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第三話 ガルムとの戦い

 洋館の中は、いたって普通の洋式の造りだった。調度品の類はないので、いささか殺風景だ。家は売りに出している。生活に必要ない品は処分したと思える。売れたらさっさと引っ越すのだろう。


 キャキャと小さな女の声がした。声のした方向に目をやるが誰も見えない。


 ただ、バタバタと足音がする。

「こっちへ来いとの意思表示か。案内板のほうが親切だが、館の雰囲気からすれば小さな女の声で誘導するのもありだな」


 紅茶を恵んでもらいに来ているので従った。足音は瓦を洋館の奥に誘う。結局、女の子には会えなかったが、扉の前に辿り着いた。扉を開けると、軽いめまいを覚える。


 ドアの向こうは石造りの広い部屋だった。ただ、二階までの吹き抜けになっている。高さは高く二十mはある。二階の空間にはテラスがあり、一人の男が立っていた。


 男は襟に白いヒダがある黒い服を着ていた。髪は黒で顔は精悍であり、威厳を感じる。


 見た目は館の主だが、紅茶をタダで振る舞う気配はない。男は上着のポケットから小さなベルを出して鳴らす。


 冷たい金属質な音が部屋に響いた。部屋の中央が光った。部屋の中に炎に包まれた獅子が現れた。

男が瓦に告げる。


「ガルムに勝てたなら客人と認めよう。紅茶も振る舞う。だが、できないのならガルムの餌になってもらう」


 タダで紅茶が貰えると思ったら、想像以上に高くついた。

「やっぱり止めます」と中止を求めて帰れる雰囲気ではない。また、口の中がクッキーと紅茶を求めている。


「クッキーがダメになると困るので預かってください。ガルムに勝った。だが、クッキーが灰になった。では本末転倒です」


 男はフッと笑う。

「言葉の使い方は合っているかどうかは置く。逃げずに立ち向かう心意気は褒めよう。だが、ガルムに勝てるのか?」


「なんとかなる気がします。予感、予知、予言、自信の類ではありません。もっと不確実なぼんやりした物です。人はそれを当てずっぽうと呼びます」


 強がりでもなければ、無茶でもない。本当にどうにかなる気がしていた。

「全く持ってダメだろうと呆れるな。だが、結果を見ずに切り捨てる真似はしない。人間でいうところのガチャも引かねば当たらない、だ」


 男が再度ベルを鳴らすと、広間に禿げ頭の執事が現れる。

 執事はニヤニヤしながら瓦に近寄って来る。


「貴方様のお宝をお預かりします。僭越ながら確認しておきます。お客様が亡くなられた場合です。クッキーはこちらで処分してもいいですか」


「とんでもない。その時は墓に供えてください。できれば紅茶と一緒に。ここまでして人に取られたくはない」


「畏まりました」と執事は了承して、クッキー缶を受け取った。


 クッキーの安全を確保したので獅子と向き合う。獅子は瓦を完全に舐めているのか行儀よく座っている。手に意識を向ける。今度はきちんとした吹矢が手の中に出てきた。武器が出たが、所詮は吹矢である。


 吹矢で炎を纏った獅子のガルムを倒せるのか? 普通に考えれば無理である。獅子の皮すら傷つけられない。それどころか体毛に弾かれて終わり。ダメージでいえば一どころか一ppmすら怪しい。


「蝿と戦った時には殺虫剤のような効果があった。なら、矢に毒があるのかもしれない」

 矢に毒があるとする。それでも、蝿が動かなくなるまでは何度も攻撃した。


 大きさからすればガルムは蝿より二回りくらい小さい。それでも一撃で即死させられるほどに毒は強くない。蝿との戦いでは敵の攻撃を曲げたオート・ガードがあった。ただ、質量があるものには効果がほとんどない。ガルムなら飛びかかられて終わりだ。


 八方塞がりで死亡待ったなしの状況だが、なぜか瓦には恐怖心がない。


 目の前の状況が夢だとは思ってない。

「世の中、何があるかわからない。特に勝負事にはな。もっとも、俺の頭が狂っているだけかもしれない、が」


 二階から見下ろす男が茶々を入れる。

「かもしれない、ではなく。狂っているのだよ。君が持つ力は狂気だ。狂えば狂うほどの強くなる」


 馬鹿にしているのか、アドバイスしているのかわからない。それは後で紅茶を飲みながらゆっくり聞こう。


 瓦が何もしてこないので、ガルムが飽きたのか立ち上がる。


 吹矢を構えて吹く。見えない矢が飛んだ。ガルムには軌道がわかっていた。ひょいと首を傾けガルムは躱した。


 矢が自動装填される。吹くだけでいい。武器が銃ならガンガン撃ちまくればいい。だが、吹矢は連射できても手数では勝負できない。再度、矢を撃つ。ガルムが今度は目を瞑って避けた。三回、四回と攻撃するが全部回避された。


「獅子は兎を狩るのも全力を尽くす、は嘘だな。完全に遊んでいる」


 壁際の執事が教えてくれる。


「サバンナの獅子とガルムは形状が似ていますが、別の種です。牛と水牛は同じ偶蹄目ですが、黒毛和牛と水牛は別の科に属する別の種です。それぐらい違います」


 よくわからない例えだが、別の生物なら理解できる。ガルムは獅子とは違う。燃え盛る炎を纏う和牛も見た記憶がないからそうだろう。


 当たらないので瓦は攻撃を止めた。勝利を諦めたわけではない。かといって、有効な手段を思いついたわけでもない。


 瓦の攻撃が止むとガルムが目を開ける、ガルムが冷たい瞳を瓦に向けた。ガルムがゆっくりと瓦に向かって歩いてきた。


 瓦は逃げなかった。瓦とガルムの距離が三mまで近づく。ガルムが飛び掛かってきた。瓦はガルムの攻撃を腕で防ごうとした。ガルムとの距離が十㎝まで縮まる。瓦は腕でガルムを払い除けようとした。


 ガルムの姿勢が崩れてあらぬ方向に飛んだ。ガルムは背中から地面に落ちた。ガルムは驚いていた。瓦も驚いた。瓦は触れてはいないがガルムを投げた。瓦は柔道も合気道もやっていない。完全なる謎の投げだ。


 奇跡というより異常事態だ。ガルムが再び飛び掛かってきた。ガルムに手を向ける。ガルムを掴んでいないが、「セイ」と掛け声を掛けて腕を振る。ガルムが空中で不自然に向きを変え飛んだ。


「なんだか知らんが、投げ技を使えるようになったな。見えないが、頭上で!マークが出ているのかもしれん」


 ガルムが何度も飛び掛かる。そのたびに「セイ!」と声を掛けて投げる動作をする。ガルムが面白いように転がる。傍からみればインチキ合気道の面白動画に見える。気のせいか背後に腕組みした武術の達人の霊が立っている気がした。


 危機は脱したが道半ばである。ガルムが一万回、飛び掛かって来ようと投げる自信はある。だが、ガルムは石畳の上に何度も投げられているが大してダメージにはなっていない。


 これでは瓦は勝てない。

「やってみるか」、瓦はバスケット・ボールを両手で抱える形を取る。そのまま、体を捻る。


 手の中に見えない力が溜まる気がした。いけると感じた。

 瓦の雰囲気が伝わったのか、ガルムが身構えた。瓦の攻撃を見極める気だ。


「狂乱波砲拳」

 格闘ゲームのキャラの声を真似て共に腕を突きだす。


 何も起きない。シーンとなる。

「あれいけると思ったんだけど。流れ的には間違っていないはず」


 何も起きないと知り、ガルムが警戒姿勢を解除した。ガルムが飛び掛かかってきた。

「キャン!」


 ガルムが突然、叫ぶと顎を上に向けて跳んだ。ガルムが地面に倒れたのでKOかと思ったが、ガルムはすぐに立ち上がった。効果は充分にあったのかフラフラだった。


 もう少しで勝てそうかと予想すると、裏切られた。ガルムが真っ赤になって、勢いよく全身から火を噴き上げた。

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