第二十五話 大きな変化、小さな変化
気が付くと瓦は石畳みの上に大の字になって寝ていた。しゃがんで執事の男が瓦の顔を覗き込んでいる。執事の男の顔は迷惑との空気が有々と出ている。
「ここに来すぎですよ。来るな、とは言いませんが、頻繁に訪れる場所でもないでしょう。瓦さんも色々とお忙しいと思いますので、訪問はお控えになってよろしいのですよ」
来たくて、来ているのではない。執事にしても同じ。相手をしたくて、しているわけではない。仕事だからやっている感が出ている。
チクチクと執事は嫌味を言う。
「私もそんなに暇じゃないんですよ。他にもやる仕事があるんです。私のことは一般的な使用人と思っているんでしょうけど、館の中ではそれなりの地位と立場があるんですよね」
来るたびに扱いが悪くなっていく。出禁ではない、迷惑客の扱いだ。無理もない。サンジェルマンの役に立つならまだしも、なんの役にも立っていない。
「すぐに帰りますよ。戻って御老公に会わないといけない」
苦り切った顔で執事は意見した。
「私が言うのもなんですが、もう待っていないと思いますよ。なにせ、瓦さんは終末を呼んだんです。終末を呼びだした時点で瓦さんは世界の敵ですよ」
『終末』とは黒い球体の呼び名だ。だが、呼び出したが消えたので問題ない。
「終末は未来に移動しました。しばらくは大丈夫ですよ」
執事は呆れていた。
「おめでたい方ですね。終末は世界に出現した時点で大きな変革をもたらします。終末による影響は無かったことにはできないんですよ。我が主に力をもってしてもね」
回りくどいセリフだ。脅かしているに過ぎない。そんな脅しに怯みはしない。
「ならなおさら帰らないと、どうなったか気になって仕方がない」
「帰しますよ。ここにいてもらっても迷惑なだけです」
執事がポケットから何かを出そうとして止めた。
「私としてはどうでもいい情報ですが、お伝えしますね。瓦さんのユリアン値が四〇〇〇を超えました。おめでとうございます」
めでたいとは言っているが、まったく祝っている雰囲気ではない。事務的に伝えているだけで、心がまるで籠もっていない。でも、社会人として瓦は礼を言う。
「それはどうも。ところでユリアン値って何ですか? 戦闘力みたいものですか?」
「そんなとこです」と会話を広げたくないのか執事は突き放してきた。
冷たい対応だが問題ない。戦闘力ならどうせインフレしていく。四千なんてすぐにあってもなくても同じ誤差くらいの値になる。でも、ちょいとは気になるので質問した。
「タイ人でランワッドっているでしょう。彼のユリアン値っていくらですか?」
ピシャリと執事は拒絶した。
「個人情報はお教えできません」
堅い人間だが、執事の言い方なら、知っているとも取れる。
「一〇〇〇、三〇〇〇、五〇〇〇、八〇〇〇、一〇〇〇〇、一五〇〇〇、二〇〇〇〇」と適当な数字を刻んで瓦は口にする。一五〇〇〇と瓦が口にした時に執事の表情がピクッと動いた。執事は答えていないが、だいたい予測できた。
ランワッドのユリアン値は一五〇〇〇前後。一二〇〇〇でも瓦の三倍近い。前回のトーナメントでベスト16に残るのにユリアン値で一二〇〇〇必要なら四〇〇〇なんて完全なやられ役である。
瓦が納得していると、辺りが一瞬暗くなる。光が戻った時にはアパートの自室にいた。戻ってこれたが、御老公の屋敷への道のりはわからない。キャシーに迎えに来てもらう必要がある。
スマホを取り出すと、また充電が切れていた。
「すぐにバッテリーがなくなるな。そろそろ買い替え時か」
以前に機種変更した時は四年前。買い換えてもいい頃合いである。だが、貯金はあまりなく、就職も不安なので考え時でもある。
とりあえず連絡をしなければいけないので、充電しようとした。ガチャと玄関ドアが開く音がする。ドアを開けて入ってきた人物は瓦そっくりだった。
「ドッペルさんですか? どうしてここに」
ドッペルさんは不機嫌だった。
「ちょっと、いい加減にしてもらえますか。代わりに働くのはいいんですが、やってもいない仕事で怒られるのは嫌です」
瓦は御老公の屋敷から消えた。瓦の意思ではないが、社会的には違う。逃げたと判断された。謝罪に来ておいて、問題を起こした本人は失踪。それでは本当に立場がなくなるので、ドッペルさんが代わりに後始末してくれた。
申し訳ないような、有難いような、心境だ。
「またお世話になりました。でも解決してくれた良かった。このお礼はいつかします」
「勘違いです。方々に謝罪に行きましたが、完全に解決していません。窓の外を見てください」
外から騒がしい音は聞こえていない。マスコミにアパートが包囲されているわけではない。パトカーのサイレンもしない。何が起こっているのかわからない。
百聞は一見に如かず。あれこれとドッペルさんに聞く前に窓の外を確認した。赤黒い空の元、前と変わらぬ風景がある。
廃墟になっているわけでもなければ、ゾンビが徘徊しているわけでもない。
何が異常なのか瓦がわからないと、ドッペルさんが問いかけてきた。
「人が少ないと思いませんか?」
指摘されればそうかもしれないが、判断が付かない。元々、人通りは少ない通りだ。住宅街なので、通勤通学の時間帯から外れれば人影がないこともある。
瓦が何も答えないとドッペルさんが呆れたと言わんばかりに教えてくれた。
「終末が出現した影響により人類の数が半分になりました。一般人は誰がいなくなったかについて気付いていません」
人類の半数が消えた。本当ならばとんでもない事態だが、町並みに異常がない。異常な事態が起きているのに平穏であれば、それはやはり異常だ。
ドッペルさんは背負っていたリュックを置く。
「瓦さんが戻ったので私は帰ります。キャシーさんはもう怒っていません。御老公も表面的には許してくれました」
謝罪代行には感謝したい。世界は変わったのかもしれないが、金のない世の中にはなってはいない。ならば、勤労の義務からは逃れられない。
安心したところでドッペルさんは教えてくれた。
「ただし、柱谷さんとの関係は悪化しました。柱谷さんは顔では怒っていません。ですが、殺意を抱いているかもしれません」
働く上で給与は大事だが、人間関係も重要だ。不安なので即座に尋ねた。
「何をやったの?」
「何も悪いことはしていません。ただ、キャシーさんを立てたら、柱谷さんとの関係が崩壊しました。明日の出社時には注意したほうがいいでしょう」
小さな会社であるがゆえのドロドロした人間関係があった。柱谷はキャシーを良く思っていなかった節がある。誰とも敵対したくはないが、両方にいい顔をしたために両方から敵視される結果は珍しくない。
異能バトルと関係ない問題が瓦の前に立ちはだかった。




