第二十二話 ボス戦における広範囲極大ダメージ
嘉納の手刀攻撃は二回で止んだ。嘉納は移動できないので追いかけてこない。おかげで再度距離を取れた。
「ターン・エンド」と嘉納が低い声で宣言する。移動を封じる効果が切れたが、嘉納は動かない。嘉納はカードを伏せていない。場にモンスターもいない。攻撃するのなら今がチャンス、というわけではない。
嘉納は手刀による中距離攻撃がある。だが、近距離攻撃がないとは判断できない。移動できない状態では足が使えない。空手は得意だが格闘戦を避けた可能性もある。子供の喧嘩ならいざしらず、素人が有段者と殴り合うのは馬鹿のすることだ。
自動回避やオート・ガードでどうにかならないかと思案した。すると、いつの間にかどちらも使えなくなっている事態に気が付いた。試したわけではないが自覚があった。
まずい事態だ。落雷はあるが、座った状態でないと出せない。自動回避があったから敵の前でも使えた。
だが、敵の前で座れば回避も防御もおぼつかない。移動できない時に嘉納の前の魔法カードか、手刀の裂ける攻撃がきたら終わりである。
瓦は奇策に出た。右の掌を突き出して頼む。
「待て! 話し合おう。話せばわかる」
瓦に話し合う気はない。話し合いの申し出はブラフだ。瓦はさも敵意がない振りをして胡坐を掻いて自然に座った。この時点で嘉納が瓦を殴りにくれば瓦の負けだった。だが、嘉納は動かない。瓦の態度を当然の如く警戒している。
瓦は嘉納の能力の一端を理解した。移動、防御、攻撃をすれば、行動と判断され嘉納はカードを引ける。だが、敵意を示さない場合は行動とは見なされない。
話し合いを選べば遅延行為と判断されるまではカードを使った攻撃は止まる。
「今更、怖気づいたか!」と嘉納が瓦を脅す。
「では、話し合い終了」瓦は軽く片手を上げる。「ドーン」と叫んで落雷を発動させようとしたが、別の言葉が口から出た。
「新世界のための贄となれ。見よ、これが新たな世界の胎動だ! ジ・アポカリプス・リボーン」
なんでこんなアニメの悪役同然のセリフを叫んだのか意味不明だ。叫ばなければいけない気がした。これで何も起きなければ危ない人だ。だが、事件は起こった。
宣告と共に体が黒く光る。浮き上がるように瓦の姿勢が直立に変わる。
場に一陣の冷たい風が吹いた。風は下から上に向かう上昇気流だった。思わずに上を見てびっくりした。はるか上空に巨大で真黒な球体が出現していた。中には人間の胎児のような存在がいた。
胎児を囲む黒い球体は地上に向かってゆっくり落下している。上空の存在が『何か』はわからない。だが、落下するととても危険な『何か』が起きる。
自分で呼び出しておいてなんだが、とんでもない物が出てきた状況は頭で理解した。
胎児を包む黒い球体は確実に高度を下げている。だが、すぐには地上に衝突はしない。
球体は大きく、高度があるが、距離感がわからない。球体が屋敷の天井のくらいまで高度を下げれば正確な大きさはわかるが、その時にはもう逃げられない。
「困ったぞ」と瓦は内心とても焦った。球体を呼び出したからわかる。落下すればおそらく誰も助からない。瓦が死ねば球体は消えるはずが、死にたくはない。
「ドロー」と嘉納が勇ましく宣言して、カードを二枚空中から引く。
完全な他人任せだが、嘉納がどうにかしてくれるのならお願いしたい。黒い球体を打ち消すなり、破壊するカードを引いてほしい。
カードを引いた加納が非常に苦い顔をして宣言する。
「ターン・エンドだ」
対戦型カード・ゲームをやっていると時折ある。事態を打開できるカードが山の中にあるのに手札に引けない。命が懸かっていないなら、いいが今は違う。
こうなれば、無意味な敵対行動を取って再び嘉納がカードを引ける状態にするしかない。挑発を試みようとしたが、瓦の体が動かない。 黒い球体の威力は大きいので瓦の行動に制限が掛かると知った。
金網の外からキャシーの焦った声が聞こえる。
「瓦さんダメです。その技は危険すぎます。すぐに解除してください」
やれるものならやりたいが、どうすれば解除できるかわからない。そもそも瓦の意志でどうにかなるものではない。キャシーに事情を説明しようとしたが声が出ない。どうにか危険を伝えようとしたができない。
護衛が御老公に退避を促す。
「御老公、ここは危険です。屋敷の地下に避難してください」
護衛の言葉を聞いた御老公はどっしりと胡坐を掻いて座った。
「小僧を見ろ。奴は微動だにしておらん。小僧ごときに見くびられてたまるか。儂は世界が滅んでもここを動かん」
老人特有のえらい勘違いだ。別に御老公とチキンレースをしたいわけではない。護衛を動かして助けてほしい。だが、瓦の念は通じない。
「お付き合いします」と護衛が立ったまま胸を張る。
格好を付けるくらいなら、乱入してほしい。
「もっとプロ意識を持って御老公の安全を確保して」くれと説教したいが、声が出ない。ジリジリと時間が過ぎる。
「ドロー」と、叫んで嘉納がカードを再び引いた。
何もしないとやはり遅延行為となった。瓦自体にペナルティは発生しない。嘉納がカードを使えるようになっただけなら問題ない。嘉納に現状の打破をお願いしたい。
嘉納が眉間に皺を寄せる。嘉納が苦り切った顔で言い放つ。
「ターン・エンドだ」
二回続けて碌なカードが来なかった。それならいっそ、先の岩を裂いた手刀攻撃で瓦を攻撃してくれても我慢する。瓦の気絶でジ・アポカリプス・リボーンが解除されるかもしれない。だが、嘉納からの攻撃がない。石を裂く攻撃には回数制限があったなら、時間を空けなければ使えない縛りがある。
二ターンの浪費は痛い。瓦は動けないので何もできない。しばらくしたら嘉納がまたカードを引けるようになるが、次に何もできないと球体は落下確実な場所まで降下する。
破壊時に黒い球体がすぐに消滅しないなら破片が降り注ぐ。小さい破片でもここら辺一帯は荒れ地に変わる。
瓦はどうにか動けないかと努力するがピクリとも体が動かない。声も出ない。他人から見ればドッシリ構えているように見えるかもしれない。瓦はとても焦った。
「ドロー」と嘉納が大きな声で宣言する。ここで有効なカードを引けないと場にいる全員が犠牲になる。瓦はドキドキしながら事態を見守った。
嘉納が挑戦的な笑みを浮かべた。
「運命の女神は某に味方した。終わりだ、瓦!」
嘉納の手札は現在六枚。今回引いた二枚と今までに引いたカード四枚と合わせて使用できる物ならかなり強い攻撃がくる。瓦が死ぬかもしれない。嘉納の攻撃は『かもしれない』の範疇だ。黒い球体が落下すれば『死亡確定』だ。やってくれ嘉納、と瓦は期待した。




