦者を探している」
嘉納は瓦の言葉を聞いて皮肉った。
「いい御身分だな。平日の昼間からカード・ゲームの相手を探しているとは」
「違う、俺の相手じゃない。得意先への接待としてカード・ゲームが強い相手を探している」
嘉納の表情は渋い。明らかに乗り気ではない。
「人探しはいいとして、なぜ某なんだ? お主とは友でもない。仕事仲間でもない」
指摘の通りだ。でも、話に付き合ってくれるのなら脈がある。
「命を懸けて戦ったなら、もう友だろう」
瓦の言葉を嘉納は腐した。
「少年マンガの主人公気取りか? そんなわけなからろう。某はお主に殺されかけたのだぞ」
嘉納の主張の通りだ。『拳で語れば決闘罪』の格言もある。
「そこはそれとして、頼みを聞いてくれ。報酬も用意しよう」
ナムに金を渡さなくていいなら、嘉納に使える。
瓦の誘いに嘉納は不機嫌に答えた。
「お主は大きな勘違いをしておる。ペケペケ・レジェンドは知っている。ルールもわかる。だが。某、カード・ゲームは強くない」
驚きの事実だった。トランプを武器に戦う男が「ポーカーって苦手なんだよな」と告白するようなものだ。そんなことあるのか? ジョークもしれないので確認する。
「でも、嘉納はカードで戦う能力だよな」
瓦の言葉に嘉納はムッとした。
「だからなんだ? 日本人の家には茶室と刀があると思っているのか? それなら、アメリカにでも引っ越せ」
嘉納からは正論しか出てこないが、誤算だった。
瓦が黙ると、嘉納がカフェラテを飲みながら答える。
「今年は忙しいので大会に出ていない。去年の成績はクラシック・レギュレーションの部で世界ランキング九百九十位だ。その程度の強さだ」
迷いのある数字だった。ゴルフの競技人口はおよそ六千万人。ゴルフ世界ランキングで九百九十位ならプロ・レベルだ。だが、ペケペケ・レジェンドの競技人口がわからない。
「ペケペケ・レジェンドの世界ランキングって何位まであるんだ?」
「公式サイトに掲載されるのは世界ランキング千位までだ」
世界に嘉納より強い人間が九百八十九人『も』いる。別の言い方だと、嘉納より強い人間は世界に九百八十九人『しか』いないとも言える。「これはどっちだ?」と瓦は悩んだ。




