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推しの姉が逆ハーレムを築く世界に転生しました〜推しを見守るだけのはずが、初恋が動き出しました〜  作者: ゆい
祝福の中で

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9/10

小さな傷

第九話です。

 朝の支度を終えたあと、私は侍女に手を引かれながら廊下を歩いていた。まだ一人では上手く歩けないから、いつもこうして支えてもらっている。


 隣では、アリアが静かな足取りで歩いている。


 私はちらりとその横顔を見た。


 アリアはもう、一人で歩ける。


 言葉だって、私よりずっと上手だった。


 前世では、こんなこと簡単にできていたはずなのに。


「……ひとりで、あるく」


 気づけば、そんな言葉が口から零れていた。侍女が困ったように目を瞬かせる。


「ですが、リリア様……」


「あるく」


 もう一度言うと、侍女はどうしたものかというようにアリアを見た。


 アリアは少しだけ黙っていた。紫色の瞳が、こちらを見る。


「……少しだけなら、いいわ」


 小さな声だった。


 侍女はまだ不安そうだったけれど、やがてそっと手を離す。


「無理はなさらないでくださいね」


「ん」


 私は小さく頷き、床へ足を下ろす。


 一歩。


 それから、もう一歩。


 少しだけふらついたけれど、ちゃんと歩けていた。


「すごいです、リリア様」


 侍女が嬉しそうに笑う。


 私はなんだか少しだけ得意な気持ちになって、もう一歩前へ出た。


 そのとき、足がもつれた。


「……っ」


 身体がぐらりと傾き、鈍い音が響いた。


 床へついた手がじんと痛む。


 私はきょとんとしたまま、自分の手を見た。白い指先に、赤い線が滲んでいる。


「リリア!」


 鋭い声だった。


 はっと顔を上げる。


 気づけば、アリアがすぐそばまで駆け寄ってきていた。


「見せて」


 その声が、少し震えていた。


 私はぱちぱちと瞬きをする。


「……へいき」


 そう言いながら手を引っ込めようとしたけれど、アリアはそれより早く私の手を取った。細い指が、そっと私の手を包む。


 その指先が、少し冷たかった。


 アリアは黙ったまま、傷を見つめている。


 赤く擦りむけた指先。ほんの小さな傷だった。


「アリア様、このくらいでしたらすぐに——」


 侍女が慌てて口を開く。けれど、アリアは顔を上げなかった。


「消毒を」


 静かで、どこか張り詰めている声だった。


「すぐにお持ちします」


 侍女が急いでその場を離れていく。


 私はなんだか不思議になって、アリアを見上げた。


「……アリア?」


 呼びかけると、アリアの肩が小さく揺れた。


 まるで、今やっと声が聞こえたみたいに。


「痛い?」


 低い声だった。


「……ちょっと」


 正直に答えると、アリアが目をぎゅっと強く瞑り、唇がわずかに震えていた。


「ごめんなさい」


 ぽつりと落ちた声に、私は目を丸くする。


「……なんで?」


 思わず聞き返す。


 転んだのは私だ。


 アリアは何も悪くないのに。


 けれどアリアは何も答えなかった。ただ、私の手を握る指だけが、少し強くなる。


「どうした?」


 不意に声が落ちてくる。


 顔を上げると、そこにはアルベールが立っていた。


 どうやら剣の稽古へ向かう途中だったらしい。軽い訓練着姿のまま、こちらを見下ろしている。


「何があった?」


 アルベールが近づいてくる。


 侍女が慌てて頭を下げた。


「申し訳ございません。リリア様が少し転ばれて——」


「転んだ?」


 アルベールの視線が私の手へ落ち、指先の赤い傷を見て、小さく眉を寄せた。


「結構痛そうだな」


「……ちょっと」


 そう答えると、アルベールが苦笑する。


「無茶したのか?」


 私は少しだけ黙る。


「……ひとりで、あるきたかった」


 そう言うと、アルベールは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。


「そっか」


 怒られるかと思ったのに、その声は優しかった。


「でも、無理はするなよ」


 そう言って、アルベールが私の頭を軽く撫でる。


 私はぱちりと瞬きをした。


 その隣で、アリアはずっと私の手を握り、黙ったままだった。


 アルベールがちらりとアリアを見る。


「アリア?」


 呼ばれて、アリアがはっとしたように顔を上げた。


「……何でしょう、お兄様」


「お前、顔色悪いぞ」


 その言葉に、私は思わずアリアを見る。言われてみれば、少し青い気がした。


「別に、なんでもありません」


 その声は少し硬かった。


 アルベールは何か言いたげに目を細めたが、結局、何も言わなかった。


 その時、侍女が小さな箱を持って戻ってくる。


「消毒薬をお持ちしました」


 アルベールが受け取ろうと手を伸ばす。けれど、その前にアリアが口を開いた。


「……わたくしがやります」


 侍女が目を瞬かせる。


「ですが、アリア様——」


「いいから」


 いつもより少しだけ強い声だった。


 侍女たちが息を呑んだ。


 アリアはそっと箱を受け取ると、私の前にしゃがみこんだ。


「手を出して」


 私は言われるまま、小さく手を伸ばす。アリアの指先が、私の手へ触れた。


 まだ少し冷たい。


 消毒液が傷に触れた瞬間、ぴりっと痛みが走る。


「……っ」


 思わず肩が揺れる。


「ごめんなさい」


 アリアがすぐにそう言った。


「……アリアのせい、じゃないよ?」


 そう言うと、アリアの手が止まった。


 長い睫毛が、小さく揺れる。


 しばらくして、アリアはゆっくり目を伏せた。


「……そうね」


 アリアは目を伏せたまま、もうこちらを見なかった。

読んでくださってありがとうございます。


ほんの小さな怪我なのに、アリアだけが必要以上に怯えている——そんな違和感を書きたかった回でした。


少しずつ変わっていく二人の関係を、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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