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第二十七話 ティッシュ配りとアバタール

 柱谷さんが出社してくる。挨拶をしてくれたが以後無言だった。


 次に出社したのは明るい感じの二十代の男性社員。長髪で長い髪を後ろで縛っている。事務所内の行き先掲示版の『御手洗』の所に予定を記入する。御手洗は忙しいのか、会社にあった封筒を鞄に入れすぐに外出した。


 次に女性の社員が出社する。年代は瓦と同じくらいか六つくらい上に見えた。女性は柱谷から間口さんと呼ばれていた。


 間口が瓦を呼ぶ。

「会社の前の通りでティッシュを配ってきて。全部を配るか五時になったら終了だから」


 大きな段ボール箱にはポケット・ティッシュが入っていた。広告欄には落語家の独演会の告知がある。落語家の名前は幽々亭怪描。知らない芸能人だが、名前からいって怪談が得意な噺家だなと思えた。


 知らない落語家の独演会なんて客が入らないと予想できた。新人が口を挟むことではない。段ボールで二箱なら配れる気がした。外でティッシュを配り始める。運悪く開始十分で小雨が降った。


「幸先が悪いな。小雨なので直に止むとは思う」


 事務所はビルの中にある。ビルの一階には軒下があったので段ボールが雨に濡れはしない。傘を持っていない人は雨を避けようと軒下を通る。だが、雨を嫌って早足なのでティッシュを配るのが難しい。


 ティッシュを配るには人の流れを見る必要がある。通りを歩く人からどことなく暗い印象を受けた。曇り空で光が弱いせいかもしれないと最初は疑った。


 つぶさに観察しているとやはり以前と違う街の空気を感じた。幽霊ではないが生気がない。生気のない人間には特徴があった。第一に一人だけで行動している。第二に男性より女性のほうが多い。第三は中高年に多い。未成年と老人にはあまり変化がない。


「不思議だな。まるで人間ではないようだ」


 瓦が異界に迷い込んだとは考え辛い。全員が全員、幽霊状態なら異界に迷い込んだ可能性もある。普通の人も半分以上いる。もし異界化が起きたなら瓦だけではなく、街の全体が異界に飲み込まれている。


「まさかね、そんな馬鹿な現象は起きない。空の色も前と違うけど、凶作とか皮膚ガンが増えたとか聞かないから大丈夫だろう」


 空を見上げると、太陽は薄ぼんやりと見える。ただ、前と変わらず空は赤い。


 気にせずティッシュを配っていると、同じ女性が何度も前を通っている気がした。女性の顔はよく見えないのでもしかしたら別人かもしれないが、恰好が同じだ。


 肩まである長い黒髪。薄手のクリーム色のコートを着て、赤い靴を履いている。流行っているファッションにしては地味だ。気になったので顔を見ると、顔には生気がない。でもよく見れば、誰もが少しずつ違う気もするが、同じようにも感じる。


 声を掛けたいが、瓦はティッシュ配りである。変に声を掛けて悪徳商法と思われたら困る。かといって、柱谷に同じ人間にいくつもティッシュを渡していると勘違いされたら怒られる。


「ティッシュ配りがこんなに悩める仕事だとは思わなかった」


モヤモヤしながら仕事をしていると異変に気が付いた。ティッシュをかなり配ったはずだが、ティッシュがまだかなり、余っている。感覚的には八割は配ったはずだが半分以上残っている。


 誰かがこっそり補充しているわけではない。貰った人が箱にティッシュを戻していればさすがに気付く。


 もっとも受け取ったティッシュを返す人はいなかった。瓦がトイレに行った隙に柱谷や間口が補充しているとも考え辛い。


「まずいな、このままでティッシュが大量に余る。柱谷はキッチリしてそうだから嫌味の一つも言われるぞ」


 原因がわからなければ、対処もできない。闇雲に配ったところで解決しない。


 瓦には異能力があるが、ティッシュ配りでは役に立たない。

「解決の糸口があるとすれば、何度も現れる謎の女性かな?」


 謎の女性がまた通った。瓦は勇気を持って声を掛けた。

「ちょっとお時間いいですか、副業に興味ありませんか?」


 怪しいマルチ商法の勧誘みたいだが、良い言葉が浮かばなかった。もし、話に乗ってきたらサンジェルマンのカードを渡してもいい。もし、異能と関係なければサンジェルマンからの報酬がもらえないだけだ。


 女性は瓦の勧誘を無視して通り過ぎた。一般人でも異界の住人でも「有り得る」反応だ。現状を持って女性を異常とは決めつけられない。


「儲け話があるんです」「綺麗な人ですね、少し話しませんか」「アンケートにご協力ください」「世論調査に協力してくれませんか」「貴女は神を信じますか」「軍靴の足音が聞こえる世の中です」「消費税減税について意見を募集しています」


 何を言っても女性は反応しない。嫌な顔一つしないのも奇妙である。

「まだ怒るとか、不快感を出すとしてくれたほうが人間味はある」


 言葉を掛けても無反応だが。ティッシュを出すと受け取ってくれる。


 機械相手に話をしているようだ。ダメ元でずばりと尋ねた。

「ヤーレン・ソーランに加入する気はありませんか?」


 初めて女性の足が止まった。普通ではない女性は呪文や合言葉にしか聞こえないフレーズに反応した。

女性は瓦の顔をキッと睨んだ。まるで親の仇でも見るかのような目だ。


 女性が低い声で質問する。

「お前がアバタールか?」


 さっぱり意味がわからない。瓦が意味不明な言葉を言ったので、女性も仕返しした、とも推測できない。女性は精神を病んでいるのかもしれないが、先に声を掛けたのは瓦である。


「はい」「いいえ」どちらが正解かは不明だ。正直に「いいえ」と瓦は答えた。


 女性は瓦から視線を外しそのまま去っていた。失敗かと悔やむが、またしばらくすると女性が通る。もう一度、チャレンジする。


「ヤーレン・ソーランに加入する気はありませんか?」


 女性は先ほどと同じく足を止めて、睨む。

「お前がアバタールか?」


 同じ事を聞いたら、同じ質問がきた。表情と口調から、先ほどの瓦との会話がなかった経緯になっている。


「ゲームのNPCのような人だな、はい、と答えないと先に進めないのか」とモヤッとした。誘導されているようで嫌だが、「はい」と答えた。


 女性は急に男のような口調になる。

「ならば戦え、勝てたら願いを聞いてやる」


 いきなり女性からハイキックが飛んできた。女性はコートの下がスカートだった。動きづらい恰好のためか、速度と威力は弱いはずだが瓦は顔を守るのが精一杯だった。


 よろけつつも距離を取ると、いつのまにか街にいた他の人が消えている。人が消えた通りで瓦は女性と二人きりになっていた。

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