不思議な姉
2話です。
生まれてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
最初は光と音の塊みたいだった世界も、少しずつ形を持ち始めていた。
ぼやけていた顔が見えるようになって、耳に入る言葉も、なんとなく意味を理解できるようになってきた。
そして、その頃にはもう確信していた。
——アリアは、やっぱり普通じゃない。
その日の朝、部屋の空気はいつもより少しだけ慌ただしかった。
侍女たちが忙しなく動き回っている。
柔らかな布で顔を拭かれ、髪を整えられる。窓から差し込む朝の光がかすかに揺れていた。
何があるんだろう、と考えていると、見慣れない女の人が部屋へ入ってきた。
「本日より、お二人の言葉の教育を担当させていただきます」
ああ、そういうことか。
内心で少しだけ納得する。
確かに、周囲の言葉はかなり分かるようになってきていた。まだ口は上手く動かないけれど、何を言っているかくらいなら理解できる。
なら次は、話す側になる番なのだろう。
少し胸が弾む。
「では、まずはアリア様から」
自然と隣を見る。
アリアは相変わらず静かだった。
小さな子どもとは思えないくらい、落ち着いている。
「おはよう、ございます」
澄んだ声が部屋に響いた。
思わず目を見開く。
発音も、間の取り方も、全部、あまりにも綺麗だった。
まるで何度も練習してきた人みたいに自然で、幼い子どものたどたどしさがほとんどない。
「……さすが、アリア様でございます」
家庭教師が感嘆したように呟く。
その言葉に、私は妙に納得してしまった。
だって、本当にすごいのだ。
時々ぞっとするほどに、この子は生まれてからずっと静かで、どこか完成されている。
——小説の中のアリアもこんなふうだったんだろうか。
「では、リリア様」
名前を呼ばれて、はっと意識を戻す。
よし、と気合を入れた。
「……あー」
口を開いて出てきたのは、間抜けな音だった。
……いや、分かってたけど。
心の中でちょっとだけ落ち込む。
頭では言葉を理解できるのに、上手く口が動かない。
もどかしい。赤ちゃんの身体ってこんなに不便なんだ。
隣でアリアが完璧に話していたせいで、余計に惨めな気分になる。
しかも、私はアリアと違って人生2周目なのに……。
まぁ仕方ない、私は私だ。
そう自分に言い聞かせながら、もう一度口を開く。
「……お、は……」
うまく言えない。
舌がもつれる。
焦るな、と思えば思うほど変な力が入った。
その時だった。
「……おはよう、ございます」
静かな声が隣から落ちてくる。
アリアだった。
一語ずつ、ゆっくり聞かせるみたいに言葉を置いていく。
まるで、私が言えるまで待ってくれているみたいだった。
胸の奥が少しだけざわつく。涙が溢れそうだった。
どうして。
この人は、どうしてこんなに。
「……お、は……よ……」
つられるように声を出す。
「ええ、とてもよくできていますよ、リリア様」
家庭教師が優しく微笑んだ。
けれど私は、その言葉より隣のアリアが気になって仕方なかった。
そっと視線を向けると、その紫の瞳と目が合った。
アリアは静かに微笑む。
優しい笑みだった。
でも、笑っているのに、なぜかひどく遠くにいるように見えた。
どうしてそんな顔をするんだろう。
まだこんなに小さいのに。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
読んでくださってありがとうございます。
少しずつ姉妹の関係を書いていけたらと思っています。




