第二十話 いよいよ本番
車が停まった先には半球形の金網に囲まれた石のリングがあった。広さは半径十mと広い。金網の横には小柄な白髪の老人がいた。小判の柄が付いた艶々の黒い着物を老人は着ていた。また、黒光りする杖も持っている。
着物の生地の素材はわからないが、色と質感からいかにも高そうな生地だ。この老人が御老公だ。四人の護衛に囲まれている御老公の面長の顔から、不機嫌の気配が漂っていた。老人の周りの黒服の護衛は無表情である。
車を降りると、キャシーは頭を下げる。
「御老公様この度は遅刻して申し訳ありませんでした」
瓦も倣って頭を下げる。御老公がすかさず口を挟む。
「悪いと思っているのなら責任を取ってもらおうか」
御老公が手をパンパンと叩いた。リングの中央が割れて、体重が二t以上ありそうな金色の体毛を持つ熊が出現する。金色熊は薬物でも投与されているのか、目が血走っていた。
御老公が杖で瓦を指して命令する。
「お前、リングに上がれ。出来ないのなら詫びる意志がないとみなす」
御老公の言葉を聞いて、護衛の一人がリングに上がる扉を開く。
金色熊と戦わせたいのだろう。金色熊は雄々しい。また、爪は金属のように鋭い。金色熊の一撃は乗用車すら破壊できそうだった。戦闘用に鍛えられた凶暴な熊だが、瓦はなぜか恐怖を感じなかった。入口から中に入り、金色熊と対峙する。
「始め!」と御老公が目を見開き叫ぶ。瓦は吹矢を出して金色熊に向かって吹いた。熊は手を軽く振って吹矢を弾こうとした。矢は金色熊の肉球にプスリと刺さった。
金色熊は矢が刺さった手を見る。熊の目がトロンとして倒れた。
呆気なく終わった、と思ったら、御老公が叫ぶ。
「といったら、開始じゃ」
「今の戦いは?」と瓦が御老公を見ると、御老公は低い声で説明する。
「ノーカンじゃ。まだ始まっておらんからな。それにお前の相手はそいつじゃない」
卑怯だと思うと、キャシーが大きく頷く。
『いかにもそうです』と言わんばかりキャシーは同意した。
「ノーカンですね。御老公はリングに上がれと命じただけです。戦えとは命じていません」
味方に後ろから撃たれた。でも、ここで御老公に盾ついてもいい展開にはならない。御老公の怒りを収めるのが大事だ。
「わかりました。フライングですね。それでどうすればいいんですか」
ムスッとした顔で御老公がパンパンと手を叩く。金色熊の寝ている場所が下がる。入れ替わりにシルバーのガマ蛙が登場した。大きさは先の金色熊より一回り大きい。
蛙の目には感情が見えない。虫でも見るかのように冷たい視線を瓦に送っている。
また有耶無耶にされては敵わないので瓦は確認する。
「この蛙と戦えばいいのですね?」
「そうじゃ」と御老公は吐き捨ててから、「始め!」と合図をした。
開始と同時に蛙は口を開く。長い舌をしならせて襲ってきた。瓦は身を捻って躱す。舌に吹矢を当てようとした。だが、蛙の舌が軌道を変えて瓦の手を打った。瓦が吹矢を落とす。蛙の舌は器用に吹矢を巻き取る。舌は蛙の口に中に戻った。吹矢が食べられた。
吹矢はまた出せるが、少し時間が掛かる。瓦は両手を突きだし叫んだ。
「狂乱波砲拳」
自らが放った力の塊を瓦は察知できた。力の塊である狂乱波砲拳は真っすぐ蛙に向かって飛んでいく。狂乱波砲拳はただ直線に飛ぶのではない、目標に向けて誘導される技に変わっていた。
蛙には力の塊が見えていないのか微動だにしない。蛙の腹に狂乱波砲拳が命中した。
蛙の柔らかい腹がボコンと凹んだ。だが、蛙の表情に変化はない。蛙の柔らかい腹は衝撃を拡散させ無効化させている。狂乱波砲拳が効かない、と思ったが違った。
蛙の腹にいくつもの波が幾重にも立つ。今までの狂乱波砲拳はリンゴのような一つの塊だった。だが、今のはラッキョウのように層をなしている。外側が弾けても、次々と中かから力の塊が現れる。
格闘ゲームにある大技のようだ。命中すると多段ヒットする形に変わっていた。
蛙の表情が変わった。蛙は腹に力を入れて堪えているが、波の発生は止まらない。その内、蛙の腹が深く凹む。狂乱波砲拳に耐えきれなくなった蛙がのけ反って倒れる。
蛙は起き上がってこない。勝ったな、と思うと御老公が叫ぶ。
「練習は終わり。ここからが本番じゃ」
御老公は熱くなり易いのか、負けず嫌いなのか、わからない。瓦が楽に勝つので面白くない。かといって、瓦は大怪我をしたくない。
この駄々っ子お爺ちゃんをどうしたらよいのか。悩ましい問題だった。瓦が解決の糸口を見いだせないと、蛙がいた場所が下がっていく。次の敵が出るかと思ったが、入れ替わりに敵は出てこない。
不思議に思っていると、御老公が命令する。
「嘉納、お前の出番じゃ。この小僧にわからせてやれ」
御老公の護衛の後ろから一人の男が出現する。背丈は低く、がっしりした体格。恰好は長袖の道着と袴と明治時代の柔術家を思わせる。顔は四角い。丸刈りでいかにも日本人男児といった顔だった。年齢は四十くらいなので柔術のキャリアは二十年以上ありそうだ。
ダンワットと戦った時の事を思い出す。ダンワットのような本格派の人間に瓦は弱い。相手は姿格好からして武芸者の佇まいがある。
確かにここからが本番だなと瓦は気を引き締めた。
嘉納が眉間に皺を寄せて御老公に話し掛ける。
「御老公に申し上げたい」
「なんじゃ」と御老公は目を細める。
瓦は不安になった。「殺してもよろしいですか?」等と確認するのか?
御老公は瓦があまりにも容易に勝ったので気を悪くしている。ここで「よい」とでも御老公からお墨付きが出たら、最大のピンチだ。キャシーも助けてくれるとは限らない。
瓦がかたずをのんで見守ると、嘉納が厳かに語る。
「某は瓦殿と齢はそれほどかわりません。瓦殿を小僧と呼ぶのはいささか抵抗があります」
驚いた。顔からいって、二回りくらい年上かと思い込んでいた。老け顔にもほどがある。
嘉納の顔を見るが嘘を言っているようには見えない。
「若さと引き換えに力を手にしたのですか?」
「なんと失礼な奴だ」と嘉納が怒った。いらんことを言って不快にさせた。これはひょっとして、手痛くやられるかもしれない。相手は御老公の隠し玉。怒らせたことで激闘になる予感がした。




