204.すっかり忘れていた
追われたアマンドは近くの木の枝にしがみつき、馬の怒りをやり過ごした。ウルティアの馬だからいいが、他国の馬でやったら殴られるだけじゃ済まないぞ。馬は国や騎士の財産だからな。
暴走して満足したのか、モニカが軽い足取りで戻ってくる。ブリサは向こうで草を食んでいた。黒鹿毛のフィトは対象から外れていたため、のんびりと眺めるだけ。
「もう! あいつ、一発殴るわ」
グラシアナが怒って追い回し、カンデラが「許してあげて」と彼女を追う。これはあれか?
「一番後ろの子は、あの悪ガキが好きなのか」
え? そっちか。てっきり、カンデラがグラシアナを心配しているのかと。アマンドをカンデラが好き? 確かによく構っていたが、そういう感情だったのか。なるほどと頷いていると、呆れ顔のガスパルが肩を落とす。
「どうした?」
「いや、相変わらずだな。俺より鈍いなんて、相当だぞ」
なんとも失礼な発言だな。まあベスにも似たようなことを言われるが、可愛いベスと違ってガスパルに言われると腹立たしい。
「俺がどれだけ苦労して伝えたと思っている。両親に話をすると言うまで、信じてなかっただろ」
「それは当然だ。貴族家の娘が、親を通さない縁談の申し込みなど真に受けるはずがない」
互いに正論なのに、なぜか噛み合わない。そのまましばらく言い争い、互いに顔を見つめて黙った。次に、ぷっと噴き出して笑った。
「キロス王国は明後日引き揚げるそうだ」
「ウルティアは明日の予定だったが、揃えるか?」
「そうしてもらうと助かる。何しろ、ウルティアに挨拶に行くと言っていたからな」
ガスパルの言葉に首を傾げ、イサベル様だろうと納得する。イグナシオ殿下がウルティアに来る用事はないだろう。兄が婿入りする先の家族が気になるのは、妹なら当然だ。
宿にしている王城へ戻るか。そう口に出した直後、向こうから盗賊のような姿の男が馬で走ってくる。裸馬に跨り、髪は後ろで結んだだけ。初老の彼は無言で距離を詰める。剣の柄に手を載せるガスパルへ「知り合いだ」と首を横に振った。
どこからどう見ても浮浪者か盗賊。だが槍の腕は素晴らしい、父上の兄君だった。確か一回りほど年上と聞いている。槍が得意な母上に指導したのが、この人だった。
「おお! 見つけたぞ、アリス」
「久しぶりです、伯父上」
「そこのが夫か? うーん、戦ってみたいが」
「伯父上、まだ婚約者です。それと何かご用事があったのでは?」
今回留守番役だった伯父が、明らかに急ぎで私を探していた。何か伝言があるはず。はっとした顔で伯父上が口を開いた。
「本家からの伝令があった。サンバドル王国から縁談が入った!!」




