79.見捨てられた末端から削いでいく
極楽鳥令嬢をおちょくったら、野良犬閣下が釣れた。と思いきや、猿侯爵だった。だが、本当の意味での重鎮、いや黒幕がまだ出てこない。ロエラ公爵は少し離れた場所で談笑していた。同じ派閥なのだろうか、盛り上がっている。こちらの騒動に気づいていないらしい。
幻の第三王子はさすがに連れておらず、屋敷で留守番か。第一王子であるセシリオが呼ばれた夜会に連れてくるほど、根回しは進んでいない。状況を判断するのは父上や母上のほうが得意だが、このくらいは読み取れるな。
「ですが、殿下!」
「俺を殿下と呼びながら、口答えするのか? 王太子の命令は聞けないか」
ようやく王族らしい振る舞いで強く出たセシリオに、ソル侯爵は目を見開いた。助けを求めるように周囲へ視線を走らせ、黒幕の後ろ姿を発見する。
「ロエラ公爵閣下!」
嬉々として名を呼ぶ。ここでようやくロエラ公爵が振り返った。やや首を傾け、様子見するように時間をかける。隣にいた男がひそひそと耳打ちした。状況を説明したのだろう。微笑んで、軽くグラスを掲げて……猿を見捨てた。
くるりと背を向けられ、孤立無援になったソル侯爵は青ざめていく。王族に対して強気に出た理由が、ロエラ公爵や第三王子の存在故ならば……見捨てられたことで己の立ち位置の危うさが理解できたのだろう。正直、判断が遅すぎた。
「下がれ、三度は言わぬ」
先ほどより大きな声で叱責の意図を込めたセシリオに、悔しそうな顔ながらソル侯爵が踵を返した。終わったと思っただろう? 残念だが、せっかく見捨てられた羊ならぬ猿ならば、しっかり料理するのがウルティアの流儀だ。
「おや? この国の侯爵家は随分と常識がないのですね。私はともかく霊獣への失礼な言動、着飾るしか能のない令嬢の不始末、侯爵本人による王家への不敬と反逆……私達に対する非礼を除いても、これほどの罪があるのに……謝罪の一つもないとは」
逃げる獲物は追撃される。野生では背を向けたら負けなのだぞ? 温室育ちの猿は知らないだろうがな。これから覚えておくといい。その前に家が消えるかもしれん。
「謝罪、ですと?」
「ああ、すまなかった。猿には謝罪の意味がわからないか? 噛み砕いて教えてやろう。ごめんなさいという単語は知っているか? 相手を怒らせたり、失礼をしたときに使うといい。それから……」
続けようとした私の侮辱に、彼がかっと赤くなる。胸元に指先が滑るのを見て、私とベスの手が動いた。ふわふわしたスカートの裾に忍び込むベスの指、袖口に隠した暗器を滑らせた私。ここは私が動くほうが良さそうだ。
「貴様程度に愚弄されるソル侯爵家ではないぞ!」
勢いよく、彼は短剣を引き抜いた。さあ、没落の始まりだ。楽しく踊っていただこうか。




