第三十話 強敵ナム
狂言侍は弱い。印象に残るほどの強さはない。されど、恰好は奇抜だったので、記憶に残った。衣装も大袈裟で、顔も隠していたので、すっかり油断していた。
「いつ俺が狂言侍だと思いました?」
口にしてなんだが、これでは悪役の自白だ。狂言侍だと見抜かれるのはいいが、暗殺者扱いは困る。
ナムは澄ました顔で講釈する。
「見た時からだ。歩き方が同じだった。また兄者と戦って三十秒も立っていられた奴はあまりいない。気絶していても、同じだ」
一撃でやられたと思ったが、事実は違った。意識がないのにランワッドと戦っていた。
キャシーが「いい試合でした」と評価していた。あれは嫌味ではなかった。意識が切れてもなお立って戦った振る舞いに感心していた。
「だから、知らない内に負けたのに、評価が高かったのか」と、苦く思った。
オレンジ・ジュースをストロー使わずにナムは一気に飲み干す。豪快な飲み方だ。飲んでいるのが酒なら山賊の頭目のような貫禄だ。
自信タップリにナムが意見する。
「日本の諺に、男子三日会わざれば刮目して見よ、とある。腕を上げたようだが、まだまだだな」
歩き方を見て正体を知る。さらには一目で腕を上げたと理解する。達人の如き振る舞いだ。だが、言わねばならぬことは言う。
「ならばいいましょう。ナムさんが言った格言ですが、元は中国の故事からきてますよ。だから日本の諺ではないです」
「そうなの?」とナムは目をパチクリさせる。知った言葉を自慢したかったのだろう。だが、間違っていたら教えてあげるのが親切だ。
ちょうどよく間が空いたので本題に戻そうとする。
「それで、お兄さんのことですが……」
「それはいいから」と再びナムが自然に瓦の言葉を遮った。
ナムは瓦のペースには付き合う気はない。
「インタビューとは魂と魂が鎬を削るもの」と、どっかの記者が語っていた。
自分のペースで進めたい瓦、自分の土俵にあげたいナム。口喧嘩とは違う、別次元の戦いだ。殴り合いなら瓦に勝ち目はない。だが、駆引きなら負けるとは思えないし、負けたくもない。
ここしばらくの間、敗北ばかりだった。この一戦は落としたくない。負け癖が付く。瓦の闘志が静かに燃えた。弱気は敗北に繋がる。
「いえいえ、お兄さんのことを聞かせてください」
発言をひっくり返されたのか、ナムがムッとした。
「何が聞きたい。狂言侍が知りたい話は全て私が知っている。私が代わりに記事を書いてやる」
かなりの強気だ。言語スキルを『話す』と『書く』に分類したとする。『書く』のほうが難易度は高い。日本語を話せるようになったからといって、ナムが瓦より上手く記事を書けるとは思えない。
駆引きのためにあえて意地悪く言う。
「では、できなかったらどうします?」
ナムはちょいと首を傾げる。
「そうだな、記事を書いてやろう」
やはり子供だな、と瓦は微笑ましく感じた。それらしく日本語を話せてはいるが、理解が追い付いていない。受け答えがおかしい。
瓦の意地悪な態度に触発されたのか、ナムも同じ態度で言い返す。
「だがもし、お前が負けたら命をもらう」
ナムの日本語はマンガかアニメから学んだと推察できた。マンガ的な流れだ。
間違いに気付いていないナムが決めた。
「では、勝負だ」
瓦の言葉が伝わっているようで、伝わっていない流れだ。瓦の目的はナムを馬鹿にすることではない。ランワッドへのインタビューをさせてもらう繋ぎだ。ナムの機嫌を損ねずに、ナムの間違いを訂正しなければならない。
瓦がどういおうかと考えていると、ナムはポケットからサイコロを取り出す。何かの骨を削って作ったと思われる六面体の民芸品だ。
どんどんナムが話を進めて行く。ナムが渋いおっさんの声真似をしながら提案する。
「これからサイコロを振る。その目を当てたら貴様の勝ちだ。決めろお前の運命を」
さっきは「お前」と呼んでいたのに「貴様」に変わった。ナムのセリフはどこかの作品の真似だ。だとしたら、凄い。こうもきっちり覚えられるのだから学習能力は高い。
なんとなくだが、攻略法が見えた。マンガならキャラ同士のやりとりのセリフを言えば、受ける。
共通の話題で「あれはカッコイイですよね」「あのシーンいいですね」盛り上がれる。ナムの心が開けば、インタビューへの道が拓ける。問題は『何の作品か』が推定できないことだ。
前後の会話やキャラに特徴的な口調があれば、まだわかりやすい。ナムの短いセリフでは思い当たらない。
かといって、「ヒントをください」とは言えない。言えば雰囲気がブチ壊しになる。サイコロの目なら六分の一で当たる。だが、セリフ当てなら、正解は数字ではない可能性もある。
難しい、が正直な感想だった。脳みそフル回転させるが、わからない。瓦は馬鹿ではない。現状は東大生百人の助力を得ても正解しない。
ナムの顔を見ると、期待がアリアリと出ている。早くあの言葉を言え、の空気だ。ランワッドも強敵だったが、ナムもまた強敵だった。かといって、あまり待たせてはいけない。気が付けば厳しい戦いになっていた。
考えたがわからない。質問が可能な掲示板の力を借りればわかるかもしれないが、時間的に無理だ、またナムの目の前でスマートフォンを出して操作すれば失礼だ。どうする?




