月の下で
4話です。
その夜、ふと目が覚めた。
部屋の中は静まり返っていて、窓から差し込む月明かりだけが薄く床を照らしている。ぼんやりした頭のまま視線を動かして、私は小さく瞬きをした。
少し離れたベッドの上で、アリアが起きていた。
暗い部屋の中で、白い横顔だけがぼんやり浮かんで見える。
眠れないのだろうか。
でも、そんなふうには見えなかった。アリアはただ静かに窓の外を見つめていた。まるで何かの迎えを待っているみたいに。
胸の奥が妙にざわつく。声掛けなければ、アリアが遠くに行ってしまうように感じた。
「……アリア?」
小さな声で呼ぶと、その瞬間、アリアの肩がびくりと揺れた。
アリアにも、そんなふうに驚くことがあるんだ。
アリアはゆっくりこちらを振り返る。
「起こしてしまったかしら?」
「……ん」
眠気の残る頭で頷くと、アリアは少し黙ってから静かにベッドを降りた。足音はほとんどしない。
そのままこちらへ歩いてきて、そっと毛布を引き上げる。
「冷えるわ」
優しい声だった。
「アリア、ねないの?」
「眠れなかっただけ」
短い返事。でも、どこか壁みたいなものを感じた。
胸がちくりと痛む。
「……なに、みてたの?」
一瞬だった。
本当にほんの一瞬、アリアの表情が凍った気がした。
月明かりの下で、その紫の瞳がわずかに揺れる。まるで、触れられたくないものを見透かされたみたいに。
どうしてそんな顔をするの。私はアリアの味方なのに。
「……月よ」
少し遅れて、アリアが静かに答えた。
つられるように窓を見る。
夜空に浮かぶ月は、怖いくらいに、憎たらしいくらいに綺麗だった。
「きれい」
ぽつりと呟くと、アリアがほんの少しだけ笑った。
「そうね」
その声は、ひどく遠い。
静かな沈黙が落ちる。でも嫌じゃなかった。むしろ、苦しいくらい落ち着く。
私はぼんやりアリアを見上げる。
やっぱり綺麗な人だと思った。まだ子どもなのに、妙に大人びて見えた。いつも隣にいるはずなのに、どこか遠くにいるように感じる。
胸の奥が、不安でぎゅっと痛くなる。
「アリア」
「なあに」
「……さみしい?」
その瞬間、アリアの表情がはっきり揺れた。
息を呑む音が聞こえた気がした。けれどアリアは何も言わず、ただじっと私を見つめている。
その目が、なぜだか泣きそうに見えて、胸が苦しくなった。
長い沈黙のあと、アリアがゆっくり目を伏せる。
「……どうして、そう思ったの?」
少しだけ掠れた声だった。
「……なんとなく」
本当に、なんとなく。
でも、いつも笑っているのに本心から笑っていないような、ずっと一人ぼっちな人の顔に見えた。
アリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「変な子」
そう言って、私の髪を撫でる。
その手は驚くほど優しかった。
優しいのに、どうしてか泣きたくなる。胸の奥がぎゅうっとしめ付けられた。
その手に縋りつきたくなる。でも上手く動かない身体がもどかしい。
眠気がゆっくり戻ってくる。
意識が沈んでいく、その直前。
最後に見たアリアの表情は、まるで眩しいものを見るみたいだった。
「……あなたは、本当に何も知らないのね」
ぽつりと落ちた声は、ひどく寂しそうだった。
その声が胸に刺さったまま、私はゆっくり眠りへ落ちていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
静かな回ですが、アリアとリリアの距離感を書けていたら嬉しいです。




