棘のある花
3話です。
その日、私たちは初めて屋敷の庭へ出た。
窓越しに眺めたことは何度もある。けれど、実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
外の空気は思っていたより少し冷たくて、でも気持ちがいい。春の陽射しの下で、色とりどりの花が揺れている。
私は思わず目を細めた。
綺麗だ、と思った。
そんな当たり前の感想が、妙に胸に残る。
前世では、こんなふうに庭を眺めることなんてほとんどなかった気がする。大学に行って、バイトをして、課題に追われる日々だった。そんなふうに毎日忙しくて、季節の変化なんてあまり気にしていなかった。
だからだろうか。
こうして風の音を聞いているだけで、なんだか少し不思議な気持ちになる。
「お気に召しましたか?」
使用人の一人がやわらかく微笑む。
私は小さく頷いた。
「……きれい」
まだたどたどしい発音だったけれど、ちゃんと言葉になった。
「ええ、とても綺麗ですね」
微笑ましそうに笑いながら、穏やかな声が返ってくる。
なんだか少し嬉しかった。
庭は想像していたよりずっと広かった。白い石畳の道。丁寧に整えられた花壇。遠くで揺れる木々。
まるで絵本みたいだ、と思う。
……いや、実際小説の世界なのだけど。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に赤い花が目に入った。陽の光を受けた花びらは宝石みたいに鮮やかで、燃えるような赤に光っていた。気づけば足がそちらへ向いていた。
綺麗だな、と思って手を伸ばしかけたときだった。
「リリア」
静かな声と同時に、小さな手が私の腕を引く。
驚いて振り返ると、アリアがこちらを見ていた。
「それ、触らない方がいいわ。棘があるから」
次の瞬間、目の前を使用人が慌てて横切った。
「申し訳ございません!」
私が目を瞬かせている隣で、アリアは静かに花壇を見つめていた。
「気にしなくていいわ。この花は分かりにくいもの」
その言葉に、使用人たちがほっとしたように息を吐く。
「ありがとうございます、アリア様」
私はきょとんとしたまま、赤い花を見つめた。言われてみれば、茎に小さな棘が見える。
けれど、あの距離で気づくものだろうか。しかも、私が触れる前に、使用人達よりも早く。
まるで最初から知っていたみたいだった。
私がまだ赤い花を見つめていると、隣で木陰に半分身を隠されながら、アリアが小さく息を吐いた。
「綺麗なものほど、気をつけないと駄目よ」
ぽつりと落ちた声に、私は瞬きをする。
「……どうして、?」
アリアは花を見つめたまま、静かに言った。
「綺麗なものには、棘があることもあるから」
なぜだか妙に耳に残った。その言葉は、花だけのことを言っているようには聞こえなかった。
風に揺れる赤い花の向こうで、アリアの横顔だけが妙に大人びて見えた。
なぜだか、胸の奥に小さな棘が刺さったみたいだった。
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