第十話 奇襲
人が途切れた。しばらく待つと、アナウンスが流れる。
「本日の試合は全て終了しました。明日の試合を楽しみにしてください」
アナウンスの後に緩やかな音楽が流れる。もう客は来ない。鉄板の加熱を止めた。
袋を開けた素材と未開封の食材を分ける。未開封の食材は冷蔵すれば明日ならまだ使える。だが、素材に拘るのなら廃棄だ。
「未開封だけでも焼きそばが三十食くらいは作れる。貰えるものなら貰いたい。焼きそばなら家庭の冷凍庫でも保存できるんだけどな」
客足はなくなったが、職員は忙しなく動いている。明日に供えての清掃と準備だ。
屋台の清掃が終わる頃にキャシーが来た。
「ご苦労様です。今日は近くにある宿舎に泊まってください」
泊まりの仕事とは聞いていない。着替えを持ってきていない。
「一度、帰ってはダメでしょうか」
素っ気なくキャシーは拒絶する。
「ダメです。あと二日はここで働いてください。下着や歯ブラシなどは少し離れた場所にコンビニがあるので買ってください。お金は出します」
今の時季なら水道が凍ることもない。二泊したところでアパートに泥棒が入るとは思えなかった。
瓦は素直に従った。コンビニの場所を書いた地図を貰う。コンビニはスタジアムから三百m離れた場所にあった。辺りに何もないので利益が出ているのか謎だ。
コンビニの隣に百円ショップが併設されていたので、必要な物は全て揃った。
施設、コンビニ、宿舎は三角形の配置にあるので少し歩く。夜道を進んでいると、道端から気配を感じた。猫かなと思うと、急に黒尽くめの忍者が現れた。
忍者の声は機械で変換しているので男か女かはわからない。
「隠形術を見破るとさすがだな。お前が本当の日本代表か?」
えらい勘違いだ。隠形術を見破ってはいない。なんとなく視線を感じたので目を向けただけ。スタジアムで行っている試合が絡むとしても、日本代表は負けている。
「間違っていますよ。俺は日本代表ではありません。そもそも選手でもありません。軽食コーナーのアルバイトですよ」
忍者が強い調子で瓦の言葉を否定する。
「日本代表は試合前にすでに怪我を負っていた。お前と日本代表の座を争ったせいだ。今はお前が日本の代表だ」
意味不明だ。話を聞かない奴はいる。恰好からしてもおかしな人なので話は通じない。
不幸なことに辺りに人がいないので助けはこない。
「落ち着いてください。座って話をしましょう」
瓦が座ると、忍者は問答無用で刀を抜いて斬りかかってきた。
座った姿勢なので自動回避が発動する。するりと、瓦は刀を避ける。忍者は目にも止まらぬ速さで斬りかかってきた。目で追えないほど速いので立っていたら死んでいた。
瓦は次々と攻撃を回避した。忍者が瓦と距離を取った。
「お前、まだ本気ではないな」
本気になろうと手を抜いていようと結果は同じだ。瓦が強いわけではない。不思議な能力のおかげで無傷なだけ。座った状態からできる攻撃は落雷だが。前回の雷は瓦にも落ちた。なので、下手に使えば自爆する。
「ならば、本気になりましょう」
瓦は立ち上がって、狂乱波砲拳の構えを取る。忍者は警戒して一歩退いた。
「狂乱波砲拳!」叫んで両手を突きだす。前回同様にすぐには何も起きない。
警戒していた忍者は怒った。
「ふざけるな!」
忍者が三人になった。右、左、上と三方向から飛び掛かって来た。バンと激しい音がして右の忍者が横に跳ね飛ばされた。同時に他の忍者の二人が消えた。
三人の内、二人は分身だった。本体に強烈な一撃が入ったので消えた。だが、狂乱波砲拳はガルム戦の時より威力は弱い。また、ガルムの時は正面からの直撃だったが、忍者は横から衝撃を受けた。
二回使って分かった。狂乱波砲拳は時間差で発動して非直線的に前方にゆっくり飛ぶ。その後、敵に当たるないしは敵が近くを通ると爆発する。移動型浮遊機雷だ。
忍者はすぐに立ち上がった。顔にダメージが入ってはいるのか、覆面の鼻の部分が血で汚れていた。直撃ではなく爆発に巻き込まれたのでさほどの怪我ではない。
次に同じ場所に直撃すれば勝てるが、敵も馬鹿ではない。
「邪魔が入った、勝負は預ける」と忍者の姿が薄くなっていく。瓦としては「預ける」ではなく「持ち帰ってほしい」が、話の聞かない人なので何を言っても無駄だ。
忍者が消えると、女の子が走ってきた。焼きそば屋台の初めての客だった女の子だ。女の子は険しい顔で辺りを見回す。タイ語で何かを尋ねてきたがわからない。
『忍者』の単語だけわかった。
「消えました。ロスト、ロスト」と片言の英語で瓦が答えると、女の子は怪訝な顔をする。ほとんど伝わっていない。女の子への説明は諦めた。
これからの対応だが、何もできない。
「夜道で忍者に襲われた」と一一〇番通報すれば悪戯扱いされる。また、忍者の存在を証明するものは何もない。女の子も忍者を見ていない。
女の子はまだ何かを尋ねているが、さっぱりわからない。瓦は両手の掌を空中に向けて首を横に軽く降る。ジェスターが伝わったのか、こいつに何を聞いてもダメだと女の子は理解したらしい。
女の子は来た道を戻った。瓦は宿舎に向かった。忍者が出てきたので、陰陽師、殺人鬼、狂ったピエロが襲ってくるかもしれないが杞憂だった。
宿舎は二階建てのコの字型の建物だった。四十部屋ぐらいありそうなので個室が当りそうだ。受付には自動販売機のような箱がある。機械に名前を聞かれたので答えると、取り出し口から鍵が出てきた。
鍵には「四号室」と書いてある。近くの案内図を見ると、宿泊用の部屋は二階にあるので二階に行く。すぐに部屋が見つかった。念のために非常階段を探すが、二階に非常階段はない。
「消防法上大丈なのだろうか? 公共事業で建てられたのなら書類上は問題ない。でも。建設業者が鉄筋を抜いたり、壁の厚さを誤魔化したりする時代だからな」
疑問に思うが、二泊しかしないので我慢する。宿舎には無料の食堂があったのでラッキーだった。中華総菜が盛られた皿を取り、ご飯ももらう。味は可もなく不可もなくだった。部屋に帰る時に若い女性とすれ違った。
女性は誰かに殴られたのか顔を腫らしていた。瓦の視線に気付くと、女性はさっと顔を背ける。怪我をした女性の顔をジロジロ見るのも失礼なので、瓦も顔を背ける。
一晩、ゆっくり眠る。ゴロゴロの音で朝に目を覚ました。カーテンを開けると外には雷雲があった。
「嫌な天気だな」と気分が下がる。スタジアムはドーム型なので影響は出ない。だが、気持ちのよい朝ではないが、仕事に嵐も吹雪も関係ない。
屋外での自動車の誘導なら大変だろうが、屋内で焼きそば作るのなら問題ない。そう、今日もまた平穏な一日が始まる。




