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第十五話 会話

 お婆さんの言動は不穏だが、老人なので珍しい事態ではない。老人とは時折と意味不明な言葉を口にするものだ。


 アクリル板のどこかに扉はないかを探す。だが、見つからない。アクリル板越しでも声は聞こえるので問題ない。


「俺は瓦鬼といいます。話し相手になりきました」

「なんで?」とお婆さんは首を傾げる。お婆さんは誰か来ると聞いてはいない。


「不安に思っているのではないかと、見に来ました。心配事があれば聞きますよ」


 お婆さんはなぜか困っていた。

「特にはない。いや、あることは、あるんだが、お前に伝える内容ではない」


 息子か孫と話したいのだろうか? 寂しい老人なら無理もない。

 だが、ここで帰るのなら仕事を投げ出したも同然である。


「お加減はどうですか? どこか具合が悪いとこはありませんか?」


 お婆さんはムッとした。

「お前はこの恰好を見て、元気にやっていると思うのか?」


 ここでお婆さんと言い争ってはいけない。老人はすぐに怒り出す。

「わかりますよ。お辛いですね。でもきっと良くなりますよ」


 瓦をお婆さんは罵った。

「お前はアホウか。何がどうよくなるんだ。どう考えてもならないだろう」


 苛立っている老人の怒りは不安の裏返しだ。キャシーが言っていた通りだ。


 こういう時に理屈はいらない。下手に余計な言葉を口にすると、お婆さんの心の地雷を踏む。当たり障りのない内容を話しで、苛立ちを吐き出してもらったほうがいい。


「いやいや、世の中どこでどうなるかわかりませんよ。お天道様だってきっと見ています。直に好転しますよ」


 お婆さんは呆れた。

「外は雷雨だぞ。お天道様なんか出とらんわ」


 こんな地下にいて外の状況がわかっている。お婆さんはずっとここに閉じ込められている訳ではない。散歩の時間に窓の外を見たと推測できる。


 なら、目の前の拘束は危険防止のための一時的なものだ。


 瓦は笑顔を心掛け相槌を入れる。

「そうですか、それよかった。お元気なんですね。人間は健康が大事です。体の自由が効くのはよいことです」


 お婆さんは息を吐いてほとほと呆れた顔になる。

「まあ良いわ。預言の子が来るまで相手をしてやる」


 傾聴を心掛けたおかげで、気難しいお婆さんの心が開いた。


 お婆さんはじっと瓦を見る。お婆さんの眉間に皺が寄った。

「お主、適性と能力が合っておらんぞ。どうしてそうなった?」


 意味がわからんが、話を合わせたほうがいい。

「さあどうしてですかねえ、俺にはよくわかりません」


「お主、このままでは世の悪意に殺されるぞ。死ぬぞ」


 殺すだの死ぬだの物騒な言葉ではあるが怒りはしない。口の悪い老人なんてよくいる。全く話の内容に興味がないのだが、ハッキリ言えばお婆さんは気を悪くする。


「どうしたら、助かりますか? 是非とも教えてください」

「能力を合成して適性に合ったものに変えるのじゃ」


 どこかのゲームのようなセリフを言う。お婆さんはやはりおかしい。


「金持ちだ」「高貴な出自だ」「神の子」だと自らの過去を書き換え自慢する老人はいる。お婆さんも同じく妄想にとりつかれている。お婆さんは空想の世界の住人になっている。


 頭が気の毒なお婆さんの言葉を否定はしていけない。否定すれば不興を買う。お婆さんの話に乗っかったほうがいい。


「それは大変だ。どうしたらいいですか? 俺はまだ死にたくないです」


 お婆さんはギロリと瓦を睨んだ。

「お主、儂の言葉を全く信じとらんな。言葉に全く誠意が感じられない」


 勘がいいお婆さんだ。俺の心をピタリと読んだ。されど、素直に認めてはいけない。白を切り通したほうが、安全だ。


「そんなことないですよ。きちんと真摯に聞いていますよ」

 お婆さんは露骨に疑っていた。瓦は誤魔化すために微笑みを絶やさない。


 お婆さんがツンとした態度で聞いてきた。

「まあよいわ。暇潰しじゃ。お主が覚えている技を合成して強くしてやろう。それでどの技を変えてほしい」


 ゲームでいうところのスキルお婆さんみたいな存在と思い込んでいる。不思議な力があるとの妄想だ。正直に言えば、いつ死ぬかわからない老婆にそんな力があるとは思えない。だが、話は合わせる。


「お任せしますよ。なんかこう、ブワーといってガツンでキャシーンな感じでお願いします」


 お婆さんはフンと鼻を鳴らした。

「主体性のない若者じゃな。ならば変えてやろう。ただし、威力が上がるぶん、お前の心は狂気へと進む。あと、狂気適性じゃから身体能力はそんなに上がらんぞ」


「どうぞ、どうぞ」と軽く答える。フッと目の前が暗くなり、倒れそうになった。

 どうにかバランスを取った。急に倒れそうになったが、疲労は感じていない。


 不思議に思っていると、お婆さんが胸を張って命令する。

「よし終わった、行くがよい。人類を救うもよし、滅ぼすもよしじゃ」


 大袈裟なお婆さんだが、帰っていいらしい。キャシーと会って「まだ早い」と苦情を言われたらまた来ればいい。呆けた婆さんなら、再会しても前の記憶は忘れている。


 瓦が引き返すと、向こうから二人組が歩いてくる。一人は忍者。もう一人は知らない青年だ。忍者には一度、襲われている。だが、忍者ファッションでは顔が見えない。同じ格好の別人かも知れない。


 二人は瓦を見ると歩みを止めた。警戒されているが瓦には別段どうでもいい。


「どうも、どうも」と愛想よく返事をして進む。二人は道を空けてくれたので、そのまま通り過ぎる。攻撃されなかった。忍者は昨日と別人だ。忍者ファッションなんて量販店やコスプレショップでも売っている。


 もう一人の青年は誰か知らないが、敵意がなかったので問題ない。

 エレベーターの前で待つと、背後から声がする。振り返ればキャシーがいた。


 この人は本当に突然に現れるな、と瓦は軽く驚いた。


 再会したキャシーは肩から小さな黒い鞄を下げていた。

「それは?」と聞くと「必要な品です」とキャシーから返事があった。


 よくわからないが、知っても意味がないと思い会話を終える。

 そのまま二人してエレベーターで上に戻る。どこからドン、ドン、と何かが爆発する音がした。

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