206.縁談の理由は想像がつく
翌朝、日が昇るのを待って移動が開始された。予想以上にイサベル様の文句が多い。しかし、ガスパルの顔を見て馬車の中に引っ込んだ。機嫌が悪いのを通り越し、にこやかな笑顔になったガスパルは怖い。うっかり突いたら、完膚なきまでに叩きのめされそうだった。
こういう危険な雰囲気は、正直……好みだ。腹黒い奴は面倒くさいだけだが、突き抜けた信念を持つ奴は好ましい。この辺は周囲に説明しても「え? 両方面倒じゃん」と返されてきた。モニカに乗る私の隣にブリサを並べ、ベスが話しかける。
「こういう男が好きなの? 厄介なお姉様だこと」
「そういえば、もうシルベストレに戻らないのか?」
過去に男性でいるときはシルベストレ、女装中はベスと呼ぶルールを作った。なんとなくだが、まだ女装気分でいるような気がする。見た目は鎧を着た立派な戦士だが、雰囲気かな。話し方だけではない。本人の纏う空気が違う。
「ん? ずっとベスでいいかなと思ってね」
にこりと笑う。リボンを結んでいなくても可愛い! もちろん結んだらもっと可愛いが、素のままでも可愛い弟だ。
「いいと思うぞ」
シルベストレのときは「姉上」と呼ばれる。ウルティアの次期当主として、他家に舐められないよう気を張っていた。それが解けて柔らかくなったのは、一族の立ち位置の変化が影響したのだろう。たとえ女装で相手をしようと、他国は何も言えない。
舐めた口を利けば潰されるし、モンタネールの女王カランデリア様もベスのことは気に入っている。複数の国に跨る交通の要所となるウルティアに、盾突ける貴族がいないのだ。国を傾ける気なら戦えるが、そこまでする国もない。
強者であること、それは外から介入させない意思を貫ける立場も含まれる。なんとも気分のいいことだな。馬に揺られながら、ルカのことを考える。あの子はサンバドル王国の聖獣だが、私の飼い犬になった。となれば、聖獣の主人だから……王より私のほうが偉いのではないか?
捩れた短いツノ、白い毛皮、もふもふな我が儘ボディに可愛い鳴き声。抱き上げると私の首や頬を舐めまわすのも、愛らしい。最近ふっくらしてきたが、あれは絶対に太ったな。野生時代よりいい肉を食べているからか。以前は灰色の仲間に意地悪されていたようだし。
「お姉様、ルカのこと……考えておいた方がいいわよ」
ちょうどルカに意識を飛ばしていたタイミングでの忠告に、わかっていると頷いた。縁談はサンバドル王国から持ち込まれただろう。理由はルカだ。聖獣を手に入れようと、その主人である私に粉を掛けた。まあ、後悔する未来しかないと思うが……。
ちらりとガスパルの横顔を確認し、縁談を持ち込んだ相手に訪れるであろう惨劇を想像した。




