80.極楽鳥と猿の退場劇
「はっ!」
護衛より早く動いたのは、ベスと私だった。ベスの蹴りが侯爵の腹にめり込む。ダガー状の暗器を、侯爵の手首に突き立てた。動いたタイミングで落ちたルカは、くるんと回って着地する。猫のような身のこなしで、大きく伸びて座った。
「悪い、ルカ。おいで」
呼ぶと素直に近づき、抱っこを強請る。抱き上げてよしよしと頭を撫でた。
痛みに呻く男は、もう元侯爵だった。遅ればせながら騒動に気づいた貴族女性が数人、悲鳴を上げる。その声に周囲の視線が集まった。人目に晒されながら、反逆者の烙印を押された男が拘束される。
「お父様!」
父の劣勢におろおろしていた極楽鳥令嬢が、悲鳴のような声を上げた。彼女も今夜限り、貴族令嬢としての肩書きがなくなる。屋敷に戻っても、すぐに差し押さえが始まるだろう。
貴族であることを誇るのは構わないが、その肩書きで他人を殴れば己の拳が痛む。その程度の知識も与えられなかったと思えば、多少、同情の余地はある。修道院へ行くなら構わないが、身を落とすようならウルティアの領地内で拾おうか。
幸い、裁縫や刺繍の技術はあるだろう。貴族令嬢の嗜みが、手に職という形で役立つはずだ。
「ソル侯爵、並びにご令嬢はこちらへ」
まだ正式に爵位のはく奪が確定していないため、騎士は最低限の礼儀を守った。連れていかれ退場する一派を見送る。ざわつく会場内の貴族は、やや引いた様子でセシリオを見ていた。
「はぁ……ウルティアを舐めていたのは俺のほうだな」
ここまでやるとは思わなかった。そんな口調で椅子に座り直したセシリオは、大きく息を吸ってゆっくり吐き出した。高ぶった感情を抑えるためだろう。
ルカを抱いたまま、用意された椅子に腰かける私は足を高く組んだ。
「このくらい、本来はフリアンの役目だ。それが出来ないから、ビビアン嬢に危害を加えられたのではないか?」
呆れ半分の声が漏れる。国王派の公爵令息がきちっと対応すれば、その親族に手出しはしないはず。甘く見られたから、ビビアン嬢へ矛先が向いた。それをいなすだけの立場を、なぜ彼女に与えなかった?
遠回しに「王家の煮え切らない態度が悪い」と突きつけた。父上は胸ポケットに触れた手を、ゆっくりと離した。あそこに針の暗器を仕込んでいたな。母上は扇を広げて顔を隠し、くすくすと笑う。どうやら楽しんでいただけたようだ。
カランデリア様は先ほどの赤ワインを飲み干したらしく、今度は白ワインを掲げて微笑んだ。妖艶で美しいが、背筋が凍るほど恐ろしい。あの方も何か考えがあって逗留しているのだろうが……ウルティアが巻き込まれるのは確実だな。




