第二十九話 インタビュー
第二十九話 インタビュー
質問すれば教えてくれるが、柱谷は三日ほど目を合わせてくれなかった。悪評が伝わったのか、間口も同様だった。御手洗は翌日から東京出張なので顔を合わせていない。
目を見て話してくれるのは経理の大井戸だけだった。大井戸は品のいいお婆ちゃんの言葉が似合う女性だった。スーツも着慣れているのか様になっている。いつもニコニコして怒ることがない。
瓦に会計ソフトの使い方と請求書、見積書、納品書の出力方法を教えてくれる。大井戸のおかげで空気は悪いが、居づらくはなかった。
四日目、柱谷が電話に出た後に瓦を呼んだ。柱谷は怒ってはいるが、怒りは和らいでいた。
「急な用事ができた。瓦くんはランワッドさんの所にインタビューに行ってくれ」
行くのはいいが、インタビューは初経験だった。こういう時、最初は先輩に従いていってやり方を学ぶべきだとは思う。だが、小さな会社なので手が足りない。
「何を聞いてくればいいですか?」
柱谷はセカセカしていた。
「帰ってきたら、ランワッドさんの紹介記事を書いてもらう。記事は四百字程度だから、記事を書くのに必要な事柄を聞け」
やるべき仕事はわかったが、記事を書いて納品した経験はない。もっと具体的な指示がほしいところだ。
用件を言い終えると、柱谷は行き先掲示板にダイソン整形と書いて、出掛ける。どこか悪いのかなと思うと、大井戸さんがニコニコして教えてくれる。
「ダイソン整形外科はお得意様よ。よくイベントのスポンサーになってくれるわ」
街にある公営病院が赤字だからといって、個人病院も赤字とは限らない。瓦の町も高齢化の影響を受けている。整形外科なら老人が顧客として付けばリピーターになってくれるので、儲かる。
次いで、戸口が席を立ち、がぶっきら棒にポンと瓦の机にメモを置く。
「ここにランワッドさんが宿泊している。インタビューのアポは取ってあるわ。インタビュー時間は十五分しかない。遅れないでね」
戸口は外出先掲示版にヒジカタ印刷と書いた。大井戸からは特に説明はないが、イベントをやるなら印刷会社に発注する物は多い。
メモの時間を見るとインタビューの時間は迫っている。場所は駅近くのホテルなので七、八分も歩けば到着する。とりあえず、メモとペンを用意すると大井戸がボイスレコーダーを渡してくれた。
「名刺を忘れないでね。録音する前には、きちんと許可を取るのよ。いきなり録音するのも嫌がる人もいるから。あと終わったら、お礼は必ず言うのよ」
当り前の内容だった。新人は思わぬミスをするから行き掛けに注意する。大井戸さんは枯れたお婆さんだが、職場に潤いをもたらしてくれる。
「行ってきます」と元気よく瓦は事務所を出た。
ホテルに入ってロビーでランワッドを呼んでもらおうとすると、ラフな格好のランワッドがエレベーターから出てきた。
ランワッドは機嫌が悪いのかムスッとしている。恰好もラフなので外国人のチンピラにしか見えない。顔を知らなければ、関わり合いになりたくない。
瓦がランワッドの前に行き挨拶する。
「博愛イベントの瓦と言います。柱谷の都合が悪くなりました。私が代わりにインタビューをします」
ランワッドはギロリと瓦を睨んだ。日本語が通じないのか、と困った。ランワッドの後ろにいた、背広を着たタイ人の年配男性がランワッドの代わりに答えた。
「今日のインタビューは中止だ。チャンピオンに用事ができた」
ランワッドは強い。格闘技大会において、何かしらの競技で何かしらの階級、のタイトルを保持者の可能性は充分ある。かといって、ランワッドを逃がしては無能だ。
確実に仕事ができない奴との評価を柱谷から受ける。
「待ちます。夕方くらいにインタビューをさせてもらえないでしょうか」
年配の男性は冷たく瓦を突き放した。
「ダメダ、チャンピオンは忙しい。予定が空いたらこちらから知らせる」
勘だが連絡は来ない。追い返して、予定を消化したら帰国する気だ。
「せめてスケジュールの再調整をさせてください。インタビューの目途を立てたいです」
「ダメだ。帰れ、帰れ」と年配の男性は野良犬でも追い払うかのように冷たい。
年配男性の後ろからランワッドの妹のナムがひょっこり出た。
「焼きそば屋、どうした? これから焼くのか」
ナムは前に日本語を話せなかった。今はネィティブほどではないが、きちんと話せる。子供の学習能力には恐れ入る。ここで、ナムを邪険に扱ってはいけない。
瓦は身を屈めて、ナムに微笑む。
「今日は違うよ。記事を書くために、お兄さんにインタビューしに来たんだよ」
年配男性の顔が「不快」から「面倒だな」に変わった。年配男性はナムを怒らせたくない。
「ナムと親し気にすればいけるか?」と淡い期待を持つと、ナムが胸を張って答えた。
「よしわかった、感謝しろ、私が兄者の代わりに答えてやろう」
斜め上を行く展開だった。ナムの決定をきいたランワッドが、ムスッとしたまま歩き出す。年配の男は慌ててランワッドの後を従いていく。
年配の男が振り向いて、瓦に命令した。
「そういうことだ。後は上手くやってくれ。くれぐれも失礼のないようにな」
ここで無理に食い下がると収穫はゼロの上、二度とチャンスはない。ならば、妹談として記事を書いてほうがいい。ダメならランワッド妹を通せば再スケジュールの可能性がある。
「急がば回れだな」と瓦は頭を切り替えた。
ホテルの喫茶コーナーでランワッドの妹と向かい合う。きちんと名刺を渡してから頼む。
飲み物はお互いにオレンジ・ジュースを注文した。
「博愛イベントの瓦鬼です。今日はよろしくお願いします。インタビューの内容は後で記事にしたいので録音してよろしいですか?」
「許可しよう」とランワッドの妹は大物のように応じる。
「では、まず……」と瓦がインタビューを開始しようとすると、ナムが止める。
「それは置いておこう」
置いて置かれては困る。インタビューが本題だ。かといって、ナムの機嫌を悪くしてはいけない。瓦が困っていると、ナムがストローを咥えて、吹いた。ストローが凶器のように飛んできた。
とっさに首を捻って避けた。ストローが瓦の後ろの座席に刺さっている。
ナムがニコリと笑った。
「お前は狂言侍だな。兄者の寝首を掻きにきたか?」
とんでもない誤解だが、百%の誤りではない。これは下手をすると無事に帰れない気がしてきた。




