悪夢
7話です。
その夜、私は小さな物音で目を覚ました。
部屋の中は薄暗く、窓から淡い月明かりが差し込んでいる。ぼんやりしたまま視線を動かして、私は小さく瞬きをした。
かすかに、荒い呼吸が聞こえる。
アリアだった。
少し離れたベッドの上で、身体を縮こまらせるようにして、眉を深く寄せて眠っている。呼吸も浅くて、苦しそうだった。
「……やめて……」
かすれて震えた声が、静かな部屋に落ちる。
私はしばらく、呆然とその姿を見つめていた。
「わたくし、は……死にたく……な」
途切れ途切れの声。何を言っているのかはよく聞き取れない。
けれど、その声を聞いていると、アリアがいつもより遠く感じて、胸元をギュッと握りしめてしまう。
「……アリア?」
小さく呼んでみても、返事はない。
私はそっと毛布を握りしめる。
どうしたらいいのか分からなかった。でも、アリアが苦しんだままにしておくのも嫌だった。
私はゆっくりベッドを降りる。
まだ上手く動かない足で、私はふらつきながらアリアの方へ近づいた。
「アリア」
小さな手で、そっと毛布の端を掴む。
その瞬間、アリアがびくりと肩を震わせた。
「――触らないで!!」
鋭い声が部屋中に響いた。
勢いよく手を振り払われ、私はバランスを崩し、倒れ込んでしまった。
アリアが荒い呼吸のまま、勢いよく起き上がった。
紫色の瞳が、何かに怯えたようにこちらを向く。目元には涙が滲んでいた。
いつもの静かで大人びたアリアとは、まるで別人みたいで、今にも壊れてしまいそうだった。
「来ないで……わたくしは、違っ―」
アリアは頭を強く抑えながら、震えた声でそう続けた。
呼吸が上手くできていない。
「……アリア?」
呼びかけると、アリアがはっとしたように瞬きをした。そして、私の顔を見た瞬間、アリアの表情が凍りついた。
「……リリア?」
掠れていて、か細い声だった。
私は何とか安心させてあげたくて、そっとアリアの袖を掴む。
「だいじょうぶ?」
アリアはしばらく何も言わなかった。
月明かりだけが静かに部屋へ落ち、アリアの目元に薄い影を作っていた。
やがてアリアは小さく目を伏せた。
「……夢を見ていただけよ」
静かな声だった。
それでも、シーツを掴む指はまだ小さく震えていた。
「こわい、ゆめ?」
そう聞くと、アリアの指先がぴくりと揺れた。その反応が妙に心に残り、アリアの手をぎゅっと握る。
アリアはしばらく黙っていた。まるで、何か誤魔化し方を考えるかのように。
「……そうね」
やがて落ちた声は、とても静かだった。
「少し、嫌な夢だったわ」
私はアリアを見上げる。
月明かりのせいだろうか。
いつもより顔色が白く固まって見えた。
「もう、だいじょうぶ?」
そう聞くと、アリアはほんの少しだけ目を細めた。
「ええ」
短い返事で声が少し掠れていた。
私は小さくアリアの手を握ったまま俯く。
どうしたらいいのか、分からなかった。
前世では、誰かが悪夢を見ている場面なんてほとんど見たことがなかった。
こういう時、何をすればいいんだろう。
しばらく考えて、それから私はそっと口を開く。
「……いっしょに、ねる?」
アリアが小さく瞬きをした。
「ねむれるかも、…」
たどたどしくそう言うと、アリアは少しだけ目を見開いたまま黙り込む。
静かな沈黙だった。
やがて、アリアがふっと小さく笑う。
「……おかしな子ね」
どこか困ったような声だった。けれど、さっきより少しだけ柔らかった。
そしてアリアは、そっと私をベッドの中に招き入れた。
ベッドの中は驚くほど冷たかった。温もりなど最初から存在しなかったみたいに。
「これで、だいじょうぶ」
そう言うと、アリアはなぜか少しだけ苦しそうに目を伏せた。
「……あなたは、本当に」
そこまで言って、アリアは言葉を止める。
私はきょとんとしたまま首を傾げた。
けれどアリアはもう何も言わず、ただ静かに反対に寝返りをうった。
しばらくの間、部屋には静かな呼吸の音だけが落ちていた。窓の外では、風が木々を揺らしている。
私は、ぼんやりとその音を聞いていた。
小さな背中だった。
いつもは私と同じくらい小さいのに、なぜだかずっと大人みたいに大きく感じる。でも今は、その背中が少しだけ弱く震えているように見えた。
「……リリア」
不意に、アリアが小さく名前を呼ぶ。
「ん……?」
眠気の混じった声で返すと、アリアはすぐには続けなかった。
何かを飲み込むみたいに、唇が小さく震える。
「もし」
静かな声だった。
「もし、わたくしが——」
そこまで言って、アリアは喉が詰まったみたいにふっと口を閉ざす。
私はきょとんとしたまま瞬きをした。
しばらく沈黙が続く。
「……アリア?」
沈黙に耐えかねて、私がそう呼びかけると、アリアはゆっくり首を横に振った。
「なんでもないわ」
その声は、もういつもの静かな声に戻っていた。けれど、私は今の言葉の続きが、妙に気になった。
胸がぎゅっと痛む。
今ここで何かをしないと、アリアがどこか遠くへ行ってしまう気がした。
「ねえ、アリア」
「なあに」
「……こわいなら」
うまく言葉がまとまらない。喉が苦しい。
それでも私は、一生懸命考えながら口を開く。
「わたし、ずっと、となりいるよ」
「だから、わたしをおいてかないで」
その瞬間、アリアの背中がわずかに震えた気がした。
「……そう」
アリアはゆっくりとこちらを向き、目を伏せた。
私はなんとなくもう一度だけ、ぎゅっとアリアの手を握る。
今度は、少しだけ強く握り返された気がした。
そのまま、私が意識が遠のいていった。
最後に見たアリアの顔は、涙で頬を濡らしながら、なぜか静かに微笑んでいた。
読んでくださってありがとうございます。
今回は、普段あまり感情を見せないアリアが少しだけ崩れる回でした。
リリアはまだ何も知らないままですが、それでも隣にいようとする感じを書きたくて、この話を書きました。




