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推しの姉が逆ハーレムを築く世界に転生しました〜推しを見守るだけのはずが、初恋が動き出しました〜  作者: ゆい
祝福の中で

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5/10

兄妹

第五話です。


少しずつ、屋敷の中の空気が見えてきた気がします。

 次の日の午後、屋敷の中はいつもより少し騒がしかった。


 使用人たちが慌ただしく廊下を行き交っている。磨かれた床に靴音が反響して、その落ち着かない空気が部屋の中まで流れ込んできていた。


 私はソファの上で絵本を開きながら、ぼんやりその様子を眺める。


「……なにか、あるの?」


 たどたどしく尋ねると、近くにいた侍女がやわらかく微笑んだ。


「アルベール様がお戻りになったのですよ」


 その言葉に、私はぱちりと瞬きをした。


 アルベール・ディ・アヴェーヌ。


 アヴェーヌ公爵家の長男。そして、“あの物語”の攻略対象の一人。


 数日間、祖父の屋敷へ行っていたらしい。


 私は無意識に隣を見る。


 アリアは静かに紅茶を飲んでいた。


 表情はいつも通りだった。けれど、カップを持つ指先がほんのわずかに止まった気がして、胸の奥がざわつく。


 小説の中のアルベールは、穏やかで優しかった。だからこそ、アリアへ向けられる冷たさが怖かった。


 アリアに関心を持たずに、距離を置いていって、最後には、話しかけても無視するようになる。


 そしてアリアは1人で破滅していく。


「ただいま!」


 明るい声が響き、私ははっと顔を上げた。


 部屋へ入ってきた少年を見て、思わず息を呑む。


 柔らかな金髪。


 青灰色の瞳。


 まだ幼さの残る顔立ちなのに、驚くほど整っている。


 ——ああ、この人がアルベールか。


「リリア、アリア」


 アルベールは嬉しそうに笑いながら私たちの前へ歩いてくる。


 そのまま目線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「いい子にしてたか?」


「……ん」


 私が頷くと、アルベールは小さく笑った。


「そっか」


 その声は優しかった。


 思わず戸惑う。


 本当にこの人がアリアを追い詰めるの?


 そんなことを考えていると、不意にアルベールがアリアへ視線を向けた。


「アリアは?」


 その瞬間だった。


 空気がぴんと張った気がした。


 私は思わず隣を見る。


 アリアはいつも通り静かな顔をしていた。けれど、その肩がほんのわずかに強張る。


 まるで、痛みを待つみたいに。


 背筋がひやりとした。


「……おかえりなさい、お兄様」


 静かな声だった。


 アルベールは気づかなかったのか、いつもの調子で笑う。


「なんだ、元気ないな?」


 そう言って、アリアの頭へ手を伸ばした。


 その瞬間、アリアの身体がわずかに引く。


 本当に、一瞬だけ。でも私は見てしまった。


 まるで、触れられることを怖がったみたいだった。


 胸がぎゅっと絞めつけられる。


 どうして。


 どうして、お兄様はこんなにも優しいのに。


 アルベールは気づかなかったようで、そのままアリアの頭を軽く撫でた。


「ちゃんといい子にしてたか?」


「……ええ」


 アリアは静かに頷く。


 いつも通りの声。でも、その横顔はどこか張りつめて見えた。


 まるで壊れないように、必死で耐えているみたいに。


 私は無意識に手を握りしめた。


 優しく撫でられているのに。


 笑いかけられているのに。


 それでも、怖がっている。


「リリア?」


 名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。


 アルベールが不思議そうにこちらを見ていた。


「どうした?」


「……なんでも、ない」


 うまく言葉が出てこない。


 するとアルベールは少し困ったように笑った。


「変なやつだな」


 その声はやっぱり優しかった。


 だから余計に苦しかった。


 もしこの優しさが、いつか消え、冷たくなってしまうのだとしたら。


 もしアリアが、そのたびに傷ついてきたのだとしたら。


「そうだ」


 アルベールがふと思い出したように声を上げた。


「二人にお土産がある」


 私は思わず顔を上げる。


「……おみやげ?」


「うん」


 アルベールは後ろにいた使用人から、小さな箱を受け取った。淡い色のリボンが結ばれている。


 その箱を見た瞬間、アリアの指先がわずかに強張った。


 私は息を止める。


「開けてみるか?」


 アルベールが笑いながら箱を差し出す。


 私はそっと受け取った。


 小さな箱は思っていたより軽い。


「……あける」


「うん」


 頷かれて、私は慎重にリボンへ触れた。


 でも指先がうまく動かない。


 結び目を引っぱってみても、なかなかほどけなくて、私はむっと眉を寄せる。


 すると隣から小さな手が伸びてきた。


「貸して」


 アリアだった。


 するりと紐を解く指先は、驚くほど慣れている。


 私は思わずその横顔を見つめた。


 アリアは本当に凄いな。


 そんなことを考えている間に、箱が開いた。


「……わあ」


 中には、小さな硝子細工が入っていた。


 花の形をしている。


 淡い青色の花弁が、窓から差し込む光を受けてきらきら揺れていた。


「きれい……」


 思わず呟く。


 アルベールが少し得意そうに笑った。


「祖父上の屋敷の近くで売ってたんだ」


 私はそっと硝子の花へ触れる。


 ひんやりしていた。


「アリアのは紫だ」


 アルベールがもう一つの箱を差し出す。


 アリアは少しだけ間を置いてから、それを受け取った。まるで、一瞬だけ迷ったみたいに。


「……ありがとうございます」


 静かな声だった。綺麗な笑みを浮かべている。


 でも、箱を持つ指先には微かに力が入っていた。


 私はその横顔を見る。


 どうしてそんな顔をするんだろう。


 お兄様は優しい。


 プレゼントまでくれる。それなのに、アリアの指先はずっと強張ったままだった。


 むしろ、怯えているように見えた。


 胸の奥がざわざわする。


 もしかしたらアリアは、優しくされるたびに怖くなるのだろうか。


 ——いつか失うと知っているから。


 そんな考えが浮かんでしまって、頭をふった。


 ——私みたいにアリアが未来を知ってるわけないでしょ。


 私はぎゅっと硝子の花を握りしめる。ひんやりした感触が、指先に残った。


 その冷たさが、なぜだか忘れられなかった。

読んでくださってありがとうございます。


今回はアルベール初登場回でした。


優しいはずなのに、どこか落ち着かない——そんな空気を書きたくて書いた話です。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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