第十二話 狂言侍
危険ではあるが、時給換算で考えればかなりいい仕事だ。金が欲しくなり、瓦は戦う決断をした。「やります」と答えると、柱谷は控室に瓦を連れて行く。控室に行くとキャシーが待っていた。
「あとはよろしくお願いします」と柱谷はキャシーに短く頼んで退室した。
キャシーがニコニコと笑い、衣装を瓦に渡してくる。瓦は選手として登録はされていない。前もって用意していたとは思えないが、準備が良すぎる気もする。
衣装は歌舞伎の連獅子の服装だった。生地は金と黒であしらわれている。着物の模様として小判が印刷されていた。着るとサイズは不思議なことにピッタリだった。ただ、連獅子の衣裳では格闘技の試合には不向きだ。
「着物だと動きづらいですよ。しかも、掴み易い。敵からしたら投げ放題ですね。この衣装で戦うんですか?」
瓦の抗議をキャシー気にも留めていない。
「勝利を求めてはいません。いわゆる色物枠です。観客に受ければいいです。日本でいう、出落ちでいいんです」
勝てと命じられても無理だ。だが、あからさまなピエロもちょっと瓦には抵抗があった。
なんだかな、とモヤモヤしていると、キャシーが釘を刺す。
「ギャラは衣装でのパフォーマンス込での料金です。衣装を着なくてもいいですが、その場合、ギャラは三割減です」
考えが変わった。どうせ勝てない。動きづらいなら生地は厚い。防御力が高いと考えよう。連獅子衣装なので長い毛のカツラがあると思ったが、なかった。代わりに面頬が付いた赤い兜を渡される。兜の前立ては六文銭だった。
「連獅子衣装に兜の組み合わせっておかしくないですか?」
「そんなことはありません。芸能と武術のいいとこどりです。日本の神秘です」
間違っている。フォアグラ、和牛、ウニはどれも美味しい。だが、寿司として三品を組み合わせればどうか? 味はいいかもしれないが、料理としてはなんだかわからない一品になる。
だが、依頼人がいいと判断するのなら、黙ったほうがいい。どうせ、二十秒経ったら負ける予定だ。
瓦が妥協すると、キャシーが満足する。
「ではこれでいきましょう。リング名は狂言侍です」
間違いを瓦は指摘した。
「これは歌舞伎の衣裳です。狂言と歌舞伎は別のものですよ。詳しく説明しろと求められても答えられませんが」
瓦の指摘をキャシーはまるで気にしない。
「いいんです。どうせ、外国人には区別がつきません。気付いたとしても、一試合なら許されます」
やられ役の色物なので、文化無視はいい。だが、「これは受けるのか?」と、問われたら「受けない」と答える。でも、議論は無駄だ。短い時間では説得できない。
着替え終わって、準備万端と思ったところで、キャシーが脇差を差し出した。
「刀を持っていってください。侍には刀です。銘は鬼哭丸です」
脇差と刀は厳密には違うのだが、キャシーから見ればどっちも一緒だ。銘まであるのなら設定は凝っているようだが、中途半端だ。
武器を持ってリングに上がるのは問題ないのだろうか?
「演出として持たせたいんでしょう。ですが、試合に武器を持ち込んだらダメでしょう。試合開始前にレフリーに反則を取られますよ」
「規則上は問題ありません。安心してください。相手は武器を使いません」
ガバガバなルールの気がする。というより、行われているのは格闘技の試合ではなく、なんかのお祭りなんだろうか?
『いいか』と瓦は自分を納得させる。脇差といっても本物ではない。当たって相手が死ぬ事態もない。
「行きますよ」とキャシーが瓦の背中をバンと叩く。
会場には十五m×十五m×十五mのリングが八面あった。内、七つのリングは謎の黒光りする板で覆われている。中も見えない。二万席くらいある観客席は満席だった。
観客は老若男女がおり、観客たちはほぼ全員、バイザー・グラスを掛けている。
会場の下から観客席を見上げれば異様な光景だ。
キャシーが説明してくれた。
「試合が始まるとリングが黒い光の壁で目隠しされます。バイザーを通してなら中が見えます。バイザーの設定でどのリングの試合も見れますよ」
なんかわからないが、凄い技術なんだと瓦はボンヤリと納得した。まだ黒い壁で覆われていないリングに行く。試合のリングは六十㎝ほどの高さがあった。材質は木製だった。
リングの上に上がると、対戦相手が来ていた。年齢は瓦より若い褐色肌の東洋人だった。
身長は百七十㎝もない。細身だが、体にしっかりと筋肉が付いている。黒髪は短く刈られており、捕まれにくくなっていた。
恰好は簡素な黒の半袖のシャツと黒の半ズボン。手には黒のオープン・フィンガーグローブを嵌めている。しっかりと戦う態勢だ。瓦が色物なら相手は本格派だ。
対戦相手は瓦を嫌悪した目で見ていた。言葉はないが「馬鹿にしやがって」の雰囲気がありあり出ている。
「これは早々に降参したほうが賢いな」と瓦は悟った。素人が勝てそうな相手ではない。怪我したら大損だ。
リングに瓦が上がる。リングか黒い壁で囲まれた。アナウンスが入った。
「これより、ランワッド選手と狂言侍の試合を開始します。始め!」
開始の合図があった。見え切りのポーズを瓦は取る。なんかそれらしい口上を言おうとした。エンターテインメント的な演出で時間稼ぎを試みる。
こういう時は口上が終わるまでは攻撃を待ってくれると思った。タイ人には通用しなかった。
ランワッドがさっと動いた。動いたとこまでは確認できた。その後は視界が真っ暗になった。
気が付くと、瓦は医務室のベッドの上だった。何かをする前に気絶させられた。体を起こすとあちこち痛い。
体を見ると、病衣が着せられてあった。他の試合はわからない。だが、決着までの最短記録ではないだろうか。
ベッドを囲っているカーテンが開くと、キャシーがいた。キャシーはニコっとして微笑む。
「お疲れ様です。いい試合でした。見栄えがよくそれでいて記憶には残らないでしょう」
嫌味かと思うが、仕方ない。ランワッドに何をされたかわからない内に負けた。
負けは負けと認めた。瓦はベッドに横になろうとするとキャシーに止められた。
「寝てはダメです。着替えて焼きそばの屋台に戻ってください。今日の仕事はまだ終わっていません」
試合に出たら休んでいいとの契約ではない。勤務時間内なら働けとの命令だ。
「いたたた」と痛がってみる。体が痛いのは本当だが働けないほどではない。
痛がる瓦にキャシーがうんざりした顔をする。
「試合は終わりました。もうそういうのはいいです」
声は優しいが態度には慈悲がない。働けるのなら働かなければならない。
近くの籠には畳まれた調理人の服装がある。キャシーがカーテンの外に出たので、瓦は着替える。
カーテンの外には女医がいるのかキャシーに話し掛けている。
「これではダメですね。覚醒するには、もう一度死なないと無理です」
キャシーの声がした。
「現状のユリアン値で八五〇ですか。倍は欲しいですね。負荷を掛けてみましょう。意外と使い物になるかもしれません」
キャシーと女医がなんの話をしているかわからない。ただ、焼きそばとは関係がない。ならば気にする必要はない。




