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第十一話 小競り合い

 焼きそばの屋台があった場所に行くと、屋台が消えていた。


 場所を間違えたかと焦った。辺りをキョロキョロしているとキャシーが来る。

「屋台スペースが移動しました。こっちです」


 数が出なかったから、場所を変える。昨日の焼きそばの提供数を見れば妥当な判断だ。提供するほうとしても、食材が残るともったいない。


 関係者用の入口から先に進む。通路の端に焼きそばの屋台があった。


 場所は関係者用の通路の途中だ。

「ここだとお客さんが見込めないですがいいんですか? 俺としては昨日、売れなかったので名誉挽回したいところですね」


「参加選手、コーチ、スタッフに軽食として提供します。観客には別の屋台がお持て成しします」


 はっきりと言わないが左遷だ。不評だが契約があるのでスタッフ用に回した。『美味しくできなかったせいだ』と指摘されればそうだ。プロの料理人ではないので容赦願いたい。


 クーラー・ボックスを開けるときちんと食材は入っていた。食材の包装袋にくたびれた感じはない。新鮮な食材だ。昨日の食材は捨てるしかなかったので今日は使い切りたい。


 キャシーは軽く激励して去った。

「頑張ってくださいね。昼食と休憩は昨日の通りです。手を抜いてはダメですよ」


 働く場所がどこであれ、任された以上はやるしかない。焼きそばの準備に取り掛かる。屋台のある通路は幅が広い。焼きそばの屋台があって人が通れない状況ではない。


 空調の下ではないので匂いが出るが、匂いはどうしようもない。


 通路を通る職員や選手関係者が、通過時に屋台をジロジロと見ている。外国人も多いので、焼きそばの屋台が珍しいと見える。だが、立ち止まる人はいない。今日も焼きそばが余ると気が滅入った。


 昨日のタイ人の少女が通りかかった。少女は怪しい者でも見るかのように瓦を見る。

少女は昨日、焼きそばを食べてくれたので声を掛ける。


「今日もどうですか? 焼きそば、焼きそば」

 瓦が言いたい内容が伝わったのか、少女は指を二本立てた。


 二食分の注文が入ったので焼きそばを作る。焼きそばの匂いが通路に立ち込めると、大柄な褐色肌の男がやってきた。


 男は少女に気付くと目を細めて睨む。少女に凄むおっさんなんて柄が悪い。少女が絡まれたなら職員に連絡して助けなければと思う。少女はおっさんに怯まない。対等に向かい合っている。中々、気合が入った少女だ。


 手を出していいかわからないので、焼きそばを焼く。焼きそばが完成したので少女に差し出した。すると男が焼きそばを払いのけた。作ったばかりの焼きそばが廊下にぶちまけられる。


 これは捨てては置けない。放置すれば屋台に危害が及ぶ。男を排除しなければならない。


 瓦は慌てて掃除する振りをする。自然な態度で男の死角に瓦は回り込んだ。瓦は吹矢を出して男に背後から一撃を入れた。


 吹矢から出た矢が男のうなじにプスリと刺さった。痛みを感じたのか男が振り返る。だが、吹矢の毒が効いたのか男はガクリと膝を突いた。少女の目の前に男の後頭部がきた。


 少女は躊躇なく男の頭を掴むと素早く捻った。男の頭が百八十度以上回る。

 男の首の骨が折れたのか「ボキッ」と嫌な音がした。少女が男の首を折ったのには驚いた。


 異変に気が付いた黒服の職員が駆けて来た。少女はまるで気にしない。代わりに屋台の鉄板を指差す。


 早く代わりを作れと催促している。男を倒したのは少女なので、瓦は無関係とばかりに焼きそばを作る。少女が黒服の職員と話しているが気にしない。


 知らん顔をして瓦は焼きそばを調理する。焼きそばができる頃に赤い制服を着てサングラスをした男が近づいて来た。


「瓦くん、何をしたんだ?」

 すぐに誰かがわからなかった。男がサングラスを外した。相手は柱谷だった。


 マズい予感がしたので言い繕う。

「女の子と大柄な男の喧嘩ですよ。俺もびっくりしました。こんなことになるなんて驚きですね。動画ならかなりの再生数がいくでしょう。俺は常識人なので動画をアップしないですけどね」


 最初に瓦から男に吹矢の一撃を入れた事実は伏せた。


 柱谷は露骨に瓦の言葉を疑っていた。

「瓦くんは何もしなかったのか?」


 怯える演技をして瓦は誤魔化そうとした。

「助けれるものなら助けたかったですよ。でも、相手はいかつい大男でした。足が竦んで何もできませんでした。いやあ怖かった。本当に怖かったー」


 瓦の説明に柱谷は納得した様子がなかった。黒服の職員が柱谷に声を掛ける。二人は瓦から離れてなにやら相談する。


 少女はまったく気にした様子がない。瓦が作った焼きそばを食べていた。

 気を揉んでも意味がない。瓦は飛び散った焼きそばを掃除する。


 相談を終えた柱谷が戻ってきた。柱谷の顔は渋い。

「マズイ事態になっているよ。君が倒したのはカンボジアの代表だ。対戦カードに影響が出た。このままで主催者に迷惑が掛かる」


 少女が首を捻って男を倒したのに、瓦が倒した事態になっている。

「俺は何もしてないですよ。冤罪ですよ。ミステリーで開始早々に捕まる主人公並みの冤罪ですよ。ハリウッドなら低予算映画ができます」


 柱谷はチラリと少女を見る。

「ナムさんの話では瓦くんが倒したと主張している」


 なんだよ、助けたと思ったら、俺に罪を着せやがった。


 それでも瓦は柱谷に弁解する。

「子供の言う事と、俺の言う事、どちらを信じるんですか!」


 瓦の弁解は無駄だった。

「ナムさんの言葉を真実としたほうが都合はいい。ナムさんのお兄さんはタイの選手だ。次の試合で瓦くんが倒したカンボジアの選手と当たるはずだった」


 事情は理解できた。タイの選手の妹が対戦相手のカンボジアの選手を試合不能にした。これでは不正行為だ。タイの選手の反則負けだ。一組だが対戦カードが消えれば、イベントの収益に影響する。


 だからといって、無実の罪を着せられたくはない。

 情けない顔で憐れみを誘ってみた。


「そんな酷いですよ。俺を疑うなんて。信じてくださいよ。本当にやっていないんですよ。う、う、う」

 柱谷の顔に同情の気配はない。「う、う、う」が余計だったかと悔やんだ。


 代わりに冷たい顔で提案してきた。

「それでなんだが、カンボジアの選手の代わりに瓦くんが試合に出ないか? 試合に出れば報酬は出す」

『勝てば』ではなく『出れば』と柱谷を言ったのを瓦は聞き逃さなかった。


 戦う気はないが、いくら貰えるのかが気になった。

「もし出たとします。開始と同時に負けても報酬は出ますか?」


「流石に開始早々の降参はダメだ。二十秒も戦ってくれるか、一撃でも貰っての降参なら出すよ」


 プロの格闘家の一撃は一般人を殺す危険性がある。されど、瓦にはオート・ガードや自動回避がある。二十秒くらいなら逃げ回れるのではないのだろうか? ちょいと欲が出た。


「ちなみに報酬っていくらですか? 聞くだけ、聞くだけですよ」


 柱谷がスマホの電卓機能を使って数字を見せる。失業手当にして八十日分だった。中々いい金額だった。どうしようか、タイの選手と戦うか? 

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